『フィリップ』原作発禁処分から60年の時を経て映画化!ナチス支配下を生きた男の復讐物語
ナチス支配下のポーランドとドイツを舞台に、ユダヤ人であることを隠しながら生きる青年の愛と復讐の物語。ポーランドの作家レオポルド・ティルマンドが自らの実体験を基に1961年に発表し、発刊後すぐに発禁処分となった自伝的小説『Filip』を映画化したものだ。
監督は1990年代よりテレビプロデューサー兼演出家として活動し、アンジェイ・ワイダ監督作のプロデューサーとしての活躍でも知られる、ポーランドのミハウ・クフィェチンスキ。監督は映画化に際し、こう語っている。
「ポーランドで愛する人を亡くしたユダヤ人の主人公は、そのような状況下で何を感じるでしょうか? 私はティルマンドの本を心理的で緻密な映画にし、トラウマから感情が凍り付いた男の孤独を研究することに決めました」
ナチス支配下という時代に翻弄された一人のユダヤ人にもたらされた過酷な運命、たとえば恐怖、喪失、理不尽な待遇といった精神的苦痛、そうした精神状態から湧き上がる復讐心……映画はその一つ一つの感情に寄り添い、感情線を辿ってゆく。「これは戦争映画でも恋愛映画でもない」と監督が語っているように、大事なのは、魅力的で強運の持ち主でありながら、ごくありふれた人物でもある主人公・フィリップの「感情」なのだ。そして彼は同じ環境下では誰もが抱くであろう感情を通って、人生に抵抗してゆく。ちなみに、「フィリップ」は特にこの時代のフランスではごく一般的なありふれた名前であり、多くの人が主人公と自分を重ね合わせたくなる仕掛けにもなっているのだろう。
発禁処分となり、長い間世に出ることのなかった原作の小説は、2022年ついにオリジナル版が出版された。これまで何度も焼き直されてきたナチス支配下を生きた男の物語が、発禁処分から60年の時を経て今、世に出たこと。それはまさに今考えるべき、戦争を生み出す元のような何かについての問いかけであるかもしれない。
ミハウ・クフィェチンスキ 監督インタビュー
――なぜ今、ティルマンドの小説を映画化したのですか
以前映画プロデューサーのアンジェイ・ヴィシンスキーが私にこの小説を勧めてくれました。驚いたのは、自伝的小説であるため作家の真実の経験が伴っていることです。文字通りではないかも知れませんが、この小説は1942年にフランクフルトに滞在していたレオポルド・ティルマンドの生涯の実体験に基づいています。彼はナチスドイツの中心部、フランクフルトに正体を隠しフランス人として住んでいました。ポーランドで愛する人を亡くしたユダヤ人の主人公は、そのような状況下で何を感じるでしょうか? 私はティルマンドの本を心理的で緻密にし、トラウマから感情が凍り付いた男の孤独を映画化することに決めました。
――フィリップは物議を醸す人物なのでしょうか
はいそうです。彼は冷酷でシニカルで反社会な行動が人の嫌悪感を呼ぶように見えるかもしれません。しかしそれはすべて壊れやすく繊細な性格を隠すための仮面です。フィリップは自分の内なる悪魔を克服するために他の方法で行動することはできません。現代だったらフィリップはおそらく心理療法士の下に通い詰めているでしょう。
――なぜ戦時中を舞台にした映画を戦後80年近く経った今、作ることにしたのでしょうか。
この映画は戦争映画ではありません。トラウマに苦しむ孤独で疎外された男性についての映画です。フィリップは建築家になる夢がありましたが、戦争の運命によりホテルのウエイターになりました。この点において彼は現代のウクライナやシリア、パレスチナ、アフガニスタンからの難民の境遇と共通していると言えます。第二次大戦はこの映画の時代設定や舞台装置にすぎません。本当に重要なのは、主人公を悩ませる精神的・道徳的問題であり、それが物語の時代設定に関係なく普遍的なものになることです。
――この映画は、戦時下の恋愛についての映画ではないのですか。
これは恋愛映画でもありません。これは愛の欠如、愛の必要性、愛へのあこがれについての映画です。フィリップは恋に落ちようと必死に努力しますが、友人の死によってその感情を深めていくことができません。今は恋をしている場合ではない、彼は自分が目指していた感情を自ら破壊することを決意するのです。
――なぜエリック・クルム・ジュニアを起用したのですか。キャスティングの経緯を教えてください。
私にとってエリック・クルム・ジュニアが唯一の主役候補でした。この役に他の俳優が当てはまるとは想像できなかったし、今でも想像できないので、キャスティングという過程は存在しませんでした。彼はティルマンドの小説に登場するフィリップの特徴を全て備えています。知性、魅力、ユーモアのセンス、美しさ、複数の言語を話し、音楽教育も受けています。エリックはインスタグラムのプロフィールで自分自身を「人間、反逆者、ピエロ、スパイダーマン」と説明しています。端的に言えば「美しい男」。それこそがフィリップ役として探していた俳優です。エリック・クルム・ジュニアは、1年間をこの役の準備に費やしました。彼は本編を通して全く未知の言語だったドイツ語の台詞を学び、フランス語を磨き、10キロ体重を増やし、ダンス、タップダンス、ボクシングを学びました。この作品の準備期間中、フィリップになりきっていました。
