『それでも私は生きていく』現代フランス映画界を代表する監督の一人、ミア・ハンセン ラブによる最新作にして自伝的なある女性の物語

『それでも私は生きていく』現代フランス映画界を代表する監督の一人、ミア・ハンセン ラブによる最新作にして自伝的なある女性の物語

2023-05-04 10:50:00

現代フランスらしい自由な生き方や女性の在り方を、監督自身の自伝的なストーリーに乗せて描いた本作。35ミリフィルムで作られた淡く美しい画によって、人物の心の機微を繊細に描き出したヒューマンドラマだ。

監督を務めるのは、『未来よこんにちは』で第 66 回ベルリン国際映画祭銀熊 監督賞の受賞によってフランス映画界を代表する監督の一人となったミア・ハンセン=ラブ。長編 8 作目となる本作で、第 75 回カンヌ国際映画祭でヨーロッパ・シネマ・レーベル賞を受賞。監督は、自身の父が病を患っていた中で脚本を書き始めたことを振り返り、本作では「喪と再生という相反する 2 つの感情がどのように対話できるか探求したかった」と語る。

主人公サンドラには、『007』シリーズで2作続けてボンドガールを務めたほか、ファッションアイコンとしても世界的人気のフランスを代表する俳優レア・セドゥ。サンドラの父ゲオルグ役を、エリック・ロメール監督作品の常連俳優として知られる名優パスカル・グレゴリー、サンドラの恋人クレマン役を『わたしはロランス』のメルヴィル・プポーが好演する。

やわらかく淡い色合いの画、主人公サンドラの透き通る白い肌の弾けるような瑞々しさ。そこへ、物語の展開と心の機微の繊細な演出、底を流れるピアノの音色が相まって、悲しみとはかなさが胸に迫り、最後には美しい余韻が残る。

親の介護と死を意識したときにおそらく誰もが味わうだろう不安、恐れ、無力感……こうしたさまざまな苦悩を乗り越えようともがくとき、図らずもその飾らない佇まいが人を惹きつけることがある。本作は重荷や不自由さ、苦しみや悲しみの中でこそ、 “それでも”光に向かって生きていこうとする命の炎が、思いがけず強い光を放つ、ということを知らせてくれている。

 

ミア・ハンセン=ラブ 監督インタビュー

――『それでも私は生きていく』はどのようにして生まれたのですか?

『ベルイマン島にて』の後、この映画のアイディアをふと思いつきました。2019 年から 2020 年にかけての冬、私の父がまだ存命だった頃に、父の病気から得たインスピレーションも盛り込んで脚本を書きました。私の周りで起きていることを、なんとか理解しようとしていました。悲しみと再生という、正反対の二つの感情がどのように同時に存在し、影響し合うのかを、この映画で表現したかったんです。不安定な関係でも、共にいることでサンドラとクレマンは大きな幸せを感じている。でも父親とのことでは、苦しみしかない。二つのストーリーは共存しています。この共存を描き出せる映画的手法を探ることに興味がありました。

――この映画では、欠乏感に悩まされる感情的な関係を描いていますね。

ゲオルグとサンドラは、共に愛を求めています。何も考えられない状態になっても、ゲオルグは自分がパートナーのレイラを愛していることを覚えています。彼は常にレイラを恋しがり、もう二度と会えないのではないかと恐れる。サンドラ、彼女の娘、父親、そして重要な役どころとなるクレマンの全員にとって、愛はかけがえのないものなんです。傷つくことがあっても、愛情で満たされていれば、コミュニケーションが取れなくなってもゲオルグとサンドラの心は寄り添っていられる。いずれにせよ、この映画の登場人物たちは愛によって結びついているんです。これはサンドラの母親についても言えることで、彼女はより客観的な立ち位置にいるけれど、 ゲオルクと別れて 25 年も経つのに、娘と彼のために大きな存在感を見せています。これもまた、偉大な愛の証ですね。

――サンドラは父親に別れを告げなければなりません。

誰かが生きているうちから、哀悼の気持ちを感じるのがどんなことかを、この映画で伝えようとしました。ゲオルグはもうサンドラの知っている父親ではなくなっているけど、まだ生きている。精神が消えてしまっていても、彼の感性、存在といった部分は残っている。消失と存在が同時にあり得るという矛盾した動きは、私の心を大いに揺さぶる源であり、それを観客に感じてもらいたかったんです。病気を超越した本能的なつながりを描いて、この奇妙な哀悼の物語を伝え、より深く理解してもらいたいです。そして長期に渡って全てに影を落とす苦しみに打ち勝ちたいと願っています。

