『マルセル&ムッシュ・パニョル』内なる少年、インナーチャイルドに背中を押されて。

『マルセル&ムッシュ・パニョル』内なる少年、インナーチャイルドに背中を押されて。

2026-11-02 20:51:00

マルセル・パニョルといえば、フランス人であれば、子どもですら知っている。小学校から中学校にかけて、「国語」の読解教材の定番作家の一人だからだ。文章が平易で読みやすく、自然描写が美しいから取り挙げられるのだろう。タイムやローズマリーなどのハーブの香り、セミの声、石の熱、真昼の光、湧き水の味など、南フランスの自然を五感で豊かに描くパニョル作品を通じ、たとえ行ったことがなくてもどこか懐かしい「フランスの原風景」のひとつとなっている。私自身、パニョルが愛したマルセイユに住んでおり、彼を誇りに思っている。彼のマルセイユの大衆文化への共感は、山田洋次の下町の人情と笑いによく通じていると思う(山田監督がパニョルに強く影響を受けていることは周知のとおりである。私には、マリウスが車寅次郎に重なって見えてしまう)。

1956年パリ。パニョルは雑誌連載で自伝の執筆を依頼されるが、筆が進まない。すると突然、強い南フランスのアクセントを話す少年が目の前に現れる。それは、「記憶の棚を揺さぶられて落ちてきた」幼いマルセル自身であった。マルセル少年に導かれるように、パニョルは追憶に馳せる。家族で過ごしたプロヴァンス、天気の悪いパリ、愉快な友達との思い出、恋愛と別れ……。あらゆる思い出が鮮やかに蘇ってきたのだった。

生き生きとしたアニメーションで描かれたバイオグラフィーをさらに躍動的にしているのは、パニョルの愉快な友達たちとのダイアログだ。20世紀前半のフランス語はユーモラスなギャグや文学的なメタファーに満ちている。翻訳家泣かせであり、この台詞を日本語字幕にするのは難しかったはずだ。また、パニョルのフランス語の語りは、意味の疎通や笑いにとどまらず、社会の不条理や言語の限界をあぶり出す批評的な精神に支えられている。映画のなかで大喝采をうけた『トパーズ』(1928年)がその一例だ。道徳教師が金満家へと堕ちていく姿を描き、金と権力の前では、「誠実」や「名誉」といった道徳の言葉が空洞していくということを鋭く暴いている。

映画では、パニョルの引っ込み思案な性格が全面に出されている。そんなパニョルにとって、ユーモアは単に人を笑わせるための道具ではなく、人間に対する深い愛情や照れ隠しの裏返しでもあったことが作品を通じて浮かび上がってくる。非常に繊細でシャイなパニョルは、シリアスになりすぎる場面や感情が溢れそうになる瞬間にあえてユーモアを挟むことで、作品に独特の温かみと心地よい距離感を測っている。

パニョルの人生は、英語版タイトルが「A Magnificent Life」であるように、素晴らしい友情に支えられて成功した人生だったと思う。また、フランスの映画批評家たちは、アニメの完成度の高さを称賛している。だが、その一方で、監督のパニョルへの愛が、美的な敬意の中で固まってしまっており、一種、どこか、「博物館的」な作品になっているという弱点があるようにも思える。パニョルがオラーヌの子供を認知しなかったことや、婚外子が三人いることはフランスでは知られている事実だけに、もっとパニョルの人生の光だけでなく影の部分にも目を向ける勇気があってもよかったのではないのか。

Annette Nimura-Dupuis(アネット・ニムラ=デュピュイ)

 

イントロダクション

『ベルヴィル・ランデブー』『イリュージョニスト』シルヴァン・ショメ監督最新作

フランスの国民的作家マルセル・パニョルが少年時代の自分と人生を振り返る、事実に基づく物語
リアルとファンタジーが融合した、心に沁みるノスタルジック・アニメーション

フランスで 100 万人突破の大ヒットを記録した『ベルヴィル・ランデブー』や、フランスの喜劇王ジャック・タチの遺稿を脚色した『イリュージョニスト』などで、アカデミー賞®にノミネートされたアニメーション界の巨匠シルヴァン・ショメ。15 年振りの長編アニメーション映画となる待望の最新作は、フランスの小説家・劇作家・映画監督マルセル・パニョルの生涯を映画化した『マルセル&ムッシュ・パニョル』。カンヌ国際映画祭やアヌシー国際アニメーション映画祭に正式出品され、リアルとファンタジーが融合した、心に沁みるノスタルジック・アニメーションが遂に日本公開。

