『ボタニスト 植物を愛する少年』薄い瞳の奥にある、少年だけの感受性

『ボタニスト 植物を愛する少年』薄い瞳の奥にある、少年だけの感受性

2026-05-11 09:00:00

中国・新疆ウイグル自治区の小さな村で、祖母と兄と暮らすカザフ族の13歳の少年アルシン。失踪した叔父の影響で植物に魅せられた彼は、草花を観察し、記録し、周囲から“ボタニスト(植物学者)”と呼ばれている。

そこへ、漢民族の少女メイユーが現れる。文化も言語も異なるふたりは惹かれ合う。永遠のようでもあり、一瞬のようでもある時間とともに、草原を駆けていく。

アルシンのメイユーを見る薄い瞳や、植物に触れるときの眩しそうな寂しそうな眼差しはどこか、『大人は判ってくれない』のドワネル(ジャン=ピエール・レオー)、『リリイ・シュシュのすべて』の蓮見雄一(市原隼人)、そして『小さな恋のメロディ』のダニエル(マーク・レスター)を思わせる。

永遠の中で一瞬しかない、少年だけがもつ感受性。

時間を、時系列を、草むらや河原のどこかに置いてきたような純粋無垢なふたりの過ごし方は、自然に抱かれ、ほんの少し官能的ですらある。

木の下に並んで座り、吸い付くみたいに葡萄を食べる。手のひらにペンで葉脈のような線を描き、揺れる葉のごとく互いの手を突き合わせる。草原を海と砂浜に見立て、寝そべり太陽を浴びる。

もちろん彼らにそんなつもりはないのだけれど。この親密さがどこまでも澄んでいるのは、彼らがまだ自然とささやき合っている世界のなかにあるからなのだろう。

(小川のえ)

イントロダクション

『ボタニスト 植物を愛する少年』は、中国西北部・新疆の草原を舞台に、自然との対話、記憶の循環、そして成長の瞬間を静かに描き出す、ウイグル地区から現れた映像詩人、ジン・イーの長編デビュー作である。

北京電影学院出身の新鋭が、自身の故郷の記憶と精神的風景をもとに制作した本作は、ベルリン国際映画祭ジェネレーションKplus部門でワールドプレミア上映されるとグランプリを受賞。その後も東京国際映画祭、釜山国際映画祭など数々の映画祭に招待され国際的な注目を集めた。

幼少期に映画文化から遠く離れて育ちながらも、チャン・イーモウ、チェン・カイコー、ウォン・カーウァイといった中国映画の巨匠に加え、アッバス・キアロスタミ、テレンス・マリック、サタジット・レイら世界的作家の作品との出会いが、詩的で瞑想的な映画言語の形成に大きな影響を与えている。特に現代中国アートハウス映画を代表するビー・ガンの作品との邂逅は重要であり、夢と現実の境界を揺らしながら時間そのものを描く姿勢は、近年の中国映画に現れつつある新たな潮流 ― いわゆる「第八世代」とも呼び得る動向と響き合っている。

ストーリー

中国・新疆ウイグル地区の静かな村。

広大な草原と澄んだ空の下で暮らすのは、植物をこよなく愛するカザフ族の少年アルシン。

草花の名を覚え、葉のささやきに耳を澄ます彼は、誰ともなく“植物学者(ボタニスト)”と呼ばれている。

祖母と兄との穏やかな日々のなか、森羅万象、植物や精霊のささやき、言葉を話す馬や失踪した叔父の記憶に導かれ、現実と幻想が溶け合う不思議な世界を生きていた。

そんな彼の前に現れたのは、漢民族の少女メイユー。

文化も言葉も異なるふたりの間に芽生えた淡い恋が、少年の心に新たな感情を呼び覚ます。

しかし、静かな村には少しずつ変化の兆しが忍び寄っていた...。

ジン・イー監督メッセージ

私は風景をただの場所として撮りたくありませんでした。

風景は感情や記憶を保存する器であり、人間の内面が外部へ現れる形だと思っています。

新疆の空と大地の下に立つと、自分という存在が自然の時間の中に溶け込んでいく感覚があります。

その感覚そのものを映画にしたかったんです。

ジン・イー監督プロフィール

1994年、中国・新疆生まれ。北京電影学院卒業。カザフ族をはじめとする多民族文化が共存する新疆地域で育った経験を背景に、辺境性、記憶、民族的アイデンティティ、自然と人間の関係性、 そして時間の流動性といったテーマを繊細に掘り下げる新世代の映画作家。初期から短編作品を通じて、物語性よりも感覚や空間性を重視した独自の映像言語を模索し、詩的で瞑想的な演出スタイルを確立してきた。彼の作品は、自然環境を単なる背景ではなく心理的・精神的な領域として扱う点に特徴があり、人物の内面と風景を融合させる映像美学によって国際的な注目を集めている。

長編デビュー作『ボタニスト 植物を愛する少年』(2025)は、第75回ベルリン国際映画祭ジェ ネレーション Kplus 部門でワールドプレミアを迎え、国際審査員グランプリを受賞。夢幻的な 語り口と自然主義的な映像表現が高く評価され、中国ニューアートハウス映画の新たな潮流を 担う存在として注目された。また、ビー・ガンの精神的系譜に連なる作家として言及されることも多く、時間感覚の解体や詩的なナラティブ構造などにおいて、中国現代映画の新しい表現領域を拡張する若手監督の一人として期待されている。日本の監督たちにも興味を持っていると語る彼は、最近最も注目している監督として三宅唱の 名前を挙げている。

 

アップリンク吉祥寺 ほか全国劇場にて公開

公式サイト

監督・脚本:ジン・イー

出演:イェスル・ジャセレフ、レン・ズーハン、ジャレン・ヌルダオレット、サルヘト・エラマザン、ソンハト・ジョマジャン

配給・宣伝:リアリーライクフィルムズ

[ 植物学家 The Bitanist | 2025年 | 中国映画 | カザフ語・中国語 | 96分 | アスペクト比4:3 | 5.1ch | DCP & Blu-ray ]

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