『バックルームズ』ほんとうはその部屋よりも不気味なもの

『バックルームズ』ほんとうはその部屋よりも不気味なもの

2026-10-29 08:00:00

丘と空が、なだらかに画面を二つに分ける。90年代を一定の年齢で過ごした人なら誰でも、あの場所の記憶があると思う。私が話しているのは、Windows XPの初期設定の壁紙として知られる「Bliss(草原)」のこと。あの画像はCGではなくて、1997年にカリフォルニア州で撮影された本物の写真なのだそうだ。こうこうと写し出されるあまりにも整った丘の緑と嘘のような青色は、現実の風景というより、コンピューターのなかに用意された理想郷のように思えた。

『バックルームズ』の黄色い部屋も、「Bliss」と似た感覚を覚えさせる。その壁紙の黄色は明るすぎることはなく、クリームとも呼べそうな淡い色で、細かなテキスタイルの模様がプリントされている。ノスタルジックなその場所は、でもどこか無機質で、少しばかりの不安がとなりにいるのを感じながら、その空間を見つめる。見つめ返してくれるものはない。

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バックルームズのはじまりは、2019年に英語圏の匿名掲示板に投稿された一枚の画像だったという。黄色い壁に囲まれた、オフィスのようでも美術館のようでもある室内。しかしそこには物も人影もない。投稿には、「もし現実世界からノークリップ(ゲームのバグのように壁をすり抜けること)をしてしまったら、こんな場所に落ちてしまう」というテキストが添えられていた。見覚えがあるようでいて、どこなのかはわからない。その画像はやがて「バックルームズ」と呼ばれるようになる。

世界中のユーザーが、部屋の奥に広がる異空間やそこに潜む怪異、脱出方法、生き延びるためのルールなどを考え、それぞれの物語を付け加えていく。誰もが設定を持ち寄り、その世界を拡張していく。バックルームズは、一枚の画像から始まったネット都市伝説であると同時に、大勢の人々が参加する共同創作の場となったのだった。

そして2022年、当時16歳だったケイン・パーソンズが、YouTubeに実写映像とCGを組み合わせた短編『The Backrooms (Found Footage)』を公開すると、その生々しさがさらに話題を呼び、そのシリーズは累計再生回数2億回を突破する。TikTokでも拡散され、ゲームや映像作品、インターネットミームなど、幅広い分野に及んでいった。

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バックルームズとは一体何なのかという、その正体や謎をめぐる考察。考察への欲望によってバックルームズは無限にひろがってゆくが、その欲望によって、バックルームズの世界は埋め尽くされていく。

説明が与えられ何かが見つかるたび、もともとそこにあった余白が少しずつ埋まっていく。何もない部屋と理由のわからない不気味さ。物語はそんな感覚を拾い集めてしまう気もする。

それでも人は、わからないものを前にすると考えずにはいられない。だからバックルームズはもっと広がるしかない。

怖いから知りたいのか、知りたいから怖いのか。あるいは、わからないものに近づいていくこと自体が楽しいのか。バックルームズではなくむしろ、そこに惹かれつづけてしまう人間の側の不気味さを思う。

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金沢21世紀美術館の「コレクション展3 デジャ・ヴュ」で観たルナ・イスラムの映像作品《縮尺(1/16インチ=1フィート)》のこともよく思い出す。

大小二つのスクリーンを前後に配置してそれぞれ別の映像を流すインスタレーション作品で、二つのスクリーンの前に立つと手前のスクリーンが、奥にあるスクリーンをそのサイズの分、隠してしまう。二つのスクリーンの間に入ることもできるので、奥のスクリーン全体を見ることができるが、そうすると手前にあるスクリーンは見えなくなってしまう。

映像の撮られた場所は、1971年に公開されたイギリスのサスペンス映画『狙撃者』の撮影にも使われた建物の立体駐車場。この建物に、建設当時に構想されながらも実現しなかったレストランがオープンしているという設定を持ち込み、レストランでやり取りを交わす2人の若いウェイターと2人の年配の男性客(会話は聞こえない。スマートな雰囲気でのやり取りが繰り返されるものの、料理が提供されることはない)、そして立体駐車場を走る一台の車(『狙撃者』に登場するものと同じ車種)を映す。

