『ストーリー・オブ・フィルム 111の映画旅行』2010年から2021年の映画を縦横無尽に引用した映画へのラブレター

『ストーリー・オブ・フィルム 111の映画旅行』2010年から2021年の映画を縦横無尽に引用した映画へのラブレター

2022-06-09 12:01:00

『ストーリー・オブ・フィルム 111の映画旅行』は、これまで人生で映画を見た数が1万6千作品以上という北アイルランド出身の超映画オタクのマーク・カズンズ監督が2010年から2021年の映画を縦横無尽に引用しテーマ、表現、撮影方法などを軸に紐づけて解説していく。

映画がフィルムからデジタル移行し、過去のフィルム作品もデジタルレストアされる時代に、映画の製作年度はキャンバスに描かれた名画の展示のようにさほど重要視されなくなった。かつてフィルムの時代には、映写されたフィルムは傷つき、スクリーンには傷の雨が降り、映像は劣化していった。しかし、デジタル技術でレストアされた映画は初号試写と同じ鮮明な映像をスクリーンに映し出す。さらにワンクリックでストリーミングで映画を観られる時代になった。

『ストーリー・オブ・フィルム 111の映画旅行』のマーク・カズンズ監督のように古今東西の映画を実際に見て論文やエッセイを書くことができる時代になった。

もし気になった作品があった方は、本作の中で紹介されている作品のうち5作品をDICE+で見ることができるので、是非全編鑑賞の旅に出発してほしい。

『エヴォリューション』(ルシール・アザリロヴィック監督)

カズンズ監督:肉体を素晴らしく撮る監督だ 彼女は「中間にある状態」をほぼSFの世界で描き出す。

『真珠のボタン』(パトリシオ・グスマン監督)

カズンズ監督:古代の水晶内の小さな水滴から宇宙空間へ 広大なカンバスの中で迷走することなくグスマン監督は、二つの瞬間を結びつける ここへ彼は別の物語を織り込む、大虐殺だ。ピノチェトの独裁政権下人々がいかに弾圧されてきたかの歴史。「エッセイ映画」は思考を自由に浮遊させる映画だ 『真珠のボタン』もそれに成功しているドキュメンタリー映画だ。

『ホーリー・モーターズ』(レオス・カラックス監督)

カズンズ監督:すばらしい映画の始まり ベッドから映画館へ 海底から新しい世界へ 近年の映画で有数の視覚的「敷居超え」だ。

『ナチュラルウーマン』監督:セバスティアン・レリオ

カズンズ監督:変化の風が​ますます強くなる。するとこれが起きる 世界が傾いているのか?彼女の争いがますます困難になるのか? 彼女の顔に当たる冷たい光。彼女のアイディンティーについての辛い話だが実はチリについての話だ​。

『燃ゆる女の肖像』監督:セリーヌ・シアマ

カズンズ監督:ロックダウンが解除されると人々は再び映画館へ、大きなスクリーンが恋しかった。

 

ストーリー

「ストーリー・オブ・フィルム」(19世紀末の草創期から2000年代に至る映画120年の歴史を、全15章/全編900分以上という構成でたどったシリーズ)を製作したマーク・カズンズ監督が、めまぐるしい社会の変化、テクノロジーの進化とともに、映画を取り巻く環境や表現手法が劇的に変わった2010~2021年の11年間にスポットをあてたシリーズ最新作。

劇中に登場する111本の映画はハリウッド・メジャー大作からアートハウス系、知られざる日本未公開作まで実に幅広く、取り上げるジャンル、テーマも多種多様。「映画をもっと深く知りたい」「未知の映画を発見したい」と願うすべての観客を、壮大な冒険旅行へと誘う“フィルム・ドキュメンタリー”である。

新型コロナウイルスのパンデミックによって映画館が一時的に閉ざされ、配信サービスが飛躍的に普及した世界の今に思いを馳せたカズンズ監督は、映画館という空間への揺るぎない愛着を表明し、未来への希望のありかを模索していく。この類いまれなフィルム・オデッセイは、無限の可能性を秘め、国境や時間、現実と夢の垣根も超えていく映画の素晴らしさを謳い上げたラブレターなのだ。

マーク・カズンズ監督インタビュー

―― TVシリーズ「ストーリー・オブ・フィルム」から10年が経ちました。いま、このタイミングで映画史を見直そうと考えた理由はありますか?

