『ありふれた教室』学園ものというジャンルのポジティブなイメージを覆す社会派スリラー

『ありふれた教室』学園ものというジャンルのポジティブなイメージを覆す社会派スリラー

2024-05-14 12:50:00

現代社会の縮図というべき学校のとあるクラスを舞台に描く、社会派心理スリラー。

プレスの表現を引用すると、「教育現場のリアルな現実に根ざし、世界中の学校やあらゆるコミュニティーでいつ暴発しても不思議ではない“今そこにある脅威”を見事にあぶり出す」作品なのだ。

監督は、トルコ系移民の息子でドイツ生まれのイルケル・チャタク。日本劇場初公開となる長編4作目の本作では、脚本も手掛けた。第73回ベルリン国際映画祭で上映されW受賞を果たしたのを皮切りに、ドイツのアカデミー賞にあたるドイツ映画賞主要5部門受賞、第96回アカデミー賞国際長編映画賞ノミネートされ、世界の映画祭で高い評価を受けている。米Variety誌による2024年最も注目すべき監督10人の1人に選出された。主演は映画『白いリボン』(M・ハネケ監督)やテレビシリーズ「THE SWARM ザ・スウォーム」で活躍するレオニー・ベネシュ。

小さなボタンのかけ違いによって、事態があらぬ方向へと進み、誰もその流れを止められないまま、望まざる方へとますます深刻化してゆく。些細なボタンのかけ違いは違和感を携えて決定的な亀裂が生じるまで、ついに正されることがない。そう、大人の世界ではよくあることだ。そうして、無言で時空を共有することだけが解決の糸口となるあの瞬間まで、つまりは委ねるしかやりようがなくなるまでを、丁寧に描いている。

些細な誤解はさらなる誤解を生み、極限状態のストレスとモンスター化していく猜疑心。誰もが直面し得ると思われる主人公の行く末を、あなたもきっと祈るような気持ちで見守らずにはいられなくなるだろう。

 

イルケル・チャタク 監督インタビュー


「自分で一から書いた映画は、常に未知の世界へと導いてくれる」 by イルケル・チャタク

――ご自身の学生時代には、どんな思い出がありますか?

素晴らしい思い出ばかりです。中学1年までドイツの学校に通い、その後は両親と一緒にイスタンブールに引っ越しました。成長期、つまり思春期をそこの学校で過ごしたんです。そこで直面したのは、全く違う教育制度でした。制服を着て、ネクタイの締め方も学びました。同時にドイツの学校は、過保護に感じました。イスタンブールの街は刺激的で千年紀の変わり目にこの街の高校を卒業するのは、とてもエキサイティングな体験でした。 

――自身の学校体験は、今回の新作にどれほどの影響を与えましたか? 本作の着想となった具体的な出来事はあったのですか?

クラスメートの少年2人が、自由時間に体育の授業をしているクラスの生徒の上着やポケットから物を盗む出来事がありました。それはしばらくの間続きました。犯人を知らない人はいませんでしたが、誰も何も言いませんでした。チクリ屋にはなりたくなかったから。でもある日の出来事は、今でもはっきりと覚えています。私たちが物理の授業に出席していると、3人の教員が入ってきてこう言いました。「女子は廊下に出なさい。男子は全員、机の上に財布を出しなさい」と。私は、ヨハネス(・ドゥンカー/本作の共同脚本)と一緒に休暇を過ごしている時に、ふとその出来事を思い出したんです。そして彼に、実家の清掃係の女性が、盗みを働いてバレた事件について話しました。するとヨハネスは、数学教師として働いている彼の妹の話をしてくれたのです。彼女の学校では、職員室で物が盗まれる事件があったと。この会話をきっかけに学校時代の話になり、面白い物語になると思ったんです。

――今日の教育制度について、どのようにリサーチをしたのですか? 

まずは、ベルリンにある私の母校を訪ねました。校長先生は私のことを覚えていてくれて、大歓迎してくれました。実はこの学校で撮影したいと思ったんですが、資金上の理由で叶いませんでした。この校長先生とヨハネスの妹が、脚本の執筆のために情報を提供してくれたんです。私たちは、教員、校長、スクールカウンセラー、体育教師など、様々な教育分野で働いている人たち十数人と話しました。彼らは、チームビルディングの方法も説明してくれて、映画の中にもその様子が少し登場しているんです。

――自身の学生時代と比べ、変わったところはありますか?

当時の私たちの体験は今日には絶対に起こらないと思います。先生たちが入ってきて財布の中を見るなんてね。それはリサーチで分かりました。でも自発的なものだったら起こりうる。だから、「見せるか見せないかはあなたたちの自由だ。でも隠し事がなければ、平気だろう」という言葉が、何度も本作の中に登場します。でもこれは完全に欺瞞です。教師と生徒たちが信頼関係にあるなら、こんなことはしないから。当時と何が違うかというと、コミュニケーションの取り方です。今日の保護者たちは、WhatsAppなどのアプリで情報のやり取りをし、伝達内容もかなり短くなっています。問題が発生すると、素早く対応が取れます。また、保護者たちもこれまでとは違う自信を持っていると思う。いわゆる「良い」学校に子供を通わせている親たちは特にね。

――2023年の現在、映画というメディアは、社会問題の議論をするのに相応しいものなのでしょうか?