ルナ・イスラムの作品説明に時間がかかってしまったけれど、つまるところ言いたいのは、わたしやあなたが、その空想やこの現実をどう確保していくか、という問題。たとえ壁をすり抜けることができるようになったとしても、設定なしに進んでいく自らの物語から、その部屋よりも不気味なわたしやあなた自身という存在から、離れることはできないのだから。

(小川のえ)

イントロダクション

監督のケイン・パーソンズは、ネットの掲示板で見つけた“一枚の部屋の写真”に触発され、16歳でYouTubeの短編『The Backrooms(FOUND FOOTAGE)』を発表。「ネット上で最も怖い映像」として世界的バイラルを巻き起こし、再生数は2億回を突破。

その世界観を映画へと拡張したパーソンズは、17歳で映画化を始動、19歳で撮影、20歳で長編デビューを果たし、並み居る大作を抑えて初登場1位を記録し「史上最年少の全 米No.1監督」として映画史をセンセーショナルに塗り替えた。

出演には、オスカーノミネートのキウェテル・イジョフォー、カンヌ女優賞のレナー テ・レインスヴェら実力派が集結。

無限に続く巨大な“リミナルスペース”、耳にこびりつく音響、超悪夢的な映像美で観客をスクリーンの向こう側へ引きずり込む──体験型バックルームズの扉が開く。

ストーリー

1990年。家具販売員のクラークは、ショールームの地下で不気味に輝く「異空間への入り口」を発見する。

その先に広がっていたのは、見覚えのある部屋や廊下が無限に続く、巨 大な迷宮だった。

異様な空間に魅了され、同僚たちと調査を進めるクラーク。しかし、静寂の中に響く「奇妙な音」とともに、彼は突如として消息を絶ってしまう。

セラピストとして働くメアリー は、彼の行方を追ってバックルームズへと足を踏み入れる。

そこは、自らの心の奥底に封印していたトラウマさえも暴き出す、出口なき底なしの悪夢だった――。

ケイン・パーソンズ監督プロフィール

若干20歳でケイン・ピクセルズとしてオンラインで何百万人もの人々に知られているケイン・パーソンズは、ホラー映画の未来を再定義しようとしている。独学で映画制作とVFXを学び、映像表現の才能を早くから開花させた彼は、2022年にYouTubeで公開した短編『THE BACKROOMS(FOUND FOOTAGE)』で一躍注目を浴びた。アナログホラーの美学を取り入れた不気味な映像は瞬く間に拡散し、シリーズ累計で1億9000万回以上の再生回数を記録。日常と非日常の境界が崩れるような空間描写と心理的恐怖の演出により、インターネット発の新世代ホラークリエイターとして確固たる地位を築いた。その後もパーソンズは「バックルームズ」世界を軸に短編シリーズを展開し続け、YouTube登録者数は300万人を超える。デジタルプラットフォームを拠点に独自の神話体系を拡張し、従来の映画制作とは異なる方法で 物語世界を構築するスタイルは、若い世代を中心に強い支持を集めている。そして本作で待望の監督デビューを飾った。彼自身が生み出した世界観を基に映画化されるもので、脚本はロベルト・パティーノ、製作にはショーン・レヴィ率いる21ラップス・エンターテインメントとジェームズ・ワン率いるアトミック・モンスターが参加する。インターネット発のクリエイターが自らのIPを携えてハリウッドの中心へ進出する稀有な事例として、業界から大きな注目を集めている。

アップリンク京都 ほか全国劇場にて公開

公式サイト

監督:ケイン・パーソンズ 
出演:キウェテル・イジョフォー、レナーテ・レインスヴェ、マーク・デュプラス、フィン・ベネット他 
2026|アメリカ|126分|英語|5.1ch|原題:Backrooms|字幕翻訳:佐藤恵子 | 映倫:G | 配給:ハピネットファントム・スタジオ
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