TVシリーズ「ストーリー・オブ・フィルム」の制作はそう簡単にはいかなかった。完成して「二度とやりたくない」と思った。それから10年の年月が流れるうちにあの時、どれだけ苦労したか忘れてしまったんだ(笑)。それが、本作を作ろうと思った理由のひとつかな。それから、この10年間、映画界では本当に色々なことが起きた。映画の見方から、作り手、制作される場所まで、ありとあらゆることが変化した。注目すべきことがたくさんあったんだ。

―― TVシリーズ版が生まれた時代と、現在の違いについてどう思われますか?

10年前よりもたくさんの作品が、まるで流星群のようにぼくたちの目の前を流れていく。だから、何を観るべきか、どの作品を観れば楽しめるのか判断するのが難しくなっている。それから、映画を観る方法の選択肢がかなり増えた。なにもかもワンクリックで手にすることのできる距離にある。そうなると、新しいメディアを試したいという気持ちも高まってくる。10年前にはまだ知らなかった満腹感によく似たこの感覚を、いまはだれもが抱いているだろう。だからこそ、この時代にキュレーション・サービスが重要になってくる。だからこそ、映画祭を開催することが、これまでよりずっと大切になってくる。そして、いまでも映画というメディアは素晴らしい。観客を変化させたり、排除したり、新たな世界に引き込む力はいまも変わらない。多様な作品が生み出されるなかで、時代を超えた普遍の性質は見逃されがちなんだ。映画というメディアは、一晩で観客の人生を変えることができるという事実は、忘れられている。映画の世界に圧倒されて飲み込まれるという体験を多くの人が忘れてしまっているんだよ。

―― 作品づくりの過程について教えて下さい。テレビシリーズ版では、映画史全体を取り上げていましたが、今回は2010年から2021年までの間の11年間と期間が限られています。この間にたくさんの作品が世に送り出されています。そんな11年間の映画界をどうやって作品に描いていったのでしょうか。

できる限りたくさん作品を観て、ありとあらゆる資料を読んだ。「自分が知らないことは?」と、常に自分に問いかけていた。自分に問い続けることで新たな発見がたくさんあった。知らなかった作品をすぐに観ることができなくても、今後観る予定の映画のリストに加えておく。特に、知らない名前の監督を聞けば、その監督のことを調べたくなる。聞いたことのない作品や、新しい考えを持った監督を見つけること。それは、ぼくにとって冒険の旅のようなものなんだ。それから、Twitterは本当に素晴らしいと思ったよ。なぜって、ぼくには世界各国に住むフォロワーがいる。インドやアラブ諸国、アフリカ、エチオピア、南アメリカ、日本、中国。ぼくは、いつも彼らに「みんなの知識を分けてほしい」とお願いしているんだ。

―― 「自分が知らないことは?」という質問をご自身に問いかけたとき、最初に浮かんだ答えは何ですか?

ぼくは、ここ10年のアラブ諸国の映画についてあまり知らなかった。例えば『Abou Leila(原題)』について耳にしたことはあっても、作品を観ていなかった。実際に作品を観て「すごい!」と驚いた。それから、ぼくはインド映画についてよく知っていると思っていたんだけど、本当のところはそうでもなかった。観た作品の量が足りないという事実を自覚する必要があった。さらに、謙虚な姿勢で向き合わなければならない。たとえ、自分はほとんどの欧米人よりもずっとインド映画に詳しいとわかっていてもね。知らないことはまだまだたくさんあった。インド映画、アラブ映画、アフリカ映画には、学ぶべきことがたくさんあった。

―― 本作はTVシリーズ版とは違い、テレビ局のバックアップや資金面での援助などなく、製作したと聞きました。本当の意味で自主制作映画ですよね。資金援助を受けることなく、自力で作品をつくるにはどういったことが必要になるのでしょうか。

必要なのは映画作りを楽しむことかな。パヴェウ・パヴリコフスキ監督の『COLD WAR あの歌、2つの心』と『スパイダーマン:スパイダーバース』をつなぐのは喜びだった。なんていうか、映画作りに対する喜び、いま自分は映画を作っているという幸せな気持ちが冷めることはないんだ。それからTVシリーズ版を手掛けていなければ、こんなことをする自信を持つことはできなかっただろうね。当時、ぼくは「The Story of Film」のプロジェクトが大きな反響が得られるとは思っていなかった。ぼくの作った作品が映画界に影響を与え、映画の専門学校での教え方を変えることになるとは思いもしなかった。その結果、かなりの数の名作がレストアされ、再び上映された。そういった反応は、ぼくたちの自信になった。

―― 2010年からの11年間を映画史という長い歴史の中で見て、気づいたことはありますか?

