『12日の殺人』2022年セザール賞作品賞受賞作品。容疑者を被害者をどう見るのか、観客に”実存的不安”を感じてもらいたい

『12日の殺人』2022年セザール賞作品賞受賞作品。容疑者を被害者をどう見るのか、観客に”実存的不安”を感じてもらいたい

2024-03-13 11:05:00

『12日の殺人』は、フランス国内のアカデミー賞と言われるセザール賞(2022)を作品賞他、多数受賞した未解決事件サスペンス映画だ。
受賞した部門は、作品賞、監督賞(ドミニク・モル)、助演男優賞(ブーリ・ランネール)、有望若手男優賞(バスティアン・ブイヨン)、脚色賞(ドミニク・モル、ジル・マルシャン)、音響賞(フランソワ・モレル、オリヴィエ・モルティエ、リュック・トマ)。
ちなみに、2023年のセザール賞の作品賞は現在公開されている『落下の解剖学』だった。

映画の冒頭ナレーションで、以下のように語られる。「仏警察が捜査する事件は、年間800件以上。だが、約20%は未解決、これはその内の1件だ」
その事件とは、2016年の10月12日の夜、グルノーブル署管轄の山間の街で、21歳の女性クララが、パーティの帰り道、何者かにガソリンをかけられ焼き殺されたのだった。

配給会社のプレスシートのイントロダクションにはこう書かれている。

<「未解決事件」、この言葉に人はどこか強く引きつけられる。それは、謎を解き明かしたい、真実を知りたいという、人間の根源的な欲望を刺激するものだからかもしれないが、そのテーマは、実際に起こった事件をもとにしたものであれ、完全なるフィクションであれ、これまで数多くの優れた映画監督たちをも虜にしてきた。デヴィッド・リンチの『ツイン・ピークス』(1990−91)をはじめ、ポン・ジュノの『殺人の追憶』(2003)、デヴィッド・フィンチャーの『ゾディアック』。最近では、あのヴィクトル・エリセが31年ぶりに撮った新作『瞳をとじて』も、未解決事件を扱ったものだ>

というわけで、本作の結末に事件の答え合わせはないのだが、見どころは、刑事たちの捜査過程の描写だ。女性作家ポーリーヌ・ゲナの小説(「18.3 – A Year With the Crime Squad (英題)」)を原作としており、そしてドミニク・モル監督が語る「男性による暴力事件を捜査するのはほとんどが男性です。もし殊勝にも映画やドラマで女性の捜査官が活躍している姿が描かれていたとしても、現実では今だに“男社会”なのです」という視点を持った監督の演出にも注目したい。

 

ドミニク・モル 監督インタビュー


――原案はポーリーヌ・ゲナの小説「18.3 – A Year With the Crime Squad (英題)」ですね?

その通りです。500ページ以上ある小説の中の約30ページだけに基づいて映画にしたので、小説の映画化としてはかなり珍しい脚色だと思います。著者のポーリーヌはベルサイユの犯罪捜査部で1年間取材し、日常的なルーティーンワークから悲惨な現場まで、捜査員という仕事をリアルに描いています。TVシリーズ「ホミサイド/殺人捜査課」の原作者デヴィッド・サイモンと同様に、彼女の視点はドキュメンタリー的でありつつ、非常にフィクションでもあり、読者は私たちの住む現実世界と共通する力強いヒューマンドラマに没入させられます。

――映画では帰宅途中に焼殺された若い女性の殺人事件だけに焦点を当てていますね

はい。原作もこの事件の描写は簡潔にとどめ、捜査官のヨアンにフォーカスしています。私が興味をそそられたのは、彼が事件に感情移入している点です。暴力描写の多い映画はあまり好みではないので、この事件の卑劣性に躊躇したことは確かですが、何ページか読んでみて、ヨアンがこの若い女性の死に取りつかれたのと同様に、私の頭から離れなくなったのです。原作では、まるで破片が心に刺さったままのような、痛みの和らぐことのない傷のように、他の事件より辛く感じる事件がどの捜査官にもあると書かれています。犯人を突き止められるかどうかということよりも、未解決事件に執着し、ますます混乱していく一人の慎重な捜査官の物語を描きたかったのです。

