『聖地には蜘蛛が巣を張る』この映画はイラン政府や中東社会への批判ではない。世界中で起きている女性蔑視への批判なのだ

『聖地には蜘蛛が巣を張る』この映画はイラン政府や中東社会への批判ではない。世界中で起きている女性蔑視への批判なのだ

2023-04-15 11:11:00

『聖地には蜘蛛が巣を張る』は、スウェーデンを舞台にした北欧ホラーファンタジー『ボーダー 二つの世界』(2018)で注目されたアリ・アッバシ監督の最新作だ。本作は、2022年カンヌ国際映画祭でジャーナリストを演じたザーラ・アミール・エブラヒミが女優賞を受賞した。

監督のアリ・アッバシはイラン出身で、デンマークで映画を学び、現在コペンハーゲンに在住。映画は、16人の娼婦を殺したイランで最も悪名高き連続殺人犯、サイード・ハナイを描いた作品だ。

アッバシ監督は「連続殺人犯の映画を作りたかったわけではない。私が作ろうと思ったのは、連続殺人犯も同然の社会についての映画だった」と述べているので、途中までのストーリーをここで記載しても問題ないだろう。本作は犯人が捕まるかどうかのサスペンスではない。街の人々は娼婦の連続殺人に関して「街を浄化している奴を警察が捕まえるものか」と思っていたが、ザーラ・アミール・エブラヒミ演じるジャーナリストの身を挺した行為によって犯人は捕まり裁判で裁かれる。しかし、この映画の恐ろしさは、そこから始まるのだった。

世界は一つの価値観で形成されていると思ったら大きな間違いで、前作『ボーダー 二つの世界』では、人とは違う種の世界を描いたように、日本や西欧の価値観とは違うイスラム世界があり、別の価値観で社会が形成されていることを知ることになる。

その価値観とは、女性蔑視(ミソジニー)だ。アッバシ監督はこう述べるのだった。

「イラン社会に深く根付いている女性蔑視の風潮は、宗教や政治が理由というわけではなく、単純にそういう文化として存在している。女性蔑視は、国に限らず、人々の習慣の中で植え付けられる。『聖地には蜘蛛が巣を張る』は、イラン政府への批判でも、腐敗した中東社会に対する批判でもない。一部の人達、中でも女性に対する人間性の抹殺は、イランに限ったことではなく、世界中のあらゆる場所で起きている」

アリ・アッバシ監督インタビュー

──原題 “Holy Spider”の “スパイダー” について教えてください。

“スパイダー”(蜘蛛)という単語を使ったのには、2つの意味がある。1つは、ハナイがイランのメディアから「スパイダー・キラー」と呼ばれていたから。彼は、蜘蛛が巣を使って獲物をおびき寄せるように、標的を自分のアパートにおびきよせていたんだ。もう1つは、僕がマシュハドに飛行機で行った時に思ったことが理由だ。街の中心部にある有名なモスクは、上空からは蜘蛛の巣のように見えたんだ。ハナイは、モスクを頻繁に訪れていたと思う。だからその近辺で女性たちを捕まえていたんじゃないかな。彼がその巣から出てきて、獲物を暗闇へと引きずり込むイメージがとても強烈に思い浮かんだんだ。彼にとっては神聖な使命だったわけだからね。

──マシュハドの暗黒部は映画の中でも顕著に描かれており、本作は正真正銘のフィルム・ノワール作品と言えますね。

イラン社会の暗黒部は、深く掘り下げるまでもない。フィルム・ノワールは大好きなジャンルだったから、馴染みのある要素を用いてペルシャ語のフィルム・ノワールを作りたいと思ったんだ。戦後のアメリカを特徴づけた失われた魂や悪夢、暗黒部は、イランの多くの街にとっては日常風景なんだ。ハンフリー・ボガートの映画や、『チャイナタウン』(74)、デヴィッド・フィンチャーの『ゾディアック』(07)のようなものではなく、その土地から生まれる言語やイコノグラフィー(図像学)を見つけ出したかった。その舞台がマシュハドになった。

──なぜ本作はイランにとっては脅威なのでしょうか。

きわどい映画だからというわけじゃなく、イランを舞台にある種の現実を描いた数少ない映画だからだと思う。イランでは、50年もの間、国内映画に厳しい検閲が入っている。イランで見られる映画が映しているのは、ソ連時代の映画みたいに、あくまで現実に類似した世界だ。大抵の作品が、規定のルールや暗黙の了解に基づいて作られている。イラン政府を批判した作品さえもね。イラン映画では、ヌード、セックス、ドラッグの使用、売春がタブーとされている。でも、そうした要素はイラン社会の大きな部分を占めているから、作品の雰囲気の一部分にすぎなかったとしても、僕の物語には欠かせない要素だった。

監督プロフィール

1981年にイランで生まれ、テヘランの大学に在学中にストックホルムに留学し、建築学の学士号を取得。その後、デンマーク国立映画学校で演出を学び、2011年に短編映画“M for Markus”を制作して卒業した。長編映画デビュー作『マザーズ』は、2016年にベルリン国際映画祭でプレミア上映され、アメリカで公開された。2018年の映画『ボーダー 二つの世界』は、カンヌ国際映画祭でプレミア上映され、ある視点部門のグランプリを受賞した。また、アカデミー賞スウェーデン代表作品に選出、世界中で公開、スウェーデン・アカデミー賞(ゴールデン・ビートル6部門受賞 作品賞、主演女優賞、助演男優賞、音響編集賞、メイクアップ&ヘア賞、視覚効果賞)、第91回 アカデミー賞(2019年)メイクアップ&ヘアスタイリング賞ノミネート、ヨーロッパ映画賞では監督賞、脚本賞、作品賞の3部門にノミネートされるという快挙を遂げた。最新作は、HBO製作のテレビ版 “The Last of Us”。

 

ストーリー

聖地マシュハドで起きた娼婦連続殺人事件。「街を浄化する」という犯行声明のもと殺人を繰り返す“スパイダー・キラー”に街は震撼していた。だが一部の市民は犯人を英雄視していく。事件を覆い隠そうとする不穏な圧力のもと、女性ジャーナリストのラヒミは危険を顧みずに果敢に事件を追う。ある夜、彼女は、家族と暮らす平凡な一人の男の心の深淵に潜んでいた狂気を目撃し、戦慄する——。

 

予告編

 

公式サイト

4月14日(金) 新宿シネマカリテ、ヒューマントラストシネマ渋谷、TOHOシネマズ シャンテ、アップリンク吉祥寺アップリンク京都ほか全国順次公開

監督:アリ・アッバシ
脚本:アリ・アッバシ、アフシン・カムラン・バーラミ 
音楽:マルティン・ディルコフ
撮影:ナディム・カールセン 編集:ハイェデェ・サフィヤリ、オリヴィア・ニーアガート=ホルム
出演者:メフディ・バジェスタニ、ザーラ・アミール・エブラヒミ

2022年/デンマーク、ドイツ、スウェーデン、フランス/ペルシャ語/118分/シネスコ/5.1ch/原題:『Holy Spider』/R15+

字幕翻訳:石田泰子
デンマーク王国大使館後援
配給:ギャガ

©Profile Pictures / One Two Films