『水平線』震災後の福島を舞台に“声なき声を可視化した”物語

『水平線』震災後の福島を舞台に“声なき声を可視化した”物語

2024-02-27 17:50:00

震災後の福島を舞台に、大切な人の突然の不在に時間が止まってしまった父と娘が、ある事件の加害者の遺骨を巡って、心に抱える傷や葛藤に向き合ってゆく姿を丁寧に描いた物語。

監督は本作が長編映画監督デビューとなる小林且弥。元々俳優としてキャリアをスタートさせ、映画『ランニング・オン・エンプティ』(10)や『ロストパラダイス・イン・トーキョー』(10)、『あゝ、荒野』(17)で活躍ののち、2022 年に映像プロジェクト集団STUDIO NAYURAを設立。俳優、そして監督から、舞台演出、企画・プロデュースまで幅広く手掛けている。

散骨業者を営む主人公・井口真吾には、ミュージシャン・タレント・俳優として活躍するピエール瀧。真吾の一人娘・奈生には、TVドラマ「his ~恋するつもりなんてなかった~」、映画『青葉家のテーブル』(21)などで注目を集める若手の栗林藍希。

監督はピエール瀧と、2013 年に白石和彌監督『凶悪』でヤクザの兄貴と舎弟として共演したのを機に意気投合したという。自分の初監督作品の主演には彼しかいないと心に決めていたそうだ。

フィクションではあるが、震災の被災者からの生の声の多くをそのままセリフに取り入れたという本作。監督はその意図をこう語っている。「地元住人の方々の色々な声を耳にして、自分の意識や認識も随分変わったんです。最もよく地元の方々から聞いたのは、外部からの『震災を風化させるな』という声が辛いということ。『放っておいてくれ』という気持ちなんだ、ってことをおっしゃる方が本当に多かった。今回の映画では『声なき声を可視化する』ということを最重要テーマとして掲げていたんですが、まさにメディアなどでは伝えられていない、僕が現地で直接聞いた声を起点に、その内実を慎重に掘っていったんです」


小林且弥 監督インタビュー



――まず初監督されることになった経緯について教えてください。

僕は約20 年間、俳優として沢山の現場を経験させていただきました。その過程で、役に対して客観性を持ってしか演じられない自分にフラストレーションを感じていくと同時に、いつしか作品を制作する側への思いというものが心のどこかでどんどん強くなっていったんです。ただ、あくまで個人的なものとして、俳優をやりながら監督や制作側の立場に立つことにどうしても違和感を感じてしまう自分がいました。そこで一旦演じる側であることを止め、自分自身で企画やプロデュースなどを手掛けるSTUDIO NAYURA を2022 年からスタートさせました。

その決断にも大きく影響しているのですが、今回の『水平線』に関しては元々2018 年頃、神奈川芸術劇場(KAAT)から「オリジナルの舞台をやらないか」とのご依頼をいただいたことがきっかけです。舞台演出に関しても僕は初挑戦だったんですが、まずはそのオファーを受けて、自分が主演した映画『ビルと動物園』(08)などの監督、斎藤孝さんに脚本作りをお願いしたところから始まりました。

そこで「福島を舞台にした、不在を抱えた男の再生の物語」という骨組みが出来上がったんですね。ただ準備中にコロナ禍に入ったことで、企画自体は延期を重ねたり、諸々の事情も相まって、結局は斎藤さんの脚本と僕の演出という形で、サーカス団の裏舞台を描いた『象』という全く別の作品を2022 年4 月に上演しました。

一方、宙ぶらりんとなった『水平線』の基になった脚本は、自分自身が福島の人達との関わりを持っていく中で、皆さんの生の言葉をそのまま取り入れていたりするので、作品化をどうしても諦められませんでした。そこで、作品のテーマ的にも多くの方に届く可能性のある映画化を目指してブラッシュアップしていきました。

――海に遺灰を撒く海洋葬を請け負う専門業者である「散骨業」という職業を扱った映画はまだ珍しいかと思います。

最初は斎藤さんからの提案がきっかけです。理由はいろいろあるんですが、まずひとつは、家族という共同体の希薄さが進む時代の中、遺族の弔い方も多様化していて、そこに現代の日本社会を表わすテーマを垣間見ることができると思いました。例えば一度も会ったことのない親戚が亡くなった時、散骨を業者に依頼するようなケースが増えていたりだとか。

