『スワンソング』急速に消えていくアメリカの"ゲイ文化"へのラブレター
ウド・キアー演じる元ヘアドレッサーのパットは老人ホーム暮らしだ。老いて死に向かう人々が均質な生活を強いられるなかパットは抗いもするが、結局は老人ホームの中のことである。そんなある日、弁護士がやってくる。かつての顧客だったリタが亡くなったので遺言で死化粧をしてほしいという。報酬は2万5千ドルだという。パットは、退屈な老人ホームから抜け出し、リタが眠る棺に向かうのだった。
作品タイトルの『スワンソング』とは「人が亡くなる直前に人生で最高の作品を残すこと、またその作品を表す言葉」。パットの最後の仕事がまさにスワンソングなのだ。
現在77歳のウド・キアーにとっても、彼はまだまだ活躍して欲しいが本作は、スワンソング、「人生で最高の作品」であることは間違い無いだろう。監督のトッド・スティーブンスは当初ジーン・ワイルダーをイメージして脚本を書いたが、書き上がって1年間パットの役を十分に発揮できる俳優は誰かと考え、ウド・キアーに脚本を送り快諾を得たという。まさに『スワンソング』のパットはウド・キアーのために当て書きされたような作品だ。パットはウド・キアーそのものだという反転した褒め言葉が思いつく。
オハイオ州サンダスキーはスティーブンス監督の故郷であり、そこにはゲイバーがあり、夜にはドラァグ・クイーンたちがダンスフロアでパフォーマンスを競い合い、この映画のモデルとなったミスター・パットがいたという。『スワンソング』がこの作品を観るものの心に監督の意図が誠実に伝わるのは、頭の中だけで作られたストーリーではなく、監督の実体験が作品の様々なところに織り込まれているせいだろう。
スマホでいつでもどこでも簡単に出会いができる時代にはゲイバーは過去のものとなり、映画の中では、閉館するゲイバーでの最後の夜にパットの最高のパフォーマンスを目にすることができる。
観客はまず初めに老いたパットに感情移入し、少し引いた視点でこの映画を見るとスティーブンス監督のいう「急速に消えていくアメリカの"ゲイ文化"へのラブレターなのだ」という二つの視点により、物語が進むうちに少しづつ胸が締め付けられるような悲しさを優しく受け入れていくのだった。そして監督がいうように、もう一度生きるのに遅すぎることは決してないということを教えてくれる映画なのだ。
映画『スワンソング』は人生で出会う最高の作品、スワンソングだ。
トッド・スティーブンス監督からのメッセージ
1984年、私は初めて故郷の小さな町にあるゲイバー、“ザ・ユニバーサル・フルーツ・アンド・ナッツ・カンパニー”に足を踏み入れた。そこに彼がいた。ダンスフロアでキラキラ輝いている。フェザーボアを首に巻き付け、柔らかなフェルトのつば広帽をかぶり、お揃いのパンツスーツを着た“ミスター・パット”・ピッツェンバーガー。まるでボブ・フォッシーの世界から抜け出したような動きで踊っている。17歳の私にとって、パットは神のごとく輝いていた。数年後、自伝映画『Edge of Seventeen』に着手しようと思っていた私は、すぐに“ミスター・パット”のことが頭に浮かんだ。彼のことを追跡しようと故郷に戻った私は、彼が動脈瘤を患い、一時的に話せなくなってしまったことを知った。だが、彼の恋人デビッドが私に物語を聞かせてくれた…。パットがかつてオハイオ州サンダスキーでどれほど素晴らしい美容師だったか、彼の有名な女装パフォーマンスについて、1970年代、彼がどんなふうにキャロル・バーネットのようなドレス姿でスーパーマーケットに買い物に行っていたか―。彼は、常に勇気をもって自分自身でいようとした。それが安全とは言えない時代でも。
実のところ、“ミスター・パット”に刺激されて私は『Edge of Seventeen』を書いた。重要な“パット”のキャラクターを主人公の良き相談相手として書いていたが、撮影の途中でその役はカットされた。だが私はいつも、自分の女神をいつかはもう一度書くことになるだろうとわかっていたのだ。そして何年もあとに彼はついに戻ってきた。私はもう一度パットを探したが、彼が最近亡くなったことを知った。悲しいかな、パットの有名な手作りのラインストーンのドレスはすべて失われてしまっていた。ただ靴箱がひとつ残っていた。中には、いくつかの色あせた宝石と半分吸いかけの煙草がひと箱だけ。
『スワンソング』は、急速に消えていくアメリカの“ゲイ文化”へのラブレターなのだ。クィアであることが以前よりずっと受け入れられてきた矢先に、昔栄えていたコミュニティが、あっという間に社会の中に溶けてなくなっていく。同化作用とテクノロジーのおかげで、“ザ・ユニバーサル・フルーツ・アンド・ナッツ・カンパニー”のような小さな町のゲイバーは消えていく運命にある。『スワンソング』を、忘れ去られたすべてのホモセクシャルのフローリストと美容師たちに捧げよう。彼らがゲイコミュニティを築き、私たちの多くが今日までしがみついてきた権利のための道を切り開いてくれたのだ。だが、何よりも、私にとってこれは、もう一度生きるのに遅すぎることは決してないということを教えてくれる映画なのだ。
ストーリー
ヘアメイクドレッサーとして活躍してきたパトリック・ピッツェンバーガー、通称“ミスター・パット”にとっての「スワンソング」は、はたしてわだかまりを残したまま亡くなってしまった親友であり顧客のリタを、天国へと送り届ける仕事になるのか?
ヘアメイクの現役生活を遠の昔に退き、老人ホームでひっそりと暮らすパットは、思わぬ依頼を受ける。かつての顧客で、街で一番の金持ちであるリタが、遺言で「パットに死化粧を」とお願いしていたのだ。リタの葬儀を前に、パットの心は揺れる。すっかり忘れていた生涯の仕事への情熱、友人でもあるリタへの複雑な思い、そして自身の過去と現在……。
トッド・スティーブンス監督
アメリカ・オハイオ州サンダスキー生まれ。音楽を担当したクリス・スティーブンスは弟。『Edge of Seventeen』で脚本と製作を担当。『Gypsy 83』と『Another Gay Movies』では、脚本・製作・監督を担当した。以前の作品4本すべてが数多くの映画祭で賞に輝き、世界中で劇場公開されている。現在、ニューヨーク市にある芸術大学スクール・オブ・ビジュアル・アーツで映画学科の教授を務めている。
予告編
公式サイト
8⽉26⽇(金) シネスイッチ銀座、シネマート新宿、アップリンク吉祥寺ほか全国順次公開
監督:トッド・スティーブンス
出演:ウド・キアー、ジェニファー・クーリッジ、マイケル・ユーリー、リンダ・エヴァンス
2021年/アメリカ/英語/105分/ビスタ/5.1ch/カラー/原題:SWAN SONG
日本語字幕:小泉真祐
配給:カルチュア・パブリッシャーズ
© 2021 Swan Song Film LLC