逸脱することに対する強い欲求があると思う。つまり、人にはだれしも心のどこかに自分ではない何かになりたい、どうにかして変わりたいという思いがある。生きているという実感が欲しいんだ。そして、素晴らしい映画はその欲求を見事に叶えてくれる。映画というメディアは、逸脱することがとても得意なんだ。『光りの墓』をはじめとするアピチャッポン監督の作品は、特にそうだと思う。どれも、大きな経験の中で自分を見失うことをテーマにしている。そしてそれは、ぼくがおもしろいと思った作品に共通しているテーマでもある。

―― 近年、映画の作り手が本当に伝えたいことを表現するのが、ますます難しくなっているように感じます。それぞれの作品に描かれている内容を観て、監督は映画の産業化をどんなふうに考えていますか?

その問題は最近になって現れたものなのか、それとも昔からあったのかということも気になるところではあるけど。ぼくは世間から評価の高い作品だけを好んで観てるわけじゃない。大ヒット作も好きだし、ものすごく変わった作品も好きなんだ。圧倒的な勢いのあるものに飲み込まれることに危機感を抱く感覚は、正しいと思う。例えば、いまスリラー風のドキュメンタリーが主流になろうとしている。正直、寝ながらでも作れるよ。序盤では情報を隠して おいて、第二幕で一気に明らかにする。ハラハラするような音楽で雰囲気を出しながらね。冗談ではなく、誰でも作れるんだ。そして、この問題にはドキュメンタリーの形が画一化されすぎてしまうという危険性も潜んでいる。動画配信サービスについて考えると、複雑な気持ちになる。たとえばAmazonプライムには、様々なテーマの本当に幅広いジャンルのドキュメンタリーがあるが、作品の数が多いからといってその配信サービスが素晴らしいことにはならない。なぜって、新しいドキュメンタリーを配信することばかりに資金を使い果たしているとしたら、ぼくたちが考えていることを伝え続けることができなくなってしまうからだ。結局、視聴者が観たいものに左右される。だが、視聴者が事前にデヴィッド・ボウイのドキュメンタリーを観たいと教えてくれるわけでもなければ、世間がフリーダ・カーロのドキュメンタリーを求めるようになることをだれかが教えてくれるわけでもない。NetflixやAmazonプライムをはじめとする動画配信サービスは、なかには理解できない作品もあること、作品のことを完全に理解することはできないこと、そして作品には様々な考えが表現されていることを考慮する必要がある。動画配信サービスには「我々にはよく分からないけれど、素晴らしい作品かもしれない」と言えるような謙虚な姿勢が求められている。
 だが、正しい情報を持った資本主義と考えることもできる。ぼくはNetflixに同性愛者のインド人と思われているみたいなんだ。なぜかというと、ぼくがNetflixで観る作品のほとんどが、クィア映画かインド映画だからね。そう考えると、自分たちに有利になるように動画配信サービスのシステムを利用することもできるんだ。Netflixにはインド映画がたくさんある。Netflix側の目的は純粋に収益を上げることだと思うけれど、アーミル・カーンが出演する作品をNetflixで観ることができるという事実は素晴らしいよね。こんなふうに、動画配信サービスという仕組みには思いもよらなかったメリットもある。グローバル化とお金を稼ぐことにとりつかれた資本主義から、予想もしていなかった恩恵を受けることもある。

―― パンデミックの間にこのドキュメンタリーを制作し完成させたことは、作品の内容に影響を与えていると思いますか?

