"ケヴィンの一番の遺産は「どんな顔も美しい」と教えてくれたこと" バルトーク監督インタビュー

"ケヴィンの一番の遺産は「どんな顔も美しい」と教えてくれたこと" バルトーク監督インタビュー

2022-10-04 12:26:00

『メイクアップ・アーティスト:ケヴィン・オークイン・ストーリー』の監督ティファニー・バルトークは、かつてデパートのカウンターで働いていた。兼ねてからメイクが好きだった彼女は、撮影現場でメイクをやり始めたことをきっかけに、映画作りにも興味を持ち始めたという。

メイクと映画。この二つが大好きだったことが、ケヴィンについての映画を撮りたいという動機へと繋がったと語る。先日、ニューヨーク在住のバルトーク監督にインタビューを行った。

 

バルトーク監督からのメッセージ

 

ティファニー・バルトーク監督インタビュー

――メイクアップアーティストの中でもなぜケヴィンについてドキュメンタリーを作ることにしたんですか?

ケヴィンはずっと私の最大のインスピレーションでした。私たちがメイクを始めたころは、今の子供たちのようにYouTubeなどのチュートリアルへのアクセスが全くありませんでした。メイクの本はほんの数冊だけで、ケヴィンの本の知名度が一番高かったので、その本を読んで育ち、それを通して彼にメイクのすごさを教えてもらいました。確か2012年だったと思いますが、ケヴィンの存在を知っている人が少ないことに気がつきました。「そんなことはあってはいけない!ケヴィンについての映画を撮らなければ!次の世代への橋になるものを作らなければ!」と決心しました。

――ケヴィンの本質が当時あまり知られていなかったと読んだんですが、リサーチをしている間に、何か驚いたことはありましたか?

たくさんありました。でも、一番驚いたのはケヴィンがいつも「もっと」欲しがっていたことです。私は彼がなにもかも手にいれて毎日ハッピーだったろうと思っていたんですけど、ケヴィンも「もっと」という気持ちがあったことにとても驚きました。とても共感できましたね。ケヴィンのことをもっと知りたいと思いました。どうして満足できなかったのかを。

――ケヴィンがメイクを進化させたのが映画で描かれていますが、ケヴィンの一番の遺産は何だと思いますか?

ケヴィンの一番の遺産は「どんな顔も美しい」と教えてくれたことですね。誰にでも美しい特徴があり、質があり、それに丁寧にスポットライトをあてることによって、他者からどう見えるのかを変えることができますが、なおかつ自分でいられる。他人になる必要がなく、自分でいながら美しくあることができます。自分なりの自分で美しくいられる。ケヴィンはそう信じていました。

――ケヴィンは、極細眉やつけまつ毛以外、何を広めましたか?

ケヴィンはコントゥアリングを発明しました。まあ、正確にいうとコントゥアリングを発明したのはウェイ・バンディなんですけど、ケヴィンが人々に手本を見せたことによってそれが広まりました。その後、マリオ・Dがさらに開発して、現在、キム・カーダシアンのルックスとして知られています。ルネッサンスみたいに再び人気になりました。

――劇中で、ケヴィンが時間をかけてモデル達につけまつげをつけていたせいで、コレクションの開始時間を大幅にオーバーしたけれど、VOGUEの編集長だったミラベラがつけまつ毛を大絶賛したという事件が紹介されていましたけれども、他にそのような伝説はありましたか?

映画には出てこないことなんですけど、フォトグラファーのマイケル・トムプソンが教えてくれたフランスでの話があります。フランスにはエアコンがあまりないらしくて、ケヴィンは写真撮影の現場にエアコンを持ってこさせていたそうなんです。でもそれで現場はとても遅れたそうです。今では絶対にできないことですね。

――映画ではケヴィンの実績以外に、ファッションの歴史が紹介されています。例えば、以前はモデルが自分でメイクしていたのに、80年代についにメイクのプロたちを採用したとか、90年代には雑誌の表紙はスーパーモデルだったけれども、現在はセレブだとか。ケヴィンがニューヨークに出たのは、スーパーモデルの全盛期で、タイミングがよかったような気がします。1993年以降ファッション業界が、新たなメイクアップアーティストをもてはやし出しても、ケヴィンは成功を収めましたね?ケヴィンのキャリアについてどう思いますか?

ミュージックビデオに移行したのは大きな変化だったでしょう。他の人も同意見かはわかりませんが、個人的にはケヴィンがそれでとても疲弊したのではないかと思います。ケヴィンは1000%力を尽くす人で、手を抜けないんです。でも、ミュージックビデオの現場は撮影時間がとても長いんです、時には20時間撮影する時もあります。そのころから、痛みを感じ始めたらしいので、ロサンゼルスとニューヨークの移動の繰り返しにも耐えられなかったと思います。今では、ルックスを決めたら、アシスタントにやってもらうんですけど、ケヴィンはそういう人ではなかったですね。凄腕のアシスタントがいたんですけど、ケヴィンはアーティストのそばを離れませんでした。アーティストに100%尽くしたんです。そういうライフスタイルで体力を維持することは難しかったでしょう。

――ケヴィンは21歳の若さでレブロンのULTIMAのクリエイティブディレクターとして採用されましたね?

