『未完成の映画』不自由な時代に自由な映画を作ること
『未完成の映画』ロウ・イエ監督作品。映画の冒頭、10年前に撮影された未完成のクィア映画を完成しようとスタッフが集められる。そこで編集用のモニターに映し出される映像は、ロウ・イエ監督の過去作『スプリング・フィーバー(2009)』『二重生活(2012)』『シャドウプレイ(2018)』などの映像。それらの作品の主人公を演じたジャン・チェン(チン・ハオ)が俳優役としてスタジオに訪れる。シャオルイ監督と話し合いが行われ、撮影が再開される。映画は虚実が交錯する設定で始まる。
ジャン・チェンは監督に言う「公開できないのに誰のために。これは検閲を通らない」と。そして本作も中国での公開の可能性はない。
本作の国籍はシンガポール、ドイツ映画だ。現在中国では外国英は年間34本の上映が可能だが。
そこで、中国製のAI、DeepSeekに聞いてみた。 「ロウ・イエ監督の『未完成の映画』について中国国内で公開はなぜできないのか」答えは、「你好,这个问题我暂时无法回答,让我们换个话题再聊聊吧。こんにちは、この質問には今は答えられないので、別のトピックで詳しくお話ししましょう」
というわけで、中国ではXはVPNを経由してしかアクセスできないのですがXのGrokにも聞いてみた。
ロウ・イエ監督の『未完成の映画』が中国で上映できない理由は、以下の3点が考えられる:
検閲:コロナ禍の武漢ロックダウンの混乱や市民の苦しみを描く本作は、ゼロコロナ政策の「成功」を強調する公式見解に反する。白紙運動を想起させる上海のウルムチ路の蝋燭映像や、言論自由の象徴リ・ウェンリャンの登場は、検閲当局が許容しない政府批判とみなされる。
ロウ・イエの過去:第六世代の監督として、『天安門、恋人たち』(2006)で製作禁止処分を受けた経歴ある。彼の作品は社会問題や検閲に触れることが多く、『未完成の映画』も同様に政府批判と受け取られる要素を含むため、上映が認められていない可能性が高い。
クィア要素:クィア映画のテーマは中国の検閲対象。ウルムチ路の抗議的雰囲気やリ・ウェンリャンの映像と合わせ、検閲のハードルをさらに上げる。
結論:検閲、ロウ・イエの過去、クィア要素などの要因が絡み合い、本作は中国で上映不可となっている。
『未完成の映画』がプレミア上映されたのは、2024年のカンヌ映画祭であった。ロウ・イエ役を他の俳優が演じるなど、明らかに純粋なドキュメンタリー映画ではないながらも、ドキュメンタリー作品を対象とした「金の眼賞」の対象作品として上映された。
本作のパンフレットに寄稿していただいた、映画プロデューサーの市山尚三氏のコラムを一部引用する。
「この『未完成の映画』がドキュメンタリーを対象とする賞にノミネートされたことの意味がわかるような気がした。この作品はコロナ禍という誰もが想像し得なかった災厄に見舞われた数年間に中国の人々が体験した集合的記憶の記録なのである。その意味で、そこにフィクションの手法が使われていたとしても、これをドキュメンタリーとみなすことは間違いではないだろう。そして、映画における検閲が厳然として存在する現代の中国において、この題材をここまで正面から扱った映画を撮ることは相当に勇気のいる行動である。その困難さを声高に主張するわけではなく、飄々と実現してしまうところにロウ・イエの凄さがある」
続けて、4月17日にアップリンク吉祥寺で開催した先行試写会にお越しいただいた中国人の方の感想をいくつか引用する。
「中国人にとってのPTSD(心的外傷後ストレス障害)です。大量のスマホ動画が出回り始めて、ようやく気づきました。生き残った人々にとって、本当の恐怖はロックダウン解除から始まったのだと。誰かに語ろうとしても、言葉はすでに心の奥底で腐ってしまっている。奪われたのは言論の自由だけではなく、個人の命や財産の権利だけでもなかった。言葉を発する力そのものまで、奪われていたのだと気づきました。だけど、撮影チームがホテルに閉じ込められ、カメラが止まったとき、人々のスマホが一斉に持ち上がったのです」――Sunjunhuang 28歳 学生
「あの時期を過ごしたあと、まるで記憶を埋めてしまったかのように、思い出したくない時間をわざとぼやかしてきました。しかし、映画を観た後に気づきました。トラウマは完全に消し去られることはなく、透明なまま存在し続け、この作品によって引き上げられたのだと。改めてそれと向き合ったとき、私は、まさにその経験が今の自分を形作ったのだと理解しました。この作品に感謝します。この映画は、この時代にとって欠かせない存在です」