もちろん影響を受けていると思う。ぼくはSNSでこんなふうに言ったことがある。「聞いてよ、世界中の国に撮影しに行くつもりだったのに、パンデミックのせいでできなくなった」ってね。それで、いまの状況はみんなで一緒に眠りにつくような感じだ、とも話した。ぼくたちはいま、みんな一緒に冬眠中だ。だから、寝ているところを動画に撮って送ってくれないかな、と発信してみた。返信は数百件くらいだと思っていたけど、実際には世界中から何千件もの返信があった。本当に素敵な連帯感が生まれたと思ったよ。ぼくはいま自分の部屋にいて、ここから出たくてしょうがない。ぼくの力の源、進むべき方向を教えてくれる星座のひとつは映画だ。そして、ぼくと同じように考える人がほかにもたくさんいた。だから、ものすごく制限されたこの状況のなかで、みんなが目を閉じている素敵な映像を作ることができて本当によかったと思っている。なぜって、それぞれが映像を撮るときに、ほんの少しでもクリエイティブな瞬間を体験することができるからね。

―― 今回の作品を制作してみて、初めて気づいたことはありますか?

自分は孤独だと思ったよ。といっても、世界で一番素敵な女性と一緒に暮らしているので、物理的な孤独じゃない。だけど、物理的な意味以外では孤独だ。ウィズコロナ時代の喪失感、今年に対する喪失感や悲しみ、地域社会への悲しみは深く刻まれている。この作品をつくっているとき、外に出て、自分の知らない経験をすることへの純粋な喪失感を感じていた。登山にしろ、映画館で映画を観ることにしろ、ほとんどの人がそうなんじゃないかな。そして、コロナ禍で自分の知らない経験ができないという深い喪失感を味わった。ぼくが感じているこの孤独は、映画によって癒される。映画が、ぼくはもう孤独じゃないと気づかせてくれた。

―― 映像をどのように編集していったのか、そのプロセスを教えて下さい。映像素材をどのようにして選んでいったのでしょうか。編集作業はどこから始めましたか?

過去10年間に観た作品のなかで、『リヴァイアサン』みたいに、本当に新しいことに挑戦していると感じた作品を集めてリストを作った。リストができると、ほかに挙げるべき作品はないかと考えるようになった。「ぼくが知らないことは?」という極めて重要な問いかけに立ち戻る。そして、プロデューサーと一緒に試行錯誤した。彼らにはいろいろお願いをしたよ。「この映像を探してもらえないかな。それがだめならこっちの映像はどう?」とかね。だから、この作品は最初から60%くらいがすでに見えていた。でも、残りの40%は、ぼくの知らない映像や映画作品を見つけてくる必要があった。

―― 登場する作品の順番を最初に決めるのは監督ですか?

ぼくが決めてるかな。ストーリーテラーや催眠術師になることを意識しながら制作を進めている。作品のなかで多元的宇宙を作り出したいと思った。それから、自分の仕事はみんなを驚かせることだと思っている。この作品を観る人たちが、次に何が語られるのかと、わくわくしてもらえたら嬉しい。中には予想できる展開もあると思うけど、冒頭で『ジョーカー』から『アナと雪の女王』につながるのは、これまでだれもやったことがないんじゃないかな。そして、編集面でのぼくの仕事は、常に一歩先にいて観客を驚かせることのできるような仕掛けを作ること。たとえば、この作品の最後に取り上げた「アイデンティティ」というテーマに注目すると、観ている人はあの作品が出てくるんじゃないかと予想できるかもしれない。でも、ぼくは観客が跳び上がってしまうくらいびっくりさせたい。編集のプロセスは、観る人を興奮させると同時に、散歩に連れ出されたような気分を味わってほしいと思いながら進めた。