最終的にサンドラは自分の人生に戻って行くために、父から解き放たれなければなりません。利己的な面もあるけど必要なことですね。彼女は差し出された幸福を受け入れるけど、何かを捨て去ることでそこに至っている。罪悪感が生まれますね。それについても語りたかったんです。

――そうは言っても、自己犠牲が中心的テーマであり、サンドラはあまり自分の感情を表さないものの、父親が自分を表現する手助けをしますね。

サンドラには逃げ場がないんです。彼女の毎日にはやらねばならないことで溢れています。父親に対して、自分の娘に対して、そして他者の考えを伝えるという役割を担う、自分自身の言葉を主張することのない翻訳者としての仕事に対して……サンドラが自分の気持ちを表現できる機会はほとんどありません。献身的な彼女は父を訪ねれば会話を促し、恐怖や苦しみの感情を吐き出させようとしますが、彼女自身の苦悩を語ることはできない。クレマンとの関係は熱情的な性質で、あまり言葉が介在する余地はない……サンドラは語り合うことよりも、肉体的な愛を通して彼女らしくいられるんです。

――本作でのレア・セドゥには大いに心を動かされます。

この役は彼女をイメージして書きました。ずっと彼女には魅了されてきましたが、このキャラクターのおかげで、ようやく会うことが叶いました。最近の作品での演技は素晴らしかったけど、彼女に新たな光を当ててみたいと思いました。ここ数年のレア・セドゥは、欲望の対象として見られることが多かったと思います。彼女はとてもパワフルで型にはまらない色気を持っていて…映画の中でのセドゥは洗練された着こなしを見せたり、時には正体を隠したりと、一部の隙もない役どころが多いですが、本作では外見も生き方も、よりシンプル。彼女の誘惑的な面を削ぎ落としてみたいと思いました。ショートヘアで帽子もなし、というのもその一環です。また、働く母親の日常を描く、ということも。周囲から見て魅力的な女性というだけではありません。彼女自身も周りの人々をよく見ています。観客にもサンドラが見聞きしていることが伝わってきます……本作の演技では、サンドラの人となり、ミステリアスな面なども見ることができます。彼女の悲しみには深く心を揺さぶられました。

――作品の中で何度も流れるピアノのテーマがありますね。

スウェーデンの作曲家のヤーン・ヨハンソンによる「Liksom en herdinna 」です。映画製作の準備中はいつも決まった曲、時には数曲を聴きながら作業するんです。『それでも私は生きていく』製作中はこの曲でした。

ベルイマン監督の映画「愛のさすらい」で使われていたんです。ビビ・アンデショーンとエリオット・グールド主演の不倫の愛の物語だけに、特別なものを感じましたね。ベルイマン自身はこの作品を嫌って忘れ去りたかったようだけど、私は大好きです。愛欲をテーマにした彼の映画の中では、最も本能に訴えかけるような、官能的な作品かもしれません。だからヤーン・ヨハンソンの曲を使ったわけではありませんが。この映画に何度となく現れる彼の作る旋律は、メランコリックで歩くのと同じテンポで進むんです。それが、私がヨハンソンの曲を採用した理由ですね……。

――撮影にフィルムを使う選択をしたことで、映画がかなり柔らかい雰囲気になりましたね。

フィルムによる撮影は資金面では厳しい部分がありますが、私の撮影では『EDEN /エデン』を除いて、ずっと35ミリフィルムを使うよう主張してきました。『それでも私は生きていく』では病院や介護施設などという魅力に欠ける場所で撮影する予定だったので、なおさらそうしたかったんです。フィルムで撮影したことで、そうでない撮影方法と比べて、よりいっそう魂のこもった詩的な雰囲気をもたらすことができました。世界の見え方が変わってくるんです。やや輪郭が柔らかく、少し距離を感じさせ、それでいて共感を抱かせる……言葉にするのは難しいけれど、受ける印象は異なります。私はいつ もリアリティや明瞭さを大切にし、なおかつ美しい映画作りを目指してきました。私としては、自作を見てその努力は報われていると思います。物質面以上に私が 35 ミリフィルムを好きな理由は、その動きですね。切り取られた映画の一場面が連連と続く有様は、私と時間との関係性をよく表していると思います。観察者としては、そのような形態も好きだけれど、映画製作者としては、フィクションの世界に入るためにフィルムが必要なんです。

