『ソウルに帰る』両親を探しながら自身の原点を求めて祖国を旅する一人の女性の姿をフランス語と韓国語と英語で綴った物語
養子縁組に出されたフランスから祖国である韓国に戻り、両親を探しながら、自身の原点を求めて彷徨う一人の女性の内面の葛藤と孤独を描いた物語。フランス語、韓国語、英語の3つの言語で綴られることで、言語間に生じる本質的な伝達ロスやズレといったものが、彼女の底を流れる虚無感と呼応して、グッとリアルに映る。
監督を務めるのは、カンボジア系フランス人のダビ・シュー。友人の経験に着想を得て脚本を執筆し、アイデンティティをどこにも見出すことのできない複雑な内面や生き様を丁寧に描いた。本作は第75回カンヌ国際映画祭「ある視点」部門へ出品、第23回東京フィルメックスのコンペティション部門で審査員特別賞を受賞、2022年ボストン映画批評家協会賞で作品賞を受賞した。
養子縁組によってフランスで育てられた主人公のフレディを演じるのは、本作が映画初主演となるパク・ジミン。深い孤独を滲ませた乾いた表情がひときわ魅力的である。
対話から滑り落ちてゆく何か、言葉になろうとしてならなかった何かが胸に迫る。そこから、私たちは言語を使うことでこそ、逆説的に非言語による世界の広大さを知るのだということに気づかされる。それは、誰もが抱える孤独の深さでもある。フレディの葛藤と孤独はよりプリミティブなもので、だからこそ本作は、多くの人にカタルシスをもたらす力があるように思う。抑制の効いた演技と異言語間のミスコミュニケーションによって、むしろ言外の世界を鮮やかに描いた、極めて秀逸な作品だ。
ダヴィ・シュー 監督インタビュー
――この話を思いついたきっかけは何ですか?
2011年、私は韓国の釡山国際映画祭で、初の長編ドキュメンタリー映画『ゴールデン・スランバーズ』を発表しました。その際、友人のロール・バドゥフレが同行して、彼女の言うところの「自分の国」を見せてくれたのです。ロールは韓国で生まれ、1歳のときにフランスに養子に出されました。2歳の時に初めて母国(韓国)に戻りました。
しかし、彼女の韓国での体験は苦しいものでした。彼女はやっとの思いで、実父と祖母を見つけ、一緒にランチをしたんです。その時に彼女の中では、悲しみ、苦しさ、後悔……さまざまな感情が交錯しました。お互いに理解し合うことができず、悲喜こもごもの様相を呈しました。この話は、私の心の奥底にある何かに触れたようで、いつかこの状況を映画にしようと思っていました。私の最初の長編映画である『ダイヤモンド・アイランド』(16)の公開後、そのことをロールに話すと、彼女は乗り気になってくれました。
――この映画は国際養子縁組をテーマにしていますが、その枠をはるかに超えています。フレディが自分探しをする話で、彼女は常に自分自身をアイデンティティから解放しているように見えました。
ロールが私に、フレディのキャラクターの手がかりを与えてくれていました。彼女は強く、予測不可能なキャラクターで、私はそれにインスピレーションを受けました。脚本の執筆中、私は彼女に多くの質問をしました。私は韓国で生まれていませんし、女性でもなければ養子でもありません。この物語を語ることの正当性を問うような距離感がありました。しかし、ある時、私自身もある体験をしました。私はカンボジア生まれの両親のもとにフランスで生まれ、25歳のときに初めてカンボジアを訪れました。
私とカンボジアとの関係は、映画の冒頭のフレディと似ています。この原点回帰の衝動が、自分という人間を理解する方法を大きく揺るがすことになろうとは、思いもよりませんでした。
人種差別を受けたフランス人監督という立場から私が興味を持ったのは、あらかじめ設定された定義に収まること、あるいは代弁されることを常に拒否するキャラクターの軌跡です。フレディは、自分自身を再発明し、再構築し、再主張することに時間を費やしています。これは、アイデンティティという普遍的なテーマです。私は誰なのか? 私の居場所とは? 他者との関係において、自分はどのような立ち位置にいるのか。
ダヴィ・シュー
Davy Chou
監督
パリとプノンペンを拠点に活動する1983年生まれの映画監督およびプロデューサー。フランスの制作会社Vycky Filmsとカンボジアの制作会社Anti-Archiveを共同設立。カンボジア人プロデューサー、ヴァン・チャンの孫にあたり、2011年には1960年代のカンボジア映画の誕生と1975年のクメール・ルージュの残虐な破壊を描いたドキュメンタリー『ゴールデン・スランバーズ』を監督し、ベルリン映画祭フォーラム部門にて上映。また、2014年のカンヌ映画祭監督週間で上映された『Cambodia 2099』を含む短編作品を制作している。
初長編劇映画作品『ダイアモンド・アイランド』(2014)はAurora Filmsが制作、Vandertastic and Frakas Productionsが共同制作し、2016年のカンヌ映画祭批評家週間でSACD賞を受賞。長編2作目となる『Return to Soul』は再びAurora Films制作、Vandertastic and Frakas Productions共同制作の体制を取り、2022年のカンヌ映画祭ある視点部門に出品。
また、監督業に並行してプロデューサーとしても活躍しており、近年では2021年のヴェネチア映画祭や東京フィルメックスで上映されたニアン・カヴィッチ監督『ホワイト・ビルディング』をプロデュースしたほか、 2021年のカンヌ映画祭ある視点部門で上映されたアルチュール・アラリ監督『ONODA 一万夜を越えて』にもラインプロデューサーとして参加した。
ストーリー
韓国で生まれフランスで養子縁組されて育った25歳のフレディは、ふとしたきっかけで、母国である韓国に初めて戻ってくる。しかし、自由奔放なフレディは、韓国の言葉や文化になじめず、誰とも深い関係を築けない。そんな中、フランス語が堪能で親切な韓国人テナの手助けにより、フレディは自分の実の両親について調べ始める。
『ソウルに帰る』予告編
公式サイト
2023年8月11日(金・祝) Bunkamuraル・シネマ 渋谷宮下、ほか全国順次ロードショー
2023年8月25日 アップリンク京都
監督・脚本:ダヴィ・シュー
撮影:トーマス・ファヴェル
編集:ドゥニア・シチョフ
出演:パク・ジミン、オ・グァンロク、キム・ソニョン、グカ・ハン、ヨアン・ジマー、ルイ=ド・ドゥ・ランクザン
配給:イーニッド・フィルム
2022年/フランス、ドイツ、ベルギー、カンボジア、カタール/119分/1:1.85/カラー
字幕翻訳:橋本裕充 後援:在日フランス大使館、アンスティチュ・フランセ日本
©️AURORA FILMS/VANDERTASTIC/FRAKAS PRODUCTIONS/2022