『レズビアン・スペース・プリンセス』お姫様でもクィアでも、「私なんて…」は止められない、、。
“レズビアン・スペース”に浮かぶ惑星クリトポリス。クリトリス(女性の陰部)とポリス(都市)を掛け合わせたと一目でわかる、いかにも下品な名前のこの星は、レズビアンが統治するレズビアンのための星。サイラは“レズビアン・スペース“のプリンセスだ。
ある日、「重すぎる」とフラられた元恋人のキキが、宇宙で一番危険で最悪な星に潜む、かつては宇宙最強だった、白人ストレート男性もとい “ストレート・ホワイト・メイリエンズ”に誘拐されてしまう。サイラはびくびくしながらも宇宙船に乗り込み、元恋人を助けに行く。
という、どういうこと?な設定の冒険物語。
クィアであることを特別なものとして掲げるのではなく、それを当たり前のものとして、クリトリスをヒロインが棲む惑星の名前にしてしまうくらい性を堂々と描く。そこには、多様性という言葉を粉々になるまでくだらなくしながら、その足元に散らばった高尚さのかけらをちりとりで丁寧に拾い集めるような、アンバランスなバランス感覚がある。
映画のヒロインであるプリンセスのサイラは、引っ込み思案で、キキが現れるまでは誰にも見向きされず、プリンセスというその肩書きだけで扱われている。キキにフラられたばかりか、23歳の誕生日を迎えたのにも関わらず王家のみがその魔力を使える伝説の武器もろくに扱うことができず、またしても両親にがっかりされてしまう彼女。
クィアであることが当たり前の惑星でも、誰もが生きやすいわけではない。魅力的であること、愛する恋人がいること、恋人に愛されること、社交的であること。どんな世界にもその世界の「こうあるべき」があり、クリトポリスの「こうあるべき」から、彼女はこぼれてしまっている。言わば、“レズビアン・スペース”は、クールなクィアであることが規範になっている社会とも言える。
「こんな私なんて」。サイラの抱えるそんな気持ちは、社会全体から生まれたものなのか、両親に押しつけられたものなのか、それとも彼女自身がそれを内面化してしまった結果なのか。
そして、“レズビアン・スペース”の周りの宇宙を見渡してみると、ゲイはゲイの、白人男性は白人男性の、パーティー好きはパーティー好きの、それぞれの場所に暮らしている。白人男性は過去の権力者としてその地位を移し、クィアが一種のあこがれの的である宇宙が形つくられているが、属性によって世界が分かれている構造そのものはいまの地球とよく似ている。
そんな宇宙の中を、サイラは訳アリの宇宙船に乗って、無謀にも飛び出していく。危険な惑星に囚われた元カノを救いたいから。
“Saving the gay-laxy might just start with saving herself.(銀河を救うことは、ただ自分を救うことからはじまる)”
そう本国の公式ホームページにもあるように、途方もなく下品で、ふざけた宇宙冒険の行き着く先は結局のところ、身も蓋もない、自分自身への帰還なのだった。
(小川のえ)
イントロダクション
キュートでカオスな宇宙でブラックユーモアが炸裂する――クィアなSFアドベンチャー!!
監督・脚本を務めるのは、クィアな物語と文化的多様性をユーモラスに描いてきたリーラ・ヴァーギースと、『トーク・トゥ・ミー』などA24作品にも参加経験を持つプロダクションデザイナー、アニメーターのエマ・ハフ・ホブス。
2人にとって初の長編作品となる本作は、第49回アヌシー国際アニメーション映画祭コントルシャン部門正式出品、第75回ベルリン国際映画祭でテディ賞最優秀作品賞を受賞し、パノラマ部門観客賞第2位を獲得。さらに第58回シッチェス・カタロニア国際映画祭では、Noves Visions部門最優秀作品賞、アニメ・コンペティション部門最優秀長編作品賞の2冠を達成するなど、名だたる映画祭で快挙を果たした。
“女性主体で、フレッシュな、自分たち視点の物語を作りたい” という想いから生まれた本作。クィアカルチャー、現代社会へのシニカルなユーモア、『少女革命ウテナ』をはじめとしたアニメへの愛が融合し、“自分を愛すること”へ優しいまなざしが向けられている。
アニメオタクのアニメーター、ミュージカルコメディアンの顔を持つ2人の手によって、刺激的かつ心あたたまるSFブラックコメディ・アドベンチャーが誕生した。
ストーリー
惑星クリトポリス――そこはレズビアンが治める星。
伝説の武器〈ラブリュス〉を呼び出す力を持つ王家に生まれながら、内気なプリンセス・サイラだけは、その力を使えずにいた。
23歳の誕生日、賞金稼ぎの恋人・キキに「愛が重すぎる」と突然フラれたサイラ。
失恋のショックに打ちひしがれるなか、かつて宇宙最強を誇った“ストレート・ホワイト・メイリエンズ”にキキが誘拐されてしまう。
元カノを救うため、残された時間は24時間。
ネット掲示板の怪しげな情報を頼りに、パリピの惑星“Sクラブ17”を目指し、銀河を巡る大冒険へ――!






リーラ・ヴァーキース監督(右)プロフィール
オーストラリア出身の脚本家・監督。短編『I'm The Most Racist Person I Know』は、2025年のSXSW(サウス・バイ・サウスウエスト)オースティンにて短編ナラティブコンペティション部門に選出され、ワールドプレミア上映を果たした。クィアな物語を通じて、オーストラリアにおける文化的多様性を、ユーモアとあたたかさを交えて描く作風で知られる。また、ミュージカルコメディアン、テレビ司会者、声優としても活動している。
ハマ・ハフ・ホブス監督(左)プロフィール
オーストラリア・アデレード出身のクィア・アーティスト。映像作家、アニメーター、プロダクションデザイナーとして活動する。短編『On Film』は、2023年のSXSWシドニーにてコンペティション部門に選出。プロップマスターとしてA24作品『トーク・トゥ・ミー』や、『リミテッド』などに参加している。

監督・脚本:リーラ・ヴァーギース、エマ・ハフ・ホブス
プロデューサー:トム・フィリップス
2025年/オーストラリア/英語/87分/16:9/5.1ch/原題:LESBIAN SPACE PRINCESS/G/日本語字幕:大沢晴美/配給:ライツキューブ