彼は周りに影響を与える性格だったんです。「この世界を変える!」と周りに信じさせ、実際に変える力を持っていました。シーンに登場した最初からそうでした。ケヴィンは「自分がこれをやるからには、そしてここにいるからには年齢なんて関係ない」と考えていました。また、ケヴィンは、どんなアイデアでも相手を説得することができたんです。ULTIMA IIにニュートラルパレットを作るというアイデアも、斬新な発想だったでしょう。当時の状況を覚えていますか。全てが派手で…派手なピンク、派手な紫、派手なブルーなどは、ナチュラルに美しく使うのが難しいので、一般の女性は、この手の色合いは手を出しにくかったんですよね。でも、ついに、みんなが使える口紅が登場し、一般の女性を視野に入れた製品がでてきて女性たちが参加できるようになった。シンプルに美しい口紅をつけることでね。それ以前は、一般の女性たちは蚊帳の外に置かれていたんです。メイクには威圧感があったんです。ケヴィンが登場したタイミングもちょうどよかったと思いますし、ある意味でラッキーでもあったかもしれませんが、ケヴィンが仕掛け人でした。「ケヴィンがラッキーだっただけ」と言う人もいるんですけど、私はそういう考え方が好きではありません。彼が全ての仕掛け人で、発起人でしたから。

――彼は美の概念を壊そうとしました。例えば、ライザ・ミネリとか。他に例を挙げられますか?

もちろんです。バーブラ・ストライサンド。バーブラ・ストライサンドは鼻が個性的なルックスです。ケヴィンのように、バーブラを輝かせた人は誰もいません。美しい女性として引き立てた人はね。その時までは、ずっと割とエスニックなルックスだったけれど、ケヴィンは、どう引き立てたら良いか分かっていました。ホイットニー・ヒューストンも同じような感じでしたね。ナオミ・キャンベルはケヴィンだけを指名していました。ケヴィンは彼女たちを、今まで誰も見たことがない目で見ることができ、彼女たちが自分が美しいと感じられるようにしました。それこそがケヴィンの本当の才能だったと思います。

――ハワイでのホームビデオで、ケヴィンとジェレミーが愛の誓いを交わしていましたが、正式な結婚式はありましたか?

残念ながら、同性婚は当時は禁じられていましたが、ジェレミーに二人が誓いを交わす動画を共有してもらいました。とても愛し合う関係でした。

――本作は2017年に完成したそうですが、2022年に日本で公開されるので、ケヴィンが亡くなってから20周年になります。そして生まれてから60周年です。それについてどう思いますか?

すごいことです。映画を作っている時は、15周年までに完成させないと!と思っていたことを覚えています。今でも興味を持たれる人物だということを誇らしく思います。ケヴィンも喜ぶでしょう。亡くなってから20年後も彼について話す人がいるなんて、彼が望んでいた通りだと思います。ケヴィンは自分の名前がみんなの口にのぼることをとても喜ぶでしょうから、とても嬉しく思います。

――最後に読者に一言お願いします。

ケヴィンという人物について映画を通して初めて知る方がいるのはとても嬉しいです。それに、既に知っていた人の中にも、「彼について全部知っていると思ってたけど、映画で新しいことを知った」と言ってくれる人が多くて、とてもありがたくてうれしく思います。映画を撮影している間、ケヴィンの存在を感じていました。映画をご覧になる皆さんが、楽観的でポジティブな気持ちで映画館を出てくださると嬉しいです。何でも可能だ、という気持ちになってもらえたら。ケヴィンはそんなふうに考えていましたし、彼の人生を映画館でご覧になった方にもそうなって欲しいと思うでしょう。


2022年8月25日 オンラインにてインタビュー

 

ティファニー・バルトーク監督

フィラデルフィアのザ・アーツ大学で美術学士号を取得後、バルトーク監督はニューヨークで女優業をしていたが、メイクアップ・アーティストとしての才能があることに気づき、撮影現場の有名人やスタッフを相手にメイクの技を磨くようになる。しかし最終的に映画そのものに魅せられ、映画制作の道に進む決心をした。これまでに携わった作品には、ドキュメンタリー『Altered by Elvis』(2006年/ジェイス・バルトークと共同監督)や、短編作品『Little Pumpkin』(2008年)、『Fall to Rise』(2014年/ジェイス・バルトーク監督)、『Suddenly』(2014年/メラフ・エルバス監督)、『Cocked and Locked』(2017年/メラフ・エルバス監督)、『Last Chance』(2020年)などがある。『メイクアップ・アーティスト:ケーヴィン・オークイン・ストーリー』はバルトーク監督の長編デビュー作品である。現在、ニューヨークを中心としたエンターテインメント業界における平等を訴える非営利団体であるFilm Fatalesの一員として、ティファニーは、バーレスターのディタ・フォン・ティースを紹介するドキュメンタリー映画を制作している。

 

 

予告編

 

 

公式サイト DICE+紹介記事リンク

10⽉7⽇(金) 渋谷ホワイトシネクイント
10⽉14⽇(金) ヒューマントラストシネマ有楽町、新宿武蔵野館、アップリンク吉祥寺、シネ・リーブル梅田、アップリンク京都、シネ・リーブル神戸ほか全国順次公開

監督:ティファニー・バルトーク
出演:ケイト・モス、リンダ・エヴァンジェリスタ、ナオミ・キャンベル、シェール、イザベラ・ロッセリーニ、ブルック・シールズほか

2017年/アメリカ/102分/原題:Larger Than Life: The Kevyn Aucoin Story

字幕翻訳:額賀深雪 
配給・宣伝:アップリンク 宣伝協力:NEGA

©2017 Mr. Valentine LLC

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