【本編に登場する 111 作品一覧】

・『ジョーカー』監督:トッド・フィリップス 2019年
・『アナと雪の女王』監督:クリス・バック、ジェニファー・リー 2013年
・『FLAME(原題)』(未)監督:サミ・ヴァン・インゲン 2018年
・『光りの墓』監督:アピチャッポン・ウィーラセタクン 2015年
・『PK ピーケイ』監督:ラージクマール・ヒラニ 2014年
・『ブックスマート 卒業前夜のパーティーデビュー』監督:オリヴィア・ワイルド 2019年
・『デッドプール』監督:ティム・ミラー 2016年
『クレイジー・ワールド』監督:ナブワナ・IGG 2019年
・『プティ・カンカン』監督:ブリュノ・デュモン 2014年
・『血の抗争』監督:アヌラグ・カシャップ 2012年  
・『冷たい雨に撃て、約束の銃弾を』監督:ジョニー・トー 2009年
・『ZAMA(原題)』(未)監督:ルクレシア・マルテル 2017年
・『グッド・タイム』監督:ジョシュ・サフディ 2017年
・『マッドマックス 怒りのデス・ロード』監督:ジョージ・ミラー 2015年
・『ベイビー・ドライバー』監督:エドガー・ライト 2017年
・『SMALL AXE LOVERS ROCK(原題)』(未)監督:スティーヴ・マックィーン 2020年
・『レモネード』監督:カリル・ジョセフ、メリナ・マツォウカス、マーク・ロマネク and ビヨンセ他 2016年
・『銃弾の饗宴・ラームとリーラー』監督:サンジャイ・リーラー・バンサーリー 2013年
・『ハスラーズ』監督:ローリーン・スカファリア 2019年
・『ムーンライト』監督:バリー・ジェンキンズ 2016年 
・『百年恋歌』監督:ホウ・シャオシェン 2005年
・『鳥類学者』監督:J・P・ロドリゲス 2016年
・『XXY~性の意思~』監督:ルシア・プエンソ 2007年
『エヴォリューション』監督:L・アザリロヴィック 2015年
・『ハイ・ライフ』監督:クレール・ドゥニ 2018年
・『I AM NOT YOUR WITCH(原題)』(未)監督:ルンガーノ・ニョニ 2017年
・『ゼロ・グラビティ』監督:アルフォンソ・キュアロン 2013年
・『失くした体』監督:ジェレミー・クラパン 2019年
・『サスペリア』監督:ルカ・グァダーニノ 2018年
・『ババドック ~暗闇の魔物~』監督:ジェニファー・ケント 2014年 
・『NOVEMBER(原題)』(未)監督:ライナー・サーネット 2017年
・『ミッドサマー』監督:アリ・アスター 2019年
・『イット・フォローズ』監督:デヴィッド・ロバート・ミッチェル 2014年
・『コロッサル・ユース』監督:ペドロ・コスタ 2006年
・『ライフ・ゴーズ・オン:彼女たちの選択』監督:ケリー・ライカート 2016年
・『北(ノルテ)―歴史の終わり』監督:ラヴ・ディアス 2013年
・『象は静かに座っている』監督:フー・ポー 2018年
・『ユーラ ごみ捨て場の少女』監督:ハンナ・ポラック 2014年
・『娘は戦場で生まれた』監督:ワアド・アル=カティーブ 2019年
・『THE 3 ROOMS OF MELANCHOLIA(原題)』(未)監督:プルヨ・ホンカサロ 2004年 
『真珠のボタン』監督:パトリシオ・グスマン 2015年
・『理性』監督:アナンド・パトワルダン 2018年
・『心と体と』監督:イルディコ・エニュディ 2017年
・『アッテンバーグ』監督:アティナ・ラシェル・ツァンガリ 2010年
・『神々のたそがれ』監督:アレクセイ・ゲルマン 2013年
・『ザ・スーベニア 魅せられて』監督:ジョアンナ・ホッグ 2019年
・『ABOU LEILA(原題)』(未)監督:アミン・シディ・ブーメディアン 2019年
『ホーリー・モーターズ』監督:レオス・カラックス 2012年
・『アンダー・ザ・スキン 種の捕食』監督:ジョナサン・グレイザー 2013年
・『10 話』監督:アッバス・キアロスタミ 2002年 
・『リヴァイアサン』監督:ルーシァン・キャステーヌ=テイラー&ヴェレナ・パラヴェル 2012年
・『ハッピーエンド』監督:ミヒャエル・ハネケ 2017年
・『タンジェリン』監督:ショーン・ベイカー 2015年
・『さらば、愛の言葉よ』監督:ジャン=リュック・ゴダール 2014年
・『ハート・オブ・ドッグ』監督:ローリー・アンダーソン 2015年
・『ブラック・ミラー : バンダースナッチ』監督:デヴィッド・スレイド 2018年
・『蘭若寺の住人』監督:ツァイ・ミンリャン 2017年
・『CAMERAPERSON(原題)』(未)監督:キルステン・ジョンソン 2016年
・『アクト・オブ・キリング』監督:ジョシュア・オッペンハイマー 2012年
・『ルック・オブ・サイレンス』監督:ジョシュア・オッペンハイマー 2014年 
・『PROPAGANDA(原題)』(未)監督:スラヴコ・マルティノフ 2012年
・『猿の惑星:聖戦記』監督:マット・リーヴス 2017年
・『アイリッシュマン』監督:マーティン・スコセッシ 2019年
・『DAU.退行』監督:イリヤ・フルジャノフスキー&イリヤ・ペルミャコフ 2020年
・『FRANK フランク』監督:レニー・アブラハムソン 2014年
・『サウルの息子』監督:ラースロー・ネメシュ 2015年
・『野蛮人として歴史に名を残しても構わない』監督:ラドゥ・ジューデ 2018年
・『アス』監督:ジョーダン・ピール 2019年
・『パラサイト 半地下の家族』監督:ポン・ジュノ 2019年
・『TLAMESS(原題)』監督:アラ・エディンヌ・スリム 2019年 
・『アトランティックス』監督:マティ・ディオプ 2019年
・『ソング・オブ・ザ・シー 海のうた』監督:トム・ムーア 2014年
・『ブラックパンサー』監督:ライアン・クーグラー 2018年
・『ボーダー 二つの世界』監督:アリ・アッバシ 2018年
・『フェアウェル』監督:ルル・ワン 2019年
・『アイダよ、何処へ?』監督:ヤスミラ・ジュバニッチ 2020年
・『万引き家族』監督:是枝裕和 2018年
・『WHITE MAMA(原題)』(未)監督:エヴゲニヤ・オスタニナ&ゾーシャ・ロドケビッチ 2018年
・『足跡はかき消して』監督:デブラ・グラニック 2018年
・『幸福なラザロ』監督:アリーチェ・ロルヴァケル 2018年 
『ナチュラルウーマン』監督:セバスティアン・レリオ 2017年
・『13th 憲法修正第 13 条』監督:アヴァ・デュヴァネイ 2016年
・『テセウスの船』監督:アーナンド・ガーンディー 2012年
『燃ゆる女の肖像』監督:セリーヌ・シアマ 2020年
・『COLD WAR あの歌、2つの心』監督:パヴェウ・パヴリコフスキ 2018年
・『スパイダーマン : スパイダーバース』監督:ボブ・ペルシケッティ 2018年 86

