『戦争と女の顔』戦後のレニングラードで闘い続ける元・女性兵士たちの運命の物語

『戦争と女の顔』戦後のレニングラードで闘い続ける元・女性兵士たちの運命の物語

2022-07-11 15:40:00

とかく男性目線で描かれることの多い戦争映画。本作では、生々しい戦闘シーンの代わりに、戦後の混乱の中を懸命に生きる2人の女性の複雑な心理、外傷よりもずっと根深い心の傷(PTSD)とどのように向き合い、克服しようとしてきたかがありありと克明に綴られてゆく。

監督を務めるのは、ロシアに属するカバルダ・バルカル共和国・ナルチクに生まれ、巨匠アレクサンドル・ソクーロフの演出ワークショップで映画制作を学んだ、30歳を過ぎたばかりの新鋭カンテミール・バラーゴフ。ベラルーシのノーベル賞作家スヴェトラーナ・アレクシエーヴィチのデビュー作『戦争は女の顔をしていない』に衝撃を受け、これを原案に戦後の女性の運命を描いた。

主演の女性二人は、ともに新星のヴィクトリア・ミロシニチェンコとヴァシリサ・ペレリギナ。制作は、ウクライナ・キエフ(キーウ)に生まれ、ロシアで最も多作なプロデューサーの一人であり、『ラブレス』(17)、『クラウド・アトラス』(12)などのプロデュースで知られるアレクサンドル・ロドニャンスキーが手がける。

カンヌ国際映画祭「ある視点」部門でプレミア上映され、国際映画批評家連盟賞と監督賞をダブル受賞したほか、50を超える世界各国の多くの映画祭で上映、30を超える映画賞を受賞。第92回アカデミー賞国際長編映画賞のロシア代表、さらには元・米大統領のバラク・オバマが選出する年間ベストにも選出された。

ソ連(現ロシア)の荘厳な街並み、ドレスや部屋の壁など至るところに散りばめられたヨーロピアンな美しい配色を背景に、鋭く瑞々しい感性が画面いっぱいに迸る。鮮血の赤とドレスや壁の緑は、2人の女性の強く美しい生き様を代弁するかのようにシンクロし、極めて芸術的だ。

戦争を知らない世代の監督とスタッフによって女性目線で戦争(を生きた人々)が描かれた本作は、戦争の悲劇を史実として伝えるよりもむしろ、今を生きる私たちに、目に見えない戦いが今なお続いていること、目に見えない傷に今も苦しむ人々がいることを教えてくれる。

 

 

ストーリー


1945年、終戦直後のレニングラード。第二次世界大戦の独ソ戦により、街は荒廃し、建物は取り壊され、市民は心身ともにボロボロになっていた。

史上最悪の包囲戦が終わったものの、残された残骸の中で生と死の戦いは続いていた。

多くの傷病軍人が収容された病院で働く看護師のイーヤ(ヴィクトリア・ミロシニチェンコ)は、PTSDを抱えながら働き、パーシュカという子供を育てていた。

しかし、後遺症の発作のせいでその子供を失ってしまった。

そこに子供の本当の母であり、戦友のマーシャ(ヴァシリサ・ペレリギナ)が戦地から帰還する。彼女もまた後遺症や戦傷を抱えていた。

二人の若き女性イーヤとマーシャは、廃墟の中で自分たちの生活を再建するための闘いに意味と希望を見いだすが……。

 

 

カンテミール・バラーゴフ 監督インタビュー

 


1945年を舞台にした『戦争と女の顔』は、私にとって非常に重要な作品です。戦争史上最悪の包囲戦に耐えたレニングラードの街に住む主人公の女性二人は、荒廃した街と同様に、戦争によって傷つけられた存在です。

本作は、彼女たち自身と、レニングラードの人々、彼女たちが乗り越えなければならない障害、そして社会から受ける扱いについて描いた物語です。戦争によって心的障害(PTSD)を抱えた二人は、通常の生活を送れるようになるには時間がかかる状態です。

私は、第二次大戦で戦った“女性の運命”に特に興味があり、資料によればこの戦争は女性の参戦率が最も高かった戦争でしたので、映像作家として「(女性として)命を与えるはずの人が、戦争の試練を乗り越えた後どうなるのか」という問いに答えを見出したかったのです。

原案
ノーベル文学賞受賞者のスヴェトラーナ・アレクシエーヴィチさんの著書『戦争は女の顔をしていない』は、私にとって、この映画を作る上で大きなインスピレーションとなり、まったく新しい世界を切り開いてくれました。

私は、戦争と戦争における女性の役割について、いかに自分が知らなかったかを思い知さられました。戦争が終わった後、女性の心と性質に地殻変動が起きたとき、女性に何が起こるのか、その後に明らかに起こるであろう女性の性質の崩壊について、これまでとは別の思いを抱かせてくれました。


色彩
この時代に生きた人々の日記を調べると、あらゆる苦難や荒廃にもかかわらず、毎日明るい色彩に囲まれて生活していたことを知り、明るい色彩と戦後の生活の本質との相克も興味深かったため、本作には独特の色彩を取り入れています。


レニングラード
レニングラードは、恐ろしい包囲網を生き延びた都市であり、惨劇の風景は映画の中で重要な役割を果たしました。この空間と背景を再現することは不可欠で、映画の空間や色調に、戦争の爪痕を感じさせるのに重要でした。


主人公の運命

本作に最も重要なのは、主人公たちの運命です。廃墟や破壊された建物だけでなく、人々の顔、目、体格、身体を通して戦争の爪痕を示すことが重要でした。

英題のBeanpole(のっぽさん)というのは、表面的には“背の高い”主人公イーヤの身体的な特徴を表す言葉ですが、私にとってはむしろ彼女たちの“ぎこちなさ”の意であり、彼女たちがどのように感じ、どのように感情を表現するかを表しています。戦後に再び生きる方法を見つけ出そうとしていますが、ぎこちない彼女たちにとって、それは非常に困難な状況なのです。

 

 

『戦争と女の顔』予告編

 

公式サイト

 

2022年7月15日(金) 新宿武蔵野館、ヒューマントラストシネマ渋谷ほか、全国順次ロードショー

2022年7月22日(金) アップリンク京都上映


原題:Dylda/英題:Beanpole/原案:『戦争は女の顔をしていない』スヴェトラーナ・アレクシエーヴィチ, 三浦みどり 訳(岩波現代文庫)

ロシア/ロシア語/2019年/137分/DCP/カラー/字幕翻訳:田沼令子/ロシア語監修:福田知代 PG12

配給:アット エンタテインメント

© Non-Stop Production, LLC, 2019