『ダークグラス』極限までにシンプルに削ぎ落とされたアルジェント節で語られるホラー映画の王道
『ダークグラス』は、イタリアン・ホラーの巨匠と称されてきたダリオ・アルジェント監督の10年ぶりの最新作だ。
事故により目が見えなくなった娼婦を主人公にした映画。『サスペリア』以来の不吉さを演出する音楽と映像が完全にシンクロしたスタイルは巨匠の最新作でありながらも初々しさを感じることができるほど洗練され、ホラーにとってサウンドがいかに重要かを教えてくれるホラー映画の王道をいく作品だ。
娼婦が放った一言でプライドが傷つけられたサイコパスとの闘いが、極限までにシンプルに削ぎ落とされたアルジェント節で語られていく。
主人公のコールガール、ディアナ役に抜擢されたのは、『皆はこう呼んだ、鋼鉄ジーグ』(2015)でイタリアのアカデミー賞と呼ばれるダヴィッド・ディ・ドナテッロ賞の主演女優賞を受賞したイレニア・パストレッリ。題名にもなっている黒いサングラスを着用し、殺人鬼につけ狙われるヒロインの不安、死に物狂いの逃走シーンを体当たりで演じきった。そしてアルジェント監督の娘であるアーシア・アルジェントがアソシエイト・プロデューサーを兼任し、ディアナを支援する歩行訓練士に扮しているのも見逃せない。
ダリオ・アルジェント監督コメント
(画像右端:ダリオ・アルジェント監督)
『ダークグラス』は、数年前に想像したものの、制作することができなかった作品です。でも頭から離れることはありませんでした。バイオレンスでくだらない作品を求める市場での需要に左右されることが難点でした。一方で、ようやく自分の悪夢との和解を経験することができました。それ故に、私は恐怖の扉を開き、突き進もうと決めたのです。幼少期からエドガー・アラン・ポーに影響を受けていた私にとって、『ダークグラス』は、運命に刻まれた作家としての旅路の集大成です。そして時代が変わったからといって、物語の本質も解釈のスタイルも裏切りたくはない(変えたくはない)のです。
盲目は、以前に取り組んだことのあるテーマですが、キャラクターたちの心臓の鼓動を支配する儚さとパニック感を伝えることに(撮影中は)夢中でした。
私はイレニア・パストレッリの美しさ、彼女の儚い見た目や、それとは対照的な力強い眼差しに魅了されていました。また映画の中ではサングラスをかけることで、その眼差しは変化していきます。強烈な長回しとクローズアップを交互に使い、最後のカタルシスへと無慈悲に導く一連の殺人の物語を綴りました。現実と相対し物事の表面を超えた他者のビジョンを得るために有効なツールです。また、主観視点でのカメラ撮影により、登場人物の苦悩を増幅させ、その恐怖をよりリアルに表現しました。
台詞は少ないのですが、アルノー・ルボチーニが制作したパワフルなサウンドトラックがシーンを支え、不穏な雰囲気を強調し、ぼんやりとして、移り変わる幻影のような存在としての殺人者の脅威を暗示しています。私は、音楽は俳優の演技に匹敵する主人公であり、この追跡劇の物語をより具体的なものにするものであると考えています。
撮影については、外観から内観まで、明るいところから暗いところまで、開放的で孤立した空間がたくさんある中での、ディアナに襲いかかる閉鎖感を可能な限り強調しました。
主人公については、自分自身に問いかけました。全ての映画で行っている工程です。「彼らは誰で、どのように動くのか?」。この場合、彼らは特別な 2 人です。彼女は大人であり盲目、彼はまだ幼く、一人では生きていけない子供です。そして、彼女はイタリア人、少年は中国人と、2 つの異なる文化圏の出身です。この組み合わせが『ダーググラス』の原動力であり、本編の軸となります。この映画のペースとトーンは、緊張とサスペンスと密接に関係しています。『ダーググラス』は、私のこれまでの作品とは異なり、感情や優しさという新たな要素を加えた、非常に強烈なジャッロ・スリラーなのです。