登場尺が短い作品

・『グリース』監督:ランダル・クレイザー 1978年
・『キートンの大列車追跡』監督:クライド・ブラックマン&バスター・キートン 1926年
・『今晩は愛して頂戴ナ』監督:ルーベン・マムーリアン 1932年
・『LA FORMULA SECRETA(原題)』監督:ルベン・ガメス 1965年
・『セントラル・リージョン』監督:マイケル・スノウ 1971年
・『限界』監督:マリオ・ペイショット 1931年
・『真珠のボタン』監督:パトリシオ・グスマン 1975年
・『貝殻と僧侶』監督:ジェルメーヌ・デュラック 1928年
・『2001 年宇宙の旅』監督:スタンリー・キューブリック 1968年
・『オーソン・ウェルズのフォルスタッフ』監督:オーソン・ウェルズ 1965年
・『詩人の血』監督:ジャン・コクトー 1930年 
・『黒い眼のオペラ』監督:ツァイ・ミンリャン 2006年
・『郊遊<ピクニック>』監督:ツァイ・ミンリャン 2013年
・『ラ・シオタ駅への列車の到着』監督:オーギュストルイ・リュミエール 1896年
・『白雪姫』監督:デヴィッド・ハンド 1937年
・『歩く人』監督:エドワード・マイブリッジ 1897年
・『RAZA(原題)』(未)監督:ホセ・ルイス・サエンツ・デ・エレディア 1942年
・『DEVI(原題)』(未)監督:サタジット・レイ 1960年
・『ゲット・アウト』監督:ジョーダン・ピール 2017年
・『裁かるゝジャンヌ』監督:カール・テオドア・ドライヤー 1928年
・『ラ・ポワント・クールト』監督:アニエス・ヴァルダ 1955年 20
・『バルタザールどこへ行く』監督:ロベール・ブレッソン 1966年
・『フリークス』監督:トッド・ブラウニング 1932年
・『麦秋』監督:小津安二郎 1951年
・『テオレマ』監督:ピエル・パオロ・パリゾーニ 1968年

 

 

予告編

 

公式サイト

6月10日(金) 新宿シネマカリテ、アップリンク京都ほか全国順次公開

監督&ナレーション:マーク・カズンズ『オーソン・ウェルズの目』(18)

2021年/イギリス/英語/167分/ビスタ/5.1ch/カラー/原題:The Story of Film : A New Generation

配給:JAIHO

© Story of Film Ltd 2020