もうひとつは、やはり2011 年3 月11 日の東日本大震災のあと、余りにも多くのご遺体を弔わなければいけない現実があった。東北でもセレモニー会社が海洋散骨を請け負うようになったりですとか、この10 年で散骨業の需要が全国的にも急激に伸びたわけです。個人的に躊躇なく使える言葉ではないですが、「散骨ビジネス」というものが震災後に実際広がっていった。その際には個々の鎮魂思想も揺さぶられる気がしました。遺骨は個人の魂が宿ったものなのか、それとも単なる「モノ」なのか――。

あと、貧富の格差ということも顕在化しやすいんですね。通常の埋葬に比べるとコストが安いので、経済的な事情で散骨を選択する遺族の方も多い。こういった今の時代に混沌と渦巻く多層的な問題を、散骨業を通すことで集約して描けるのではないかと思いました。

――井口真吾を演じるのは、小林さんが『凶悪』(13/監督:白石和彌)で死刑囚となった暴力団の元組長と舎弟役でご共演されたピエール瀧さん。

主演はピエール瀧さん以外に僕は考えられなかったんですね。そもそも以前から、もし自分が映画監督をすることがあったら、最初の作品は主演として瀧さんに立って欲しいと勝手に思っていました。今回の脚本も瀧さんが井口を演じる前提で組み立てていきましたし、もし断られていたらクラインクインしていなかったかも。

ご本人との面識としては、実は『リンダ リンダ リンダ』(05/監督:山下敦弘)の現場ですれ違ったりとか、もう結構長い。僕が役者を始めてすぐの頃から20 年ほど崇めている兄貴分的な存在なんです。

なぜ瀧さんにそれほど惚れ込んでいるかと言うと、人間存在としての「地肩の強さ」。ミュージシャンとしてもタレントとしても、何をやっても独特。僕が役者の強さで最も憧れていたのが、こういう唯一無二の存在の強度なんですね。どこか正体不明の浮遊感もあって、瀧さんなら芝居のテクニックとかじゃなくて、どんな役を演じた時にも、その役の本音を見せてくれそうな気がする。

今回の井口にしろ、妻の「不在」を抱えているからと言って、ずっとシリアスな表情をしているわけではない。

彼の心の解放区になっているスナックではだらしない男の顔を見せるし、カラオケで「勝手にシンドバッド」を歌うシーンは撮影初日の朝イチに撮りました(笑)。外からは矛盾や隙に見えるような多面性を抱えているのが人間だし、その強度を上げてくれるのは瀧さんしかいないと思ったんです。

――群像劇という側面もこの映画にはあると思いますが、役者の皆さんが本当に素晴らしかったです。

役者さんに関しては、とても良い関係でやれたなっていう実感があって。逆に言うと、演出家としての僕は、役者さんに寄り添ったり、演技しやすい環境という点にアプローチすることしかできないんですね。キャストは皆さんとても勘のいい方々ばかりでしたし、理想的なバランスでやれたように思っています。

いわゆる脇の登場人物に関しても、奈生の同僚であるシングルマザーの河手さん(内田慈)なんかまさにそうですが、やはり物語を転がすためだけに存在するような一面的で記号的なキャラクターにはしたくないという想いがありました。実際の人間関係やコミュニケーションだと、他人って距離感が変わると違う顔を見せるじゃないですか。そのグラデーションを繊細に描けたらいいなと。

自分が役者をやっていたせいもあるんですが、何より「良い芝居」を優先しちゃうところがありますね。本筋から離れたところでも演者の良い顔を目にしたりすると、なかなかテイクを切れない。結果的に自然と長回しが多くなってしまいました。現場では短いカットもそれなりに撮ったんですけど、結局編集であまり使わなかったですね。

――映画を撮りあげての手応えとしてはいかがでしょうか?

