『ポトフ 美食家と料理人』料理を通して強く結ばれた二人の愛を綴った、トラン・アン・ユン監督による〈グルメ映画の逸品〉!

『ポトフ 美食家と料理人』料理を通して強く結ばれた二人の愛を綴った、トラン・アン・ユン監督による〈グルメ映画の逸品〉!

2023-12-11 16:26:00

19世紀末のフランス片田舎を舞台に繰り広げられる、美食家と料理人の愛と人生の物語。

冒頭からスクリーンを埋め尽くす、肉や魚、野菜や果物、ナチュラルな美しさを放つ豊満な食材たち、それらを黙々と調理する料理人の動きや目線、オーブンやフランベの炎、そこへ差し込む陽光……こうした調理場の風景に、一気に目が釘付けになる。なんだ? この生命溢れる空気感は!

100年前のライフスタイルに忠実に、セットや衣装が用いられ、すべて本物の料理を用い、生々しくリアル、かつ芸術的な至高の料理の数々を、一滴一さじ残らず画面に収めるために調理過程をワンカットで撮影したという。「素材には存在自体に表現力があるから」という理由で劇伴は排除。魚や肉を焼いたり煮たり、食材を盛り付けたり、味見する際の音、今で言うところのASMRを余すところなく取り入れた。メインの照明を自然光とするなどリアリティーを追求し、ひとつ一つの素材が究極のひと皿へと進化を遂げる様子をつぶさに捉える。

監督を務めるのは、繊細な映像美で世界を魅了する名匠トラン・アン・ユン。『シクロ』でヴェネチア国際映画祭金獅子賞受賞、『青いパパイヤの香り』でカンヌ国際映画祭カメラ・ドールを受賞。本作はカンヌ国際映画祭最優秀監督賞を受賞し、アカデミー賞国際長編映画賞フランス代表にも選出された。

原作は、美食家として知られる「美味礼讚」の著作者ジャン・アンテルム・ブリア=サヴァランを主人公のモデルにした小説「美食家ドダン・ブーファンの生涯と情熱」(マルセル・ルーフ著)。この物語の前日譚として、監督は脚本を書いたという。

〈食〉を追求し芸術にまで高めた美食家ドダンを演じるのは、『ビアニスト』でカンヌ国際映画祭男優賞を受賞したブノワ・マジメル。彼が閃いたメニューを完璧に再現する料理人ウージェニーには、『イングリッシュ・ペイシェント』でアカデミー賞・助演女優賞を受賞し、『ショコラ』で同賞主演女優賞にノミネートされ、是枝監督『真実』にも出演したジュリエット・ビノシュ。

一時期プライベートでもパートナーであったというこの2人の間には、時間をかけて培った強い絆や信頼、真実の重みを垣間見ることができる。また、本作の料理とメニューを完全監修するミシュラン三つ屋シェフのピエール・ガニェールは、皇太子のお抱えシェフとしての出演も果たしている。

物語の余白を緻密で美しい映像がひたすら埋め尽くしてゆくような、詩的な映画だ。ストーリーの大事なところは観客の想像力に委ねられていながら、無性に満ち足りた気分にさせてくれる。こんなにも五感すべてに訴えかけてくる映画体験は他にない。

 

トラン・アン・ユン 監督インタビュー


――トラン・アン・ユン監督が魅了されたガストロノミーという芸術

本作はガストロノミーについての映画を撮りたいと考えていたトラン・アン・ユン監督と、1冊の本の出会いから始まった。マルセル・ルーフ著「The Life and Passion of Dodin Bouffant, Gourmet(英題)」(美食家ドダン・ブーファンの生涯と情熱)。美食家として歴史に名を刻むジャン・アンテルム・ブリア=サヴァランを主人公ドダンのモデルにした小説だ。サヴァランが1825年に出版した著書「美味礼讃」は、美食家や料理人の永遠のバイブルと今も讃えられている。「どんなものを食べているか言ってくれたまえ。そうすれば、君がどんな人であるのかを言い当ててみせよう」という一文はあまりにも有名だ。

この小説を原案とし、その前日譚のような物語を脚本として書き上げたトラン・アン・ユン監督は、「そうすることで、ウージェニーとドダンの関係を自由に想像することができた。二人の関係の美しさは、その絆が簡単に壊れないところにある。ドダンは、何年も時を経てもまだウージェニーに心を奪われている。だが、彼女には自分のすべてを委ねることにためらいがある」と説明する。