監督プロフィール
1940年、イタリア・ローマ⽣まれ。映画プロデューサーの⽗、写真家の⺟のもとで育つ。新聞に映画評を寄稿したのち、ベルナルド・ベルトルッチとの共同でセルジオ・レオーネ監督作品『ウエスタン』(1968)の原案に携わり、マカロニ・ウエスタンや戦争映画の脚本を執筆する。『歓びの毒⽛』(1970)で監督デビューを飾り、『わたしは⽬撃者』(1971)、『4匹の蝿』(1971)を含めた“動物3部作”でジャッロ映画の⼈気監督の地位を確⽴した。この初期3作品はエンニオ・モリコーネが⾳楽を担当したが、『サスペリア PART2』(1975)で初めてプログレッシブ・ロックバンドのゴブリンとタッグを組み、サウンドトラックが⼤ヒットを記録した。両者のコラボレーションは、魔⼥が巣⾷うドイツのバレエ学校を舞台にした『サスペリア』(1977)でも絶⼤な効果を発揮。ジャッロ作家のアルジェントがオカルトの新境地を切り開いた同作品は、極端に原⾊を強調した斬新な映像美も⼤反響を呼び、ホラー映画史上の⾦字塔となった。ちなみに先に製作された『サスペリア PART2』は、『サスペリア』の⼤ヒットに便乗した⽇本の配給会社がつけた題名で、両作品の内容にはまったくつながりがない。
『サスペリア』の成功で世界的な名声を博したアルジェントは、プロデューサーとしての活動も開始、ジョージ・A・ロメロ監督の『ゾンビ』(1978)の制作に携わり、⾮英語圏での配給権を得た。初のアメリカ資本による『インフェルノ』(1980)、華麗なジャッロ映画『シャドー』(1982)、デビュー間もないジェニファー・コネリーを主演に迎えた『フェノミナ』(1985)でも独⾃の恐怖美学を披露した。その後の主な作品は『オペラ座/⾎の喝采』(1987)、『トラウマ/鮮⾎の叫び』(1993)、『スリープレス』(2001)、『ジャーロ』(2009)、『ダリオ・アルジェントのドラキュラ』(2012)など。2007年には『サスペリア』『インフェルノ』に続く“魔⼥3部作”の最終作『サスペリア・テルザ 最後の魔⼥』を発表している。2019年にはイタリアのアカデミー賞と呼ばれるダヴィッド・ディ・ドナテッロ賞のダヴィッド特別賞を受賞。フランスの⻤才ギャスパー・ノエの『Vortex』(2021)では主演を務めている。
ストーリー
イタリアのローマで娼婦ばかりを狙った猟奇的な連続殺人事件が発生。その 4 人目のターゲットにされたコールガールのディアナは、白いバンに乗った怪人に追い回された揚げ句、交通事故で失明してしまう。やがて退院したディアナは、歩行訓練士のリータ、盲導犬のネレア、事故を生き延びた中国系移民の少年チンの支えを得て、少しずつ目の不自由な日常に適応していく。しかしディアナに執着する正体不明のシリアルキラーは、彼女の行動を密かに監視し、凶暴な本性を露わにして迫ってくるのだった……。
予告編
ダリオ・アルジェント監督インタビュー映像
イレニア・パストレッリ&アーシア・アルジェント インタビュー映像
公式サイト
4月7日(金) 新宿武蔵野館、ヒューマントラストシネマ渋谷、池袋シネマ・ロサ、アップリンク吉祥寺、アップリンク京都ほか全国順次公開
監督:ダリオ・アルジェント
脚本:ダリオ・アルジェント、フランコ・フェリーニ
音楽:アルノー・ルボチーニ
出演:イレニア・パストレッリ、アーシア・アルジェント、シンユー・チャン
2021年/イタリア、フランス/イタリア語/85分/カラー/シネスコ/5.1ch/原題:Occhiali neri/PG12
日本語字幕:杉本あり
提供:ロングライド、AMGエンタテインメント
配給:ロングライド
Copyright 2021 © URANIA PICTURES S.R.L. e GETAWAY FILMS S.A.S.