――この映画には多くの外国人俳優が出演しています。キャスティングやセットでの共同作業は苦労しましたか
この映画の準備と制作は新型コロナウイルスのパンデミック中に行われました。ドイツ人、フランス人、イタリア人、オランダ人、チェコ人、ハンガリー人など、さまざまな国籍の俳優を何十人も選ばなければなりませんでした。私はこの映画に本物同様のセットを望んでいました。ドイツの街路騒音も録音したくらいです。キャストを完璧にしたいため、ポーランドのキャスティングディレクターであるマルタ・コウナツカは、アメリカの同業者カサンドラ・ハンと協力しようと提案しました。約2000人の俳優にセルフテープの録音を依頼したのは彼女でした。その後、各役2名の最終候補まで絞り彼らとオンラインで長い面談を重ねました。最終的に選ばれ現場に召集された人たちは、全員が素晴らしい仕事をしました。ただ幸運だっただけです。撮影現場での会話はまさにバベルの塔でしたが、基本的には英語でコミュニケーションをとりました。私から見て俳優たちはそれぞれの役柄に完全にマッチしていたのであまり多くのことを説明する必要はありませんでした。まるで恋に落ちるように、私たちは言葉が無くてもお互いを理解できました。
――主にどこで撮影したのでしょうか
この映画はポーランド全国数か所にわたり撮影しました。あるシーンで、エリック・クルム・ジュニアはワルシャワの部屋を出て、ヴロツワフの廊下を歩き、ボシュクフのホテルに入り、ワルシャワのスタジオのキッチンとレストランを行き来し、トルンのボールルームを通過して外に出ます。その大通りはヴロツワフにあって、最終的にはイェレニャ・グーラのプールに辿り着きます。このような場面では、撮影セットが変わっても俳優は常に同じエネルギーと精神状態で臨まなければなりません。苦労の連続でした。ハリケーンが猛威を振るい、投光器がエレベーターから落ち、( 暑い夏の雰囲気を作りたかったのにもかかわらず!)プールの水温は11度、土砂降りの雨で装飾が水浸しになりました。舞踏会のシーンの撮影は朝の6時まで20時間続き、参加者たちは超人的な力を振り絞って、文句も言わずにクライマックスの振付を最大限のエネルギーを伴って繰り返してくれました。スタッフ全員の多大な献身と逆境に立ち向かう意欲がなければ、この映画は完成できなかったかもしれません。クランクアップに至るまでそれは変わることなく、本当に驚異的でした。スタッフ、キャスト全員に心から感謝です!
ミハウ・クフィェチンスキ
Michał Kwieciński
監督
プロデューサー、監督、アクソンスタジオ創設者、ポーランド科学アカデミー化学科学博士号取得者、ワルシャワ国立高等演劇学校演出演劇科卒業、ポーランド復興勲章騎士十字章受章と文化功労賞グロリア・アルティス・メダルを受賞、ポーランド映画アカデミーとヨーロッパ映画アカデミー(EFA) の会員。
ストーリー
1941年、ポーランド・ワルシャワのゲットーで暮らすポーランド系ユダヤ人フィリップ(エリック・クルム・ジュニア)は、恋人サラとゲットーで開催された舞台でダンスを披露する直前にナチスによる銃撃に遭い、サラと共に家族や親戚を目の前で殺されてしまう。2年後、フィリップはフランクフルトにある高級ホテルのレストランでウェイターとして働いていた。そこでは自身をフランス人と名乗り、戦場に夫を送り出し孤独にしているナチス上流階級の女性たちを次々と誘惑することでナチスへの復讐を果たしていた。嘘で塗り固めた生活の中、プールサイドで知的な美しいドイツ人のリザ(カロリーネ・ハルティヒ)と出会い本当の愛に目覚めていく。連合国軍による空襲が続くなか、勤務するホテルでナチス将校の結婚披露パーティーが開かれる。その日、同僚で親友のピエールが理不尽な理由で銃殺されたフィリップは、自由を求めて大胆な行動に移していく……。
『フィリップ』予告編
公式サイト
2024年6月21日(金) 新宿武蔵野館、シネスイッチ銀座、アップリンク吉祥寺、ほか全国順次ロードショー
監督|ミハウ・クフィェチンスキ
脚本|ミハウ・クフィェチンスキ, ミハル・マテキエヴィチ (レオポルド・ティルマンドの小説『Filip』に基づく)
出演:エリック・クルム・ジュニア、ヴィクトール・ムーテレ、カロリーネ・ハルティヒ、ゾーイ・シュトラウプ、ジョゼフ・アルタムーラ、トム・ファン・ケセル、ガブリエル・ラープ、ロベルト・ヴィエツキーヴィッチ、サンドラ・ドルジマルスカ、ハンナ・スレジンスカ、マテウシュ・ジェジニチャク、フィリップ・ギンシュ、ニコラス・プシュゴダ
撮影|ミハル・ソボチンスキ
美術|カタジーナ・ソバンスカ,マルセル・スラヴィンスキ
衣装|マグダレナ・ビェドジツカ, ユスティナ・ストラーズ
メイクアップ|ダリウス・クリシャク
音楽|ロボット・コック
プロデューサー|ポーランド・テレビSA
配給:彩プロ
原題:Filip | 2022 | ポーランド | ポーランド語、ドイツ語、フランス語、イディッシュ語 | 1: 2| 124分 | 字幕翻訳:岡田壮平 | R-15+ 後援|ポーランド広報文化センター
(C)TELEWIZJA POLSKA S.A. AKSON STUDIO SP. Z.O.O. 2022