トラン・アン・ユン監督は、ガストロノミーについてこう語る。「ガストロノミーは、他の芸術とは異なる感覚、つまり、味覚に焦点を当てている。ガストロノミーのアーティストは、私たち一般人がはっきりと区別できない味をも峻別できる。さらに、それを混ぜ合わせ、吟味し、風味、香り、質感、濃度のバランスを測るんだ。私はそんな彼らに魅せられた」

――撮影前にすべての料理を試作した監修のピエール・ガニェール

監修として参加した三つ星シェフのピエール・ガニェールとの出会いを、トラン・アン・ユン監督は「初めて会ったのは、ピエールの厨房だった。そこで彼は、その日のメニューにあった素晴らしいポトフをご馳走してくれた」と振り返る。

ピエール・ガニェールは、トラン・アン・ユン監督が考えたメニューのすべての料理をチェックし、「これは良い」「これは一体何なのか全く分からない」「これはやめろ」と指導した。さらに、映像になった時の見栄えを確認するために、プリプロダクションの段階で、劇中に登場する料理を準備した。トラン・アン・ユン監督は、「コンロの前に立つピエールの姿は感動的だった。彼は求めるものができるまで試行錯誤を繰り返す。大胆かつ純粋に夢を追いかける人だ。だから、ピエールがユーラシア皇太子のお抱えシェフの役を引き受けてくれた時は、とてもうれしかった」と微笑む。ズアオホオジロを料理するシーンでは、保護種であるズアオホオジロに代えて、ピエール・ガニェールが選んだのはミニウズラだった。その料理はセット裏の壁にある崩れかけの埃っぽい穴で、セットよりも約30 センチ低い場所にある瓦礫の上に立って、カセットコンロで調理をしなければならなかった。トラン・アン・ユン監督はその時のことを、「ビエールはとても楽しんでくれて、やる気に火がつくと言ってくれた。笑いながら、『私はこれまで人生の中で、仕事環境についてよく文句を言ってきたが、これが一等賞だな』と言っていたよ」と回想する。

――20年ぶりの共演を果たした二人の名優と彼らを支える共演者。本物の料理とリアルな調理を1台のカメラで撮影。

通常、撮影の際は偽の食べ物を使って、納得するまで撮り直す。しかし、本作では本物の料理を使っている。トラン・アン・ユン監督が、食事のシークエンスで「カット!」と叫んでも、俳優たちは食べ続けていた。小道具スタッフが、「お皿を放してください」と頼まなければならないほどだったという。

調理中の動きの撮影について、トラン・アン・ユン監督は「プリプロダクションの段階でも、とても苦労した。コンロから流しなど、別の場所への動きをすべて同時に展開させるわけだからね。例えば、ウージェニーが仔牛のあばら肉の周りにレタスの蒸し煮を添えている間も、ヴィオレットやドダン、ポーリーヌが何をしているかを想像しなければならない。これこそが真の振り付けだ。すごく手のかかる作業だった」と語る。

撮影には1台のカメラしか使われなかった。その理由をトラン・アン・ユン監督は、こう説明する。「キャラクターやカメラの動きを組み立てるのが好きなんだ。映画に面白い流れを作ることができるからね。動きを組み立てれば、1 回のショットで超クローズアッブからワイドアングル、または流動的な動きから静止へと移行することもできる」

――奇跡的に見つかったドダンの家となるシャトー

撮影はロケハンで奇跡的に見つけた、アンジュー地方にあるシャトーで行われた。

シャトーの非常に重要な特徴として、部屋間の移動がしやすいという点があった。

キッチンとダイニングの間や、ドダンとウージェニーの部屋の間を、忙しく動き回ることができる。ドダンはウージェニーを探して廊下や階段を行き来するし、ウージェニーがドダンから逃げる場面もある。

19世紀末の描き方についてトラン・アン・ユン監督は、「スタッフと私は、歴史に忠実だからこそ生まれる美しさを求めていた。当時の日常生活に可能な限り近づけたかった。セットのデザインを担当したトマ・バクニが、限られた時間の中で、素晴らしい仕事をしてくれた」と語る。