当然ですが、監督と言っても僕ひとりの力では到底なし得ないレベルの映画が完成したと思います。この10 年ほど、自分がもやもやと考えていたことを、素晴らしいチームの総合力で納得のいく形にできたことを誇りに思っていますし、スタッフやキャスト、福島の地元の方々を含め、協力していただいた皆さんに心から感謝しております。

この映画は何か体裁の良い「答え」を出すような映画ではありません。特に最後の井口の決断……殺人犯の遺灰を海に散骨する、というのは、僕自身「本当にこれでいいのか?」と非常に迷ったところなんですね。もちろん意見は分かれると思いますが、しかし物語の中で映画を完結させるのではなく、現実を生きる観客の皆さんに委ね、問題提起として投げ掛ける映画にするべきだと思いました。どういう声に耳を傾け、どう自分が個人の声を発していくのか。何を選択するのか。ぜひ『水平線』をご覧になった皆さんの声を聞かせて欲しいです。

小林且弥
監督
1981 年生まれ、山口県出身。
2001 年、俳優としての活動を開始し、数々の作品に出演。2022 年、自身が中心となり映像プロジェクト集団【STUDIO NAYURA】を設立。神奈川芸術劇場(KAAT)にて舞台「象」(22)の演出を務める。企画・プロデュースを手掛けたオムニバス映画『無情の世界』(23/監督:佐向大・山岸謙太郎・小村昌士)が新宿シネマカリテを皮切りに全国公開。映画『水平線』(ピエール瀧主演)が自身初の監督作品となる。

 

ストーリー

ある遺骨をめぐる父と娘の物語

震災で妻を失った井口真吾(ピエール瀧)は福島の港町で娘の奈生(栗林藍希)と二人暮らし。酒好きでだらしない一面もあるが、生活困窮者や高齢者を相手に格安で請け負う散骨業を営んでいる。一方、水産加工場で働く奈生は遺骨の見つからない母の死を未だ消化できないでいた。そんな日々の中、松山(遊屋慎太郎)という若い男が亡くなった兄の散骨の手続きにやってくる。何か複雑な事情を抱えた様子を察する真吾だったが、その遺骨を預かる。ある日、ジャーナリストの江田(足立智充)が真吾の元を訪れ、先日持ち込まれた遺骨が世間を一時震撼させた殺人犯のものであると告げる。震災で多くの人が眠るこの海に殺人犯の骨を撒くのかと言う江田に対し、無関係な人間が口を出すことじゃないと相手にしない真吾。しかしその後も被害者家族と真吾のやりとりをSNSで拡散するなど、江田の執拗な取材は続く。拡散された動画を目にした奈生は言葉を失う。奈生から強く散骨を反対された真吾は、遺骨の見つからない妻への思いも相まって、「骨に価値なんかない」とはぐらかすが、奈生は「ほんの一欠片だけでもお母さんの骨が欲しい」と呟き、家を出て行ってしまう。

葛藤の末、真吾は江田の誘いに乗り遺骨を返しに行くが、除染現場で懸命に働く松山の姿を目の当たりにし、踵を返す。船を借り、一人沖へと出た真吾は朝焼けの海へ遺灰を散骨する。そして、散骨を巡って真吾と奈生は積年の思いをぶつけ合うが―――。


©️2023 STUDIO NAYURA


©️2023 STUDIO NAYURA


©️2023 STUDIO NAYURA

 

『水平線』予告編


公式サイト

 

2024年3月1日(金) テアトル新宿、アップリンク吉祥寺、ほか全国順次ロードショー

2024年3月8日(金) アップリンク京都

 

Cast
ピエール瀧  
栗林藍希 足立智充 内田慈 
押田岳 円井わん 高橋良輔 清水優 遊屋慎太郎
大方斐紗子 大堀こういち
渡辺哲

Staff
監督:小林且弥
脚本:齋藤孝|音楽:海田庄吾
エグゼクティブプロデューサー:坂岡功士
プロデューサー:太田あや 齋藤寛朗(KAZUMO)
撮影:渡邉寿岳 |録音:加唐学 小山海太|整音:反町憲人|音響効果:松浦大樹
美術:ホ・ジニ|ヘアメイク:森川丈二|衣装:藤原わこ|助監督:伊藤良一
キャスティング:大川憧子|制作担当:小玉直人
撮影協力:福島テレビ 観音丸(草野直雅) 共栄丸(高橋正広) サンエイ海苔 磐梯マリーン 相双緑化土木 槇野産業
音楽制作協力:東映音楽出版|ポスプロ:日活スタジオセンター

2023年/119min/カラー/シネマスコープ/5,1ch

企画・製作:STUDIO NAYURA|制作協力:G-STAR.PRO SHAIKER
配給・宣伝:マジックアワー
©️2023 STUDIO NAYURA

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