――Mae Lee 26歳 会社員
「COVID-19により中国は大きく揺らいだ。ただ映画ではそのことを明確には語らない。中国の第6世代の監督であるロウ・イエは対立を求めるのではなく、ただ現実をリアルに映し出そうとしている」――BBC中国語
ロウ・イエら中国人の多くが経験したロックダウンという「集団的トラウマの記録」をリアルに描いたのが『未完成の映画』である。
イントロダクション
映画制作は無事に開始されるが、未知のウィルスに関する不確かな情報が錯綜する中、ホテルはロックダウンされ、スタッフ達はホテルに閉じ込められる。劇中では、コロナ禍で実際に撮影されたスマホの縦型動画が次々とスクリーンに映し出される。
東京フィルメックスで観客賞を受賞した上映後のXには「すごい映画を観てしまった。コロナ禍の私達の記憶を繋ぎ包み込む傑作。どんな時にも人間とは心を解放し前に進もうとする生き物だと言われたようだ」「生々しくあのロックダウンの記憶が蘇る。映画は終盤に向け虚実が入り乱れる。これ以上の「コロナ記録映画」は存在し得ないのでは」「映画の自由を存分に浴びた。スマホの自撮りを通して、映画とは何か?を問い直す傑作」など多くの熱いコメントがポストされた。
2019年コロナウィルスが発生したと言われる中国武漢に近い都市を舞台に映画制作を行っていた人々を描くことにより、パンデミック時の「集団的トラウマの記録」をリアルに描いた映画がロウ・イエ監督の最新作『未完成の映画』だ。
ストーリー
監督のシャオルイ(マオ・シャオルイ)は、10年前に中断されたクィア映画の撮影を再開するため、キャストとスタッフを集め説得する。そして2019年、10 年間電源が入っていなかったコンピューターを起動した。
2020年1月、撮影がほぼ完了した矢先、新種のウィルス(コロナ)に関する噂が広まり始める。不穏な空気が漂う中、武漢から来たヘアメイクが帰宅を余儀なくされ、スタッフ達はスマホでニュースを追い続ける日々を送る。一方、シャオルイ監督は再び撮影を中断するかどうかの決断を迫られる。
そんな中、一部のスタッフと俳優はホテルが封鎖される前の脱出に成功するものの、残ったスタッフはホテルの部屋に閉じ込められたまま、すべてのコミュニケーションがスマホの画面だけに制限される。そして武漢はロックダウンする。スタッフたちはビデオ通話を通じて連絡を取り合い、ホテルに閉じ込められたままの主演俳優のジャン・チェン(チン・ハオ)は、北京で1か月の赤ん坊と共に部屋に閉じ込められている妻サン・チー(チー・シー)を元気づけようと奮闘する。
ロウ・イエ監督インタビュー
ー『スプリング・フィーバー』(2009年カンヌ脚本賞)に続編の話がある中、パンデミック中にホテルで映画が撮影され生まれた『未完成の映画』とは何なのでしょうか?
『続編」というのは、また別の実験的なバージョンの話で(笑)、まだ完成しておらず、最終的にどのような映画になるのかも分かりません。『未完成の映画』では、過去の素材もいくつか使われています。
ー過去の映像を見たとき、どのように感じましたか?
今見てもまだ素晴らしいと思います。再度映像を見返すのは満足感があります。初期の素材は、主に『ふたりの人魚』(2000年)、『スプリング・フィーバー』(2009年)、『二重生活』(2012年)、『シャドウプレイ』(2018年)の未使用映像やドキュメンタリー映像で構成されています。『スプリング・フィーバー』の未使用映像の中で、アジェンとイエ・シャオがベッドで笑い合うシーンは、実はリハーサルの一環で、カメラが回り続けていただけのものです。でも、それはとても美しくリアルです。『スプリング・フィーバー』の最終版では、この2人のキャラクターのストーリーが完全にカットされました。
ー映画の第2部では、ロックダウンによる撮影の中断が描かれています。この部分は当初の計画通りの撮影でしたか?
過去の素材の編集に基づいて撮影計画を立てました。ホテル隔離中の短期撮影は、従来の映画制作と似ており、撮影アウトラインやカメラ配置図を用意しましたが、その後の撮影は変更になりました。クルーの役割は二重で、カメラの前で役を演じると同時に、撮影も行っていました。彼らは映画を作りながら、映画を作る自分たちを撮影していました。
ー最終的に『未完成の映画』というタイトルを選んだ理由は何ですか?