トラン・アン・ユン監督は、撮影監督のジョナタン・リッケブールについて「彼との仕事はとてもシンプルだった。私は彼に『照明で美しいイメージを作り出すことが君の仕事だ。フレーミングは演出法だから、私が何を切り取るか、つまり技術的な演出にかかっている」と説明した。だから現場では、ジョナタンが提案する照明のアイデアは、すべて受け入れた。それとは対照的に、フレーミングは共同作業を多く取り入れていった」と振り返る。

――調理の音と自然の音色のサウンドトラック

映画の最後に流れるジュール・マスネーのオペラ「タイス」をピアノ曲に編曲した音楽を除き、本作には劇伴がない。しかし、肉がジュージュー焼ける音や、風の音、鳥のさえずりなどで、本物のサウンドトラックを聞いているような気分になる。

そのことに関して、トラン・アン・ユン監督はこう解説する。「内容がガストロノミーということで、これまで本作ほど中身の濃い作品を監督したことはなかった。登場人物には扱う素材(生肉や加熱後の肉、野菜、鳥類、脂肪、バター、土、水、火、木、金属など)があるから、音楽は必要なくなった。こうした素材には存在自体に表現力があるから、日常生活の中に登場人物をしっかりと結びつけることができる。音楽があったら、それを邪魔していたと思う。しかし、サウンドトラックに関しては、入念かつ独創的な作業がなされた。私はよく、チームのメンバーに言う。『君たちも、この映画が放つ香りに貢献してくれているんだよ』とね」

トラン・アン・ユン
監督
1962年、ベトナム生まれ。1975年、ベトナム戦争から逃れて、両親と弟とフランスに移住する。1987年、エコール・ルイ・リュミエールにて映画制作を学ぶ。1993年、フランスのスタジオにセットを組んでベトナムのサイゴンを再現した『青いパパイヤの香り』で長編映画監督デビュー。カンヌ国際映画祭に出品され、カメラ・ドール(新人監督賞)とユース賞を受賞し、フランス国内でも絶賛されてセザール賞新人監督作品賞を受賞する。監督2作目の『シクロ』(95)はヴェネチア国際映画祭にて最年少で金獅子賞を受賞する。続いて『夏至』(00)、ジョシュ・ハーネット、イ・ビョンホン、木村拓哉などワールドワイドなキャストが出演した『アイ・カム・ウィズ・ザ・レイン』(09)を監督する。2010年には、作家・村上春樹の世界的ベストセラー小説を映画化した『ノルウェイの森』を手掛け、松山ケンイチ主演で全編を日本で撮影する。2016年、オドレイ・トトゥを主演に迎え、19世紀末のフランスを舞台にした『エタニティ 永遠の花たちへ』を監督する。本作『ポトフ』(23)でカンヌ国際映画祭監督賞を受賞する。

 

ストーリー

〈食〉を追求し芸術にまで高めた美食家ドダンと、彼が閃いたメニューを完璧に再現する料理人ウージェニー。二人が生み出した極上の料理は人々を驚かせ、類まれなる才能への熱狂はヨーロッパ各国にまで広がっていた。ある時、ユーラシア皇太子から晩餐会に招待されたドダンは、豪華なだけで論理もテーマもない大量の料理にうんざりする。〈食〉の真髄を示すべく、最もシンプルな料理〈ポトフ〉で皇太子をもてなすとウージェニーに打ち明けるドダン。だが、そんな中、ウージェニーが倒れてしまう。ドダンは人生初の挑戦として、すべて自分の手で作る渾身の料理で、愛するウージェニーを元気づけようと決意するのだが ── 。



『ポトフ 美食家と料理人』予告編


公式サイト

 

2023年12月15日(金) Bunkamura ル・シネマ 渋⾕宮下、シネスイッチ銀座、新宿武蔵野館、ほか全国順次ロードショー

 

監督:トラン・アン・ユン
脚本・脚⾊:トラン・アン・ユン
出演:ジュリエット・ビノシュ、ブノワ・マジメル
料理監修:ピエール・ガニェール
原題:La Passion de Dodin Bouffant/2023/136 分/フランス/ビスタ/5.1ch デジタル/字幕
翻訳:古⽥由紀⼦
宣伝協力:ミラクルヴォイス 配給:ギャガ

©2023 CURIOSA FILMS – GAUMONT – FRANCE 2 CINÉMA
Unifrance French Cinema Season in Japan 特別助成作品

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