――実際に、本編のオープニングで”犯罪捜査の大半が未解決のままである”という文言が表示され、そしてその一つであるこの事件が描かれていきますね

ジル・マルシャンと脚本を書き始めた当初から、未解決事件にはどこか独特な、人を惹きつける要素があると感じていました。ジルは当時、4歳の幼い男の子が殺された事件をドラマ化したNetflixのドキュメンタリー番組「グレゴリー事件:迷宮入りの謎に迫る」の監督を終えたばかりで、真実が分からないほどより深淵でより難解な疑問を投じることができるということを承知していました。刑事事件に関する映画では、まず冒頭で事件の概要を見せ、結末で犯人を明らかにするだけで終わり、それ以上疑問は残さないことが多いですが、私が作りたかったのはそのような映画ではありません。この物語が私の心から離れなかった理由は、そのミステリー性にあります。そして読み込んでいくほど深みの増すストーリーの虜になったのです。犯人が誰なのか知らない方が、より多くが見えてくるし、暗中模索で事情聴取を繰り返す捜査官にも親近感を抱くようになり、彼らが抱く疑念に共感し、不安の高まりも理解できるようになっていくのです。謎である方が、事件の解決で明らかになるものよりはるかに多くの、組織的で人間的なメカニズムを解き明かせるのです。

――本作は警察の捜査をとても具体的な方法で追っていくのと同時に、特に男性による女性に対する暴力など、ほとんど実存的不安とも言えるような疑問を提起していますね

本作では男女の関係というものが中心にあり、中枢をなしています。原作は特にこの問題にフォーカスしてはいないのですが、著者のポーリーヌ自身が女性である事実と、刑事捜査官の男性たちから安全な距離をおいて見る彼女特有の視点は、間違いなく私たちに課せられたアプローチの重要な要素です。昨今、私たちの日常は男性による女性に対する暴力事件に直結したニュースで溢れています。このような現状は間違っているし、運命だと片付けてはいけないのです。男性による暴力事件を捜査するのはほとんどが男性です。もし殊勝にも映画やドラマで女性の捜査官が活躍している姿が描かれていたとしても、現実では今だに“男社会”なのです。彼ら男性捜査官が自分の娘やパートナー、女性の友人や姉妹が犠牲になった事件を捜査することになったら何を思うだろうか?容疑者を、そして被害者をどう見るだろうか?これらすべての要素が彼らにどのような感情を引き起こすだろうか?映画を観る人がそういった疑問を抱くきっかけになり、いわゆる”実存的不安”を感じてもらえればと思います。

――グルノーブルとモーリエンヌの谷を舞台に選んだ理由は何ですか?

背景に山を取り入れ、山が醸し出す威圧感と雄大さの両方を出したかったからです。サン=ジャン=ド=モーリエンヌはわりと工業化した町で、700人も従業員のいるアルミニウム製造の大手トリメットの工場もあります。様々な形態の住宅が混在していて、集合住宅もあれば、より裕福な住宅街もあり、すぐその上にスキーリゾートもあります。私はこの色々な雰囲気が混ざった感じが気に入りました。特異的であり、かつ普遍的な、いわばミニチュアの世界のように感じるからです。さらに、ヨアンが自転車に乗るシーンを想定していたのも理由の一つです。初めは自転車競技場を使っていて、マルソーにトラックを何周も回る姿がハムスターのようだと言われてしまうヨアンですが、エンディングでは自然の中で自転車に乗って新鮮な推進力を感じ、アルプスの峠を登る喜びに気づきます。そのシーンはクロワ・ド・フェール峠で撮影しました。

――自転車競技場を使うアイデアはどこから生まれたのですか?

原作では、クララの事件に関わっていない捜査官の一人が競技場のトラックで自転車に乗っていました。その描写に瞬時で惹かれて、映画で使いたいと思ったのです。自転車競技場はヨアンにとって発散の場です。しかし、緊張感を解放する場であると同時に、ぐるぐる回る出口のない場所でもあります。グルノーブルの近くのエイバンにある競技場で撮影したのですが、非常に絵になる場所でした。特に夜は美しかったです。自転車で競技場のトラックを走るのは道を走るのより難しく、バスティアンは急カーブのコーナーを回る特訓をしてから撮影に臨みました。彼は完璧にマスターしていましたが、何周も走り続ける長いシーンを撮るのは、肉体的に非常にきつかったと思います。