ストーリー

1956年パリ。フランスの国民的作家マルセル・パニョルは雑誌連載の執筆を依頼され、最初の一行を書き始めると、少年時代の自分が突然現れる。筆が進むにつれ、プロヴァンスやパリの思い出、演劇界や映画界での
活躍など、鮮やかに蘇る記憶の数々。やがて、二人で自らの人生を振り返る、事実に基づく物語。

シルヴァン・ショメ監督コメント

本作に着手する前、マルセル・パニョル(Marcel Pagnol)とあなたの関係はどのようなものでしたか?

1970年代、学校で「少年時代」3部作の「父の大手柄」と「母のお屋敷」を読まされた。記憶の中では最初に読んだ本である。パニョルの文体は親しみやすく、生き生きとしていて鮮やかだった。“よく書けている”と感じたものだ。彼の映画もしばしばテレビで放映されていた。大人になるにつれ、より注意深くそれらを観るようになった。本作の準備中には他の作品も発見し、彼の戯曲を全て読み返した。パニョルの文章は常に的確だ。常に正しい調子で言葉が紡がれる。彼は一族の争いや暗いキャラクター、過酷なシーンを伴う悲劇を書くが、言語を完璧に支配している為、そこには常に一定のエレガンスがあり、距離感とユーモアに裏打ちされている。それこそが、私が彼の作品を愛する理由である。(インタビュー抜粋)

シルヴァン・ショメ監督プロフィール

アングレームの欧州映像大学(École Supérieure de l'Image)で学んだ後、初のコミック作品「Le Secret des libellules」(Futuropolis 刊)を出版。次いで
ニコラ・ド・クレシーとの共作で、ヴィクトル・ユゴーの処女小説を翻案した「Bug-Jargal」を発表した。その後、ユベール・シュヴィヤール(HubertChevillard)が作画を担当した「Le Pont dans la vase」(Glénat 刊)の脚本を執筆。ニコラ・ド・クレシーと再び組んだ「レオン・ラ・カム」(Casterman 刊)では、ゴシニ賞及びアングレーム国際漫画祭のグランプリを受賞した。

アニメーション映画界へ転身後、短編映画『老婦人とハト』(1998)の監督・脚本を務める。同作は BAFTA(英国アカデミー賞)やアヌシー国際アニメーション映画祭のグランプリを受賞した他、アカデミー賞®にもノミネートされ、数々の栄誉に輝いた。また、初の長編アニメーション『ベルヴィル・ランデブー』(2002)が世界的な批評家・観客の双方で成功を収め、アカデミー賞®2 部門(長編アニメーション賞、歌曲賞)にノミネートされた。

そして、オムニバス映画『パリ、ジュテーム』(2006)の第7 区エピソードを監督。さらに、ジャック・タチの未制作脚本を監督・翻案・音楽まで手掛けた長編アニメーション『イリュージョニスト』(2010)を発表。同作はヨーロッパ映画賞を受賞し、ゴールデングローブ賞とアカデミー賞®の長編アニメーション賞にノミネート、セザール賞では最優秀アニメーション映画賞を受賞した。その後、クローディー・オサール製作による自身初の実写映画『ぼくを探しに』(2013)を監督した。

再びアニメーションに戻り、本作『マルセル&ムッシュ・パニョル』(2025)の監督・脚本に着手。並行して、ストロマエのミュージックビデオ「Carmen」や、マット・グレイニングからの依頼による「ザ・シンプソンズ」シーズン 25の「カウチギャグ」、トッド・フィリップス監督作『ジョーカー:フォリ・ア・ドゥ』(2024)の冒頭シーンを手掛けるなど、多様なアーティストとコラボレーションを行なっている。






アップリンク吉祥寺 アップリンク京都 ほか全国劇場にて順次公開

公式サイト

2025年/フランス、ルクセンブルク、ベルギー/フランス語/91分/5.1ch/ユニビジウム/G

監督・脚本・キャラクターデザイン・ストーリーボード:シルヴァン・ショメ

字幕翻訳:原田りえ

特別協力:ユニフランス

配給:クロックワークス

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