『ブラインド・マッサージ』「見えること」と「見えない」ことの価値を天秤にかける―。

『ブラインド・マッサージ』「見えること」と「見えない」ことの価値を天秤にかける―。

2025-05-15 08:00:00

『未完成の映画』公開を記念して、『ロウ・イエ監督特集』がアップリンク吉祥寺、アップリンク京都、神戸シネマで上映される。

特集で上映されるのは、『ふたりの人魚』(08)、『天安門、恋人たち』(06)、『スプリング・フィーバー』(09)、『パリ、ただよう花』(11)、『二重生活』(12)、『ブランド・マッサージ』(14)、『シャドウプレイ【完全版】』(18)、『夢の裏側』(19)、『サタデー・フィクション』(19)の9作品だ。

今回はその中でも、『未完成の映画』に出演するホアン・シュエン(小馬役)、チン・ハオ(沙役)が共演している作品『ブランド・マッサージ』を紹介したい。

『未完成の映画』紹介記事はこちら

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薄闇の中、ぼやけた何かが動き続けている。どうやらゼンマイ仕掛けがクルクルと回っているようだ。“この物語は小馬(シャオマー)という少年に始まる“ と、ナレーターが淡々と告げる。

シャオマーは幼い頃、交通事故によって“目と母“を失ってしまった。ゼンマイ仕掛けは事故が起きたときに彼が持っていたおもちゃだ。目が見えなくなり音だけが頼りとなってしまった彼は、しばしばゼンマイを回し、それが細かく立てる音を聴く。

ゼンマイの音がやがて時計の針の音に変わり、青年に成長したシャオマーが映し出される。その後盲学校で学び、マッサージ治療も身につけたこと。南京にある盲人のマッサージ院に就職したことなど、彼の来歴が簡潔に描かれる。

そして、映画がマッサージ院での物語のスタート地点に着いたとき、盲目のひとでもわかるように、ナレーターが、これまでと同じように淡々と、映画のクレジットを読み上げる。とても滑らかで美しい映画の始まりだ。

しかしロウ・イエ監督がインタビューの中で「目の不自由な人の世界を描いた作品だが、一般の人が見るように作っている」と言うように、この映画は単にバリアフリーを目指しているということでもない。また監督は「盲目の状態というのは単に目が見えない人のことを指すわけではない」とも語る。

映画の冒頭でシャオマーは自殺未遂をしたが、その後映し出される姿に傷がないことからも、あれは現実ではなく、夢だったのかもしれない。「目が見えない世界は暗喩の世界よりも奥が深い世界」と監督が表現するような、暗闇の中の夢。

マッサージ院の院長・沙(シャー)は、美人と名高いスタッフ・都紅(ドゥホン)の美貌をその目で見てみたいと渇望するが、ドゥホンは目にみえる美しさなど愛とは無関係だと一蹴する。シャーの同級生・王(ワン)は健常者のことを“一級上の存在で目を守った動物”と考えている。客であるシャオマーと恋に落ちた風俗店で働く女・小蛮(マン)は、同僚から“盲目になったの?”と揶揄される…。

『ブラインド・マッサージ』は視覚障害者に寄り添う、といったことではなしに、シャオマーをはじめ様々な登場人物の視点を通して、「見えること」の価値と「見えないこと」の価値を天秤にかけるかのようだ。

(小川のえ)

イントロダクション

南京の盲人マッサージ院を舞台に巻き起こる人間模様を苛烈に描いた本作は、2014年、第64回ベルリン国際映画祭銀熊賞(芸術貢献賞) のほか、台湾のアカデミー賞・第51回金馬奨で作品賞を含む6冠、その翌年アジア全域版のアカデミー賞とも言われる第9回アジア・フィルム・アワードで作品賞と撮影賞など数多くの賞を受賞。視覚障害者の視点を体感するような映像と、人間の本能をえぐるような衝撃的な物語が世界中で絶賛された。

出演はロウ・イエ作品ではおなじみの実力派俳優、チン・ハオ(『二重生活』『スプリング・フィーバー』主演)、グオ・シャオトン(『天安門、恋人たち』主演)を初め、ホアン・シュエン(『スプリング・フィーバー』)が出演。盲人マッサージ師という難しい役どころを緊張感たっぷりに演じている。また、マッサージ院で働くその他のキャストは、すべて実際の視覚障害者。コン役のチャン・レイは金馬奨で最優秀新人演技賞を受賞した。

ストーリー

多くの盲人が働く南京のマッサージ院。
生まれつき目の見えない院長のシャーは結婚を夢見て見合いを繰り返すが、視覚障害者であることが理由で破談してしまう。それでも懲りずにパートナーを探し続ける明るい男だ。
若手のシャオマーは、幼い頃に交通事故で視力を失った。医師の診断は「いつか回復する」というものだったが、その日は一向にやってこない。
客から「美人すぎる」と評判の新人ドゥ・ホンもまた、生まれつき目が見えない。彼女は自分にとって、何の意味のもたない“美”に嫌気がさしている。

そんなマッサージ院に、院長シャーの同級生ワンと恋人のコンが駆け落ち同然で転がり込んできた。
まだ幼さの残るシャオマーは、コンの色香に感じたことのない強い欲望を覚えはじめる。
ある日、爆発寸前の欲望を抱えたシャオマーを見かねた同僚が風俗店へ誘う。
そこで働くマンと出会いによって、 運命の歯車が大きく動き出す・・・。

ロウ・イエ監督インタビュー

――目の不自由な役者と映画の関係について、何かしらリサーチはされましたか?また、盲人の世界を視覚的に描くというのは、いかがでしたか?