編集版をより明確にし、観客が理解しやすくするためです。これは単に「映画の中の映画」であり、未完成の作品です。映画の結末はチーム向けの上映会であり、彼らが目にするのは監督が想像していた映画ではありません。そして、映画が終わった後に何が起こるのかは全く分かりません。それは今後も努力し続けることで初めて分かるのかもしれません。これはまた、従来の映画制作の一種の転覆でもあります。私たちの生活がすでに転覆されていることを考えると、映画が転覆されることも非常に普通のことになり、転覆自体がもはや重要ではなくなっています。
ーこの『未完成の映画』が完成するのは、どのような状況やタイミングだと思いますか?
パンデミックが完全に終わったとき、私は個人的にこの映画が終わりを迎えられると感じました。それは非常にはっきりとした感覚でした。それ以前は、映画をどのように締め括るかまったく分かりませんでした。潜在的に私はパンデミックの影から解放されたいと思っており、それも重要な要素でした。この映画を完成させることは、私やクルーにとって慰めになりました。最終的に最も重要だったのは、この映画がこれらの年の現実と、私たち映画製作者に与えた感情を記録することでした。映画を見終わった後、チーム全体が満場一致で、私たちは必要なことをやり遂げたと感じました。それは、不自由な時代に自由な映画を作ることでした。
ロウ・イエ監督プロフィール
1965年に上海の演劇一家に生まれる。幼少期を劇場で過ごし、上海美術学校で学んだ後、上海アニメーションスタジオでアニメーターとして働く。
1989年に北京電影学院を卒業し、映画監督専攻を修了。彼の作品はカンヌ、ヴェネツィア、ベルリン、台北金馬奨、中国インディペンデント映画祭、アジア映画賞など、主要な国際映画祭に選ばれ、多くの賞を受賞。
1994年、『デッド・エンド/最後の恋人』で監督デビュー。2000年、『ふたりの人魚』は当局の許可なしにロッテルダム国際映画祭に出品したため中国では上映禁止となった。
2003年、チャン・ツィイーを主演に1930年代の中国と日本の間の対立を描いた『パープル・バタフライ』は、カンヌ国際映画祭の公式コンペティション部門に選出。
2006年、天安門事件にまつわる出来事を扱った『天安門、恋人たち』はカンヌ国際映画祭で上映された結果、再び5年間の映画制作・上映禁止処分となる。禁止処分の最中、検閲を避けるためフランスと香港合作で作られた『スプリング・フィーバー』は2009年カンヌ国際映画祭で脚本賞を受賞。その2年後、2011年タハール・ラヒム主演で『パリ、ただよう花』をフランスで撮影。
2012年、カンヌ国際映画祭“ある視点部門”オープニング作品に選ばれた『二重生活』は、映画制作禁止後に、ロウ・イエが公式に復活を果たした作品。
2013年、『ブラインド・マッサージ』はベルリン国際映画祭にコンペティション部門に
選出され、台湾のアカデミー賞金馬奨で作品賞を含む6冠を受賞。
2018年、広州・香港・台北を舞台にしたクライムサスペンス『シャドウプレイ』は金馬奨で4部門ノミネート。上海を舞台にした『サタデー・フィクション』はコン・リー主演、オダギリジョー共演による、1941年の太平洋戦争開戦前夜の上海租界を舞台としたスパイ映画で、第 76 回ヴェネツィア国際映画祭コンペティション部門に正式出品した。
『未完成の映画』以降は、『少年の君』のイー・ヤンチェンシー(易烊千璽)と『象は静かに座っている』のチャン・ユー(章宇)が出演する『三文字(原題:三個字)」(公開未定)と、日本及び欧米でも有名なバンド「重塑雕像的權利(Re-TROS)」のドキュメンタリー(公開未定)の制作を行なっている。
監督:ロウ・イエ(婁燁)
脚本:ロウ・イエ(婁燁)、マー・インリー (馬英力)
出演:チン・ハオ(秦昊)、マオ・シャオルイ(毛小睿)、チー・シー(斉渓)ほか
2024年/シンガポール、ドイツ/中国語/107分/2K/カラー/5.1/1:1.85
日本語字幕:樋口裕子
英題:An Unfinished Film
配給・宣伝:アップリンク
© Essential Films & YingFilms Pte. Ltd.