もちろん映画は、社会問題の議論のために用いることができます。私にとって映画は、現実逃避ができる場であり、覗き見をすることができる場でもあります。映画はキャンプファイアみたいなものなのです。私は、何かの問題の下に映画を置きたくはありません。でも、議論を引き起こす映画があるのは大歓迎です。何よりも、コロナ禍後の映画には希望があると思います。『逆転のトライアングル』を観に行ったら、映画館は満席でした。一緒に笑ったり、一緒に泣いたりする体験は、とても格別だと思います。ストリーミングでは作り出せない体験ですよね。

イルケル・チャタク
監督・脚本
1984年、トルコ系移民の息子としてドイツ・ベルリンに生まれる。12歳の時にイスタンブールに移り、現地のドイツ系高校を卒業。共同で脚本を手がけるヨハネス・ドゥンカーは、この学校で同級生だった。チャタクはその後ドイツに戻り、ドイツおよび国際映画制作の仕事に4年間携わる。

2005年からは、短編映画に関心を持ち、(ヨハネス・ドゥンカーと監督としてタッグを組み)『Als Namibia eine Stadt war...(原題)』で短編映画デビューを果たす。2009年には、映画・テレビ演出で学士号を、その後Hamburg Media School(ハンブルクメディア学校)で演出の修士号を取得した。在学中には、『Alte Schule(原題)』や、『Wo wir sind(原題)』などの短編映画を手がけ、『Wo wir sind(原題)』では、2014年にMax Ophüls Festival(マックス・オフュルス映画祭)の短編映画コンペティションで入賞し、Student Academy Award(学生アカデミー賞)にノミネートされた。その1年後、卒業制作映画『Sadakat(原題)』では、Max Ophüls Prize(マックス・オフュルス賞)とFirst Steps Award で短編映画賞だけでなく、名誉ある学生アカデミー賞の外国語映画部門で金賞に輝き、日本でも来日上映会が開催された。 

2017年には、『ES WAR EINMAL INDIANERLAND(原題)』で長編映画デビューを果たす。2019年には、長編映画2作目となる『ES GILT DAS GESPROCHENE WORT(原題)』を手がけた。インゴ・フリースが製作を担当した本作は、2019年ミュンヘン国際映画祭でプレミア上映され、2度の受賞に輝いた。そして2020年、ドイツ映画賞で複数ノミネートされ、長編映画部門でLola銅賞を受賞した。2021年には、フィン・オーレ・ハインリッヒの同名小説を原作とする『RÄUBERHÄNDE(原題)』と1970年から続く人気ドラマシリーズ「Tatort(原題)」の1エピソードを監督した。両作とも『ありふれた教室』と同じくユーディット・カウフマンが撮影監督を務めた。

最新作『ありふれた教室』で、ベルリン国際映画祭2部門受賞や米アカデミー賞国際長編映画賞ノミネートを果たし、米Variety誌による2024年最も注目すべき監督10人に選出され、世界的に注目を浴びている若手監督の1人である。

 

ストーリー

とある中学校に赴任してきたポーランド系ドイツ人のカーラ・ノヴァク(レオニー・ベネシュ)は、仕事熱心で責任感が強い若手教師だ。新学期が始まって間もない1年生のクラスを受け持つカーラは、学力レベルも人種的ルーツも多様な子供たちに分け隔てなく接し、生徒からも親しまれていた。しかし、この学校の教師たちには悩みの種があった。校内で金品の盗難事件が頻発しているのだ。問題があれば徹底的に調査する“不寛容方式”を掲げる校長のベーム(アンネ・カトリーン・グミッヒ)は、カーラの授業中に抜き打ち検査を行い、教え子が疑われる。生徒の心を傷つけかねない強引なやり方に疑問を抱いたカーラは、独自の犯人探しを開始。するとカーラが職員室に仕掛けた隠し撮りの動画には、ある人物が盗みを働く瞬間が記録されていた。

やがて盗難事件をめぐるカーラや学校側の対応は噂となって広まり、保護者の猛烈な批判、生徒の反乱、同僚教師との対立を招いてしまう。カーラは、為す術もなく孤立無援の窮地に陥っていくのだった……。


©ifProductions_JudithKaufmann


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© Judith Kaufmann, Alamode Film


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『ありふれた教室』予告編


公式サイト

2024年5月17日(金) 新宿武蔵野館、シネスイッチ銀座、シネ・リーブル池袋、アップリンク吉祥寺アップリンク京都、ほか全国順次ロードショー

 

監督・脚本:イルケル・チャタク
出演:レオニー・ベネシュ(『ペルシャン・レッスン 戦場の教室』『白いリボン』)
レオナルト・シュテットニッシュ、エーファ・レーバウ、ミヒャエル・クラマー、ラファエル・シュタホヴィアク

2022年/ドイツ/ドイツ語/99分/スタンダード/5.1ch/原題: Das Lehrerzimmer /英題: The Teachers’ Lounge /日本語字幕:吉川美奈子/提供:キングレコード、ニューセレクト/配給:アルバトロス・フィルム/G

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