そうですね。たとえば、盲人の感覚を味わうために、映画館で映画を聞いてみたんです。この映画は目の不自由な人の世界を描いた作品なので、視覚的な面に、かなりの制限を加えました。とは言っても、一般の人が見るように作っているわけですから、極めて最初の時点から、矛盾を抱えながら作っていたんです。

撮影中、健常者の俳優たちには不透明のコンタクトレンズを付けてもらって、見えない状態で撮影に挑んでもらっていたので、助監督たちが彼らを立ち位置まで案内しなければなりませんでした。例えば、シャー・フーミン役に扮したチン・ハオや、シャオマー役に扮したホアン・シュエンなどがそうです。 ワン役に扮したグオ・シャオトンは、目を閉じて触覚だけの状態になってもらいました。でもその間、盲人の俳優たちがいつも助けてくれました。チン・ハオも「80日にもわたる撮影期間であの演技を続けられたのも目の不自由な出演者が一緒だったから」と言っていました。

――ヴィジュアルとタイトルを見た観客は、プロの仕事をしている寡黙で優しい人たちの映画を期待するんじゃないかと思いますが・・・

観客は一連のシーンを自分の好きなように解釈すればいいと思います。盲目の状態というのは単に目が見えない人のことを指すわけではないんです。この作品は目の見える人間のために作ったんですから。現実の世界とのかかわりを暗喩として描いた作品だと言われることがありますが、目が見えない世界というのは、暗喩の世界なんかよりも奥が深くて、すごい世界ですよ。

――“ぼかす”という視覚的なテクニックを使って、ユニークでリアル な盲目の世界を表現されていますね。

私はどの映画の編集にも長い時間をかけて、たくさんのヴァージョンを作ります。それが検閲問題への対策と聞かれることがあるけど、それが私のやり方で、検閲とは全く無関係です。

『ブラインド・マッサージ』では“ぼかす”という視覚的なテクニックを使って、リアルな盲目の世界を表現しました。とはいえ、こういったテクニックは、不利になる可能性もありました。『天安門、恋人たち』(06)の時、中国当局は上映禁止にするために「音も映像も質が悪い」という言い訳を言いましたから。

ただ、皮肉にも、今作では観客には映像も音声もはっきりと見えたり聞こえたりしませんが、検閲申請や当局の許可はスムーズにいきました。『天安門、恋人たち』に対する、いわゆる技術的な基準というものは、イデオロギーの面での検閲だったことがはっきりとわかりました。あれは、単なる口実だったということが。

今回で言えば、中国での上映に際しカットしたのは、ごくわずかです。1つは、切り傷ができた後、メインのキャラクターの首から血が吹き出るシーン。それから2組のカップルのセックスシーンを、少し刈り込んで編集しました。

ロウ・イエ監督プロフィール

1965年生まれ。中国の脚本家、監督、プロデューサー。『デッド・エンド/最後の恋人』(94)で監督デビュー。2000年、『ふたりの人魚』は当局の許可なしにロッテルダム国際映画祭に出品したため中国では上映禁止となった。2003年チャン・ツィーを主演に1930年代の中国と日本の間の対立を描いた『パープル・バタフライ』は、カンヌ国際映画祭の公式コンペティション部門に選出。2006年、天安門事件にまつわる出来事を扱った『天安門、恋人たち』はカンヌ国際映画祭で上映された結果、再び5年間の映画製作・上映禁止処分となる。禁止処分の最中、検閲を避けるためフランスと香港合作で作られた『スプリング・フィーバー』は2009年カンヌ国際映画祭で脚本賞を受賞。その2年後、『パリ、ただよう花』をフランスで撮影。2012年、カンヌ国際映画祭“ある視点部門”オープニング作品に選ばれた『二重生活』は、映画制作禁止後に、ロウ・イエが公式に復活を果たした作品。2013年、南京で本作の撮影を開始。本作はベルリン国際映画祭にコンペティション部門に選出され、台湾のアカデミー賞金馬奨で作品賞を含む6冠を受賞。総計19賞、15部門ノミネートに輝く。

公式サイト

監督:ロウ・イエ
脚本:マー・インリー
撮影:ツォン・ジエン(『二重生活』『スプリング・フィーバー』)
原作:ビー・フェイユイ著『ブラインド・マッサージ』(飯塚容訳/白水社刊)
編集:コン・ジンレイ、ジュー・リン
出演:ホアン・シュエン、チン・ハオ、グオ・シャオトン、メイ・ティンほか
(2014年/中国、フランス/115分/中国語/カラー/1:1.85/DCP/原題:推拿)
日本語字幕:樋口裕子
配給・宣伝:アップリンク

 

『ロウ・イエ監督特集』

アップリンク吉祥寺 アップリンク京都 シネマ神戸にて順次上映