『天上の花』戦争に翻弄され、詩と愛に葛藤しつつ懸命に生きた詩人たちを描いた凄絶な物語

『天上の花』戦争に翻弄され、詩と愛に葛藤しつつ懸命に生きた詩人たちを描いた凄絶な物語

2022-12-08 10:00:00

萩原朔太郎を師と仰いだ詩人・三好達治。
これは、戦争という時代に翻弄され、朔太郎の末の妹・慶子への荒れ狂う愛と激情に引き裂かれた詩人の凄まじい愛憎物語である。

萩原朔太郎の娘・萩原葉子の同名小説「天上の花一三好達治抄ー」を原作に、1966年に発表されてから56年の時を経て、没後80年「萩原朔太郎大全2022」記念映画として制作された本作。脚木賞を多数獲得してきた荒井晴彦が、五藤さや香と共に脚本を担当する。

監督を務めるのは、4時間超の大長編『いぬむこいり』(2017) で話題となった片嶋一貴。主人公の達治を演じるのは、東出昌大。朔太郎の妹・慶子には、新境地に挑む入山法子、朔太郎には独特の風格を放つ吹越満、詩人・佐藤春夫には『20世紀少年』などで人気の漫画家・浦沢直樹。原作者を母に持つ朔太郎の孫で、寺山修司主宰の天井棧敷の立ち上げにも参加した、俳優・演出家・映像作家の萩原朔美も出演。個性的な面々が揃う。

自らの意に反して戦意高揚詩で名を馳せ、自身のままならなさと暗澹たる思いにもがき苦しむ達治。一方、一人の女性に対する極めて純粋な愛と衝動は、戦時下という特殊な状況下にあってますます制御不能となり、「暴力」にその姿を変えると、一気に悪魔的な形相を呈してゆく。その愛憎劇に、時代に翻弄されながら日々を懸命に生きた同時代の詩人たちの人生もまた、絡み合い、重なり合ってゆく。

記憶の断片をあとから繋ぎ合わせたような、過去と未来が去来する場面構成が、一つ一つのシーンをより鮮明に生々しく印象付ける。そして背景に流れる音の詩的な調べ。閉塞感や重苦しさなど、この時代を象徴する感情ともおおよそ結びつかない、不思議と肌馴染みのよい音が静かに吸引力を放っている。

戦時下という時代を知る人も知らない人も、「戦争」というものを別のアングルから、あるいは自らのものとして見ることのできる貴重な映画だ。

 

 

ストーリー

昭和になってすぐのこと、萩原朔太郎を師と仰ぐ三好達治は、朔太郎家に同居する美貌の末妹・慶子と運命的に出会う。たちまち恋に落ちた達治は、結婚を認めてもらうため北原白秋の弟が経営する出版社に就職するが、僅か2ヶ月であえなく倒産。再び寄る辺なき身となった達治は慶子の母に貧乏書生と侮られて拒絶され、失意の中、佐藤春夫の姪と見合い結婚をする。

時は過ぎ、日本が戦争へとひた走る頃、達治の戦争を賛美する詩は多くの反響を呼び、時代は彼を国民的詩人へと押し上げてゆく。しかし、朔太郎とはその戦争詩をめぐって関係が悪化してしまう。

昭和17年、朔太郎は病死。そして4日後には慶子が夫・佐藤惣之助と死別する。昭和19年、朔太郎三回忌で再会した達治は、慶子に16年4ヶ月の思いを伝え、妻子と離縁し、慶子を家に迎える。東京に空襲が迫りくる中で、身を隠すように越前三国にひっそり新居を構えた二人には、雪深い冬の過酷な生活が待ち受けていた。純粋な文学的志向と潔癖な人生観の持ち主である達治は、奔放な慶子に対する一途な愛とその裏返しの憎しみが次第に心を蝕んでゆき、二人の愛憎劇は思いもよらぬ結末を迎える……。

「天上の花」とは、一般的に仏教用語で曼珠沙華、彼岸花のことをさすが、三好達治は、その詩のなかで、辛夷の花にその名をつけている。

 

 

片嶋一貴 監督コメント

戦争は人を狂わせる。

第二次世界大戦時、泥沼の戦争状態に突入した日本。時代をおおう閉塞感と不安ど焦燥の中、主人公の詩人は戦意高揚詩で名を上げる。男は一人の美しい女を愛し、やがて激情のままに女に手を挙げ、泣きながら暴力を振るうようになる。その振り上げられた拳と悲しみの涙は、誰のものでもない。それは、今を生きるボクら自身の抑制のきかない衝動そのものだ。時代を超えて、誰もが加害者にも被害者にもなりえる。詩に心魂を捧げ、女を愛し、日本という国家と自我を同化させて生き抜いて来た男は、戦後すべてを喪失する。女との離別。そして、残酷なまでの価値の崩壊。あらゆるものは、絶えず移り変わって行く。そんなままならない世の中に、ボクらは何を考え悩み、情熱をかけて、いったい何を守り、得体の知れない不条理と闘って行かなければならないのか?

不穏な空気が蔑延する世界に、そんなことを考えるきっかけの映画になればと心から願っている。

 

片嶋一貴 
Ikki Katashima

監督

早稲田大学政治経済学部卒。大学在学中の8ミリ映画製作をきっかけに、映画を志す。若松孝二監督作品「我に撃つ用意あり」で若松プロに参加。1995年「クレイジー・コップ捜査はせん!」で監督デビュー。翌年からプロデューサーとして仕事のフィールドを広げ、サブ監督「ポストマン・ブルース」鈴木清順監督「ピストルオペラ」「オペレッタ狸御殿」など個性的な作品を次々とプロデュースする。一方、「鉄甲機ミカヅキ」「魔弾戦記リュウケンドー」などのTVシリーズも積極的に手がけ、特撮系の作品でも手腕を発揮。2003年映像企圃制作会社ドッグシュガーを設立し、自らの監督作品「ハーケンクロイツの翼」を製作。2008年「小森生活向上クラブ」で独自のスタイルを得て新境地を開拓する。つづく2011年「アジアの純真」では、その過激なテーマからロッテルダム映画祭など海外映画祭で物議を醸す一方、「白黒の奇跡」と評される。2012年「たとえば檸檬」2015年「TAP完全なる飼育」2017年4時間超の長篇大作「いぬむこいり」を監督。2019年初のドキュメンタリー作品「M/村西とおる狂熱の日々」が公開。エッジの効いた映画づくりを続けている。

 

『天上の花』予告編

 

公式サイト

 

2022年12月9日(金) 新宿武蔵野館、ユーロスペース、池袋シネマ・ロサ、アップリンク吉祥寺、ほか全国順次ロードショー

 

キャスト

東出昌大 入山法子
浦沢直樹 萩原朔美 林家たこ蔵 鎌滝恵利 関谷奈津美 鳥居功太郎 間根山雄太 川連廣明 ぎぃ子
有森也実 吹越満

 

スタッフ

監督:片嶋一貴
プロデュ サー:寺脇研・小林三四郎
撮影:渡遣寿岳
照明:堀口健
録音:大野裕之整音:臼井勝
美術:佐々木記貴
配給宣伝:太秦

2022/カラー/ビスタサイズ/5.1ch/125分

©2022「天上の花」製作運動体

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