――ビジュアル的な演出は監督の持ち味だと思いますが、どこか非常にクリアでとても視覚的な特徴がありますね

捜査官であれ、容疑者であれ、被害者の遺族であれ、嵐は登場人物の心の中で起きています。そういった心の中の嵐と対照的に、クリアな演出スタイルでショット割を管理しました。フレーミングを非常に正確にし、ショット数は抑えました。登場人物がとても多く、特に容疑者役は事情聴取のワンシーンだけしか登場しないキャラクターもいたので、一人ひとりをそれぞれの環境で描き、彼らが印象に残るよう演出しました。ロケハンを終え、美術担当のミシェル・バルテレミと美術チームと共にセットの用意を終えた後、撮影担当のパトリック・ギリンジェリと話し、焦点距離の短いレンズで撮ろうと決めました。そうすれば狭い場所でも比較的広いフレームで撮れるからです。屋外のシーンも風景の雄大さを際立たせるためにかなり広角に撮った場面が多いです。クローズアップで撮ったシーンはほとんどなく、殺害シーンなど非常に特別な場面を効果的に引き立たせたい時だけ使いました。

――オリヴィエ・マリゲリの楽曲も、光が差すようなエンディングの方向性にマッチしていますね

その通りです。彼が楽曲を手掛けたアルチュール・アラリ監督の『汚れたダイヤモンド』(2016)と『ONODA 一万夜を越えて』(2021)を見て以来、オリヴィエに音楽をお願いしたいと思っていました。彼のメロディーのセンスがとても好きです。この哀愁漂う輝かしいメロディーは、まさに私が求めていたものです。オリヴィエは脚本を読み、撮影が始まる前から初版を作曲してくれました。初期段階で作曲された楽曲の多くが本編で採用されています。彼はスキャットのような声を直感的に使いました。ゴーストにとり憑かれているという考え方と、トラックを自転車で駆け抜け息を切らしているヨアンからインスピレーションを得たそうです。映画のオープニングとエンディングで流れるメインテーマのトーンからは、さらなる高みを目指して前に進みたいという高揚感さえ感じられます。

ドミニク・モル
監督
1962 年ドイツ・ビュール出身、フランスの映画監督・脚本家。
『ハリー、見知らぬ友人』(2000)、『レミング』(2005)はカンヌ国際映画祭パルム・ドール候補に。『ハリー、見知らぬ友人』は、2001 年セザール賞で最優秀主演男優賞、最優秀監督賞、最優秀編集賞など数々の賞を受賞。2019年の第32回東京国際映画祭コンペティション部門では、最優秀女優賞と観客賞を受賞したサスペンス映画『悪なき殺人』(映画祭上映時タイトルは「動物だけが知っている」)がある。

 

ストーリー

2016年の10月12日の夜、グルノーブル署で、引退する殺人捜査班の班長の壮行会が開かれていた頃、山あいのサン=ジャン=ド=モーリエンヌの町で、21歳の女性クララが、友人たちとのパーティの帰り道、突如何者かにガソリンをかけられ火を放たれた。そして、無残にも彼女は翌朝焼死体で発見される。すぐに後任の班長ヨアン(バスティアン・ブイヨン)率いる新たな捜査チームが現場に駆けつける。クララが所持していたスマートフォンから、彼女の素性はすぐに明らかになった。

クララの親友のナニーの協力などもあり、クララと交際歴のあったバイト先のウェズリー、ボルダリングジムで知り合ったジュール。そしてあろうことか彼女を「燃やしてやる」というラップを自作していた元カレのギャビなどが捜査線に上がっては消えていった。だが、クララと関係を持っていた男たちは、一様にして彼女が奔放な女性だったことを示唆していた。 懸命な操作が続いたが、事件を解決まで導く確信的な証拠もないまま捜査班は解散となってしまう。

それから3年後。ヨアンは女性判事(アヌーク・グランベール)に呼び出され、新たなチームを作り再捜査に乗り出すことになった。今度は女性捜査官のナディア(ムーナ・スアレム)も加わり、クララの三周忌に彼女の墓で張り込みをすることになった。果たして、仕掛けていた隠しカメラに写っていたのは……。




『12日の殺人』予告編


公式サイト

 

2024年3月15日(金) 新宿武蔵野館、ヒューマントラストシネマ有楽町、アップリンク吉祥寺アップリンク京都、ほか全国順次ロードショー

 

Cast
バスティアン・ブイヨン
ブーリ・ランネール
テオ・チョルビ
ヨハン・ディオネ
ティヴー・エヴェラー
ポーリーヌ・セリエ
ルーラ・コットン・フラピエ

Staff
監督:ドミニク・モル 
脚本:ドミニク・モル/ジル・マルシャン 
原案:ポーリーヌ・ゲナ作「18.3. Une année passée à la PJ」

2022/フランス/原題:La Nuit du 12/114分/ビスタ/カラー/5.1

字幕翻訳:宮坂愛 原稿協力:小柳帝
配給:STAR CHANNEL MOVIES

© 2022 - Haut et Court - Versus Production - Auvergne-Rhône-Alpes Cinéma

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