 

ミア・ハンセン=ラブ
監督・脚本家
1981年2月5日フランス・パリ生まれ。映画監督、脚本家、女優。両親ともに哲学の教師という家庭に生まれる。98年、オリヴィエ・アサイヤス監督『8月の終わり、9月の初め』に出演し、続けて同監督の『感傷的な運命』(00)にも出演。その後、2001年にパリのコンセルヴァトワールに入学し、本格的に演技を学び、2003年に退学。2005年までフランスの映画雑誌「カイエ・デュ・シネマ」にて映画評論を執筆。監督としては、長編デビューとなった『すべてが許される』(07)でルイ・デリュック賞の初監督賞を受賞し、セザール賞でも同賞にノミネートされた。続く『あの夏の子供たち』(09)では、自ら命を絶った映画プロデューサーと残された家族のきずなを描き、カンヌ国際映画祭のある視点部門の審査員特別賞を受賞。『グッバイ・ファーストラブ』(11)ではロカルノ映画祭で特別賞を受賞。『EDEN/エデン』(14)では、兄のスヴェンをモデルに90年代のクラブシーンを描いた。同年、芸術文化勲章でシュヴァリエを授与される。エリック・ロメール監督『緑の光線』に影響を受けた作品であると語る『未来よ こんにちは』(16)では第66回ベルリン国際映画祭銀熊賞 監督賞を受賞し、フランスを代表する監督の一人に数えられるようになる。ミア・ハンセン=ラブとオリヴィエ・アサイヤスの関係を髣髴とさせる『ベルイマン島にて』(21)もカンヌ国際映画祭のコンペティション部門に選ばれるなど、新作を発表するたび常に国際映画祭で評価されている。

 

ストーリー

わたしは母親で、娘で、恋人
仕事、子育て、父の介護、そして新たな恋に奔走中

サンドラ(レア・セドゥ)は、夫を亡くした後、通訳の仕事に就きながら8歳の娘リン(カミーユ・ルバン・マルタン)を育てるシングルマザー。仕事の合間を縫って、病を患う年老いた父ゲオルグ(パスカル・グレゴリー)の見舞いも欠かさない。しかし、かつて教師だった父の記憶は無情にも徐々に失われ、自分のことさえも分からなくなっていく。彼女と家族は、父の世話に日々奮闘するが、愛する父の変わりゆく姿を目の当たりにし、サンドラは無力感を覚えていくのだった。そんな中、旧友のクレマン(メルヴィル・プポー)と偶然再会。知的で優しいクレマンと過ごすうち、二人は恋に落ちていくが……。



『それでも私は生きていく』予告編



公式サイト

 

2023年5月5日(金) 新宿武蔵野館、シネスイッチ銀座、アップリンク吉祥寺、ほか全国順次ロードショー

 

Cast
サンドラ:レア・セドゥ
ゲオルグ:パスカル・グレゴリー
クレマン:メルヴィル・プポー
フランソワーズ:ニコール・ガルシア
リン:カミーユ・ルバン・マルタン

Staff
監督・脚本:ミア・ハンセン=ラブ
撮影:ドゥニ・ルノワール
編集:マリオン・モニエ
美術:ミラ・プレリ
衣装:ジュディット・ドゥ・リュズ
メイク:サビーヌ・シューマン
録音:ヴァンサン・ヴァトゥー、カロリーヌ・レイノー
音響:オリヴィエ・ゴワナール
第 1 助監督:マリー・ドレール
キャスティング:ユナ・デ・ペレティ
スクリプト:クレマンティーヌ・シャフェール
プロダクション・マネージャー:ジュリアン・フリック
製作:ダヴィド・ティオン、フィリップ・マルタン
共同製作:ゲアハート・マイクスナー、ロマン・ポール

2022年/フランス/112分/カラー/ビスタ/5.1ch/原題:Un Beau Matin/英題:One Fine Morning/R15+/日本語字幕:手束紀子
配給:アンプラグド

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