『ママと神さまとシルヴィ・バルタン』わが子に囁く母の呪文「ミチクパラ」──愛という名の贖罪。

『ママと神さまとシルヴィ・バルタン』わが子に囁く母の呪文「ミチクパラ」──愛という名の贖罪。

2026-05-12 21:32:00

献身的な母親の愛。これが藝術を生み出す一源泉なのだろう。
この作品は、マルセル・プルーストの傑作『失われた時を求めて』の現代版だ。かつて、ユダヤ人の母に過保護に育てられたプルーストが『失われた時を求めて』という文学作品を生み出したように、ロラン・ペレーズも、母エステルの死後に『ママと神さまとシルヴィ・バルタン』を生み出した。

本作は、フランスのラジオやテレビでコメンテーターとして活躍する弁護士ロラン・ペレーズの実話小説の映画化だ。映画のムードを支配するのは、1960年代後半の大衆的なフランス文化。1963年生まれのロランは、幼少期にフレンチ・ポップの洗礼をうける。ジョニー・アリデー、クロード・フランソワ、フランス・ギャルらが次々とアメリカのヒット曲をフランス語でカバーするなか、ロランが惹かれたのは、ブルガリアから移民してきた歌手、シルヴィ・バルタンだった。運命の糸に引き寄せられるように、シルヴィのすべてが、ロランの人生を大きく変えることになる。読み書きを覚えたのもシルヴィの歌によってであり、芸術・文学への扉を開いたのも彼女の音楽だった。

だが、奇跡を起こし、生まれつきの障害からロランを救い、ロランの人生を切り開いてきた真の立役者は母親のエステルだ。何度も登場する魔法の言葉「Mchikpara(ミチクパラ)」というのは、この映画の最大のキーワードでもある。これは、北アフリカのユダヤ系・アラブ系の母親が子どもに向けて言う究極の愛情表現だ。北アフリカにルーツを持つ友人にきいてみたところ、本当は「Nemchi Kapra Alik(あなたにふりかかるすべての不幸を、神よ、私が代わりに受けよう)」と言っているらしいのだが、モロッコ方言(ダリジャ)風に、「Mchikpara(ミチクパラ)」と短縮されているのだそう。

この呪文に込められているのは、「贖罪」というアラブ・ユダヤ・キリスト文化の共通の土壌で育まれる母の愛だ。神殿の祭壇で羊を屠る代わりに、母親のエステルは自分の身体・時間・人生そのものを、子どもという祭壇に捧げる。モロッコのカバリスト(ユダヤ神秘主義者)である伝説のラビBaba Sali(ババ・サリ)を敬愛し、家族のためにクスクスを作り、近所の女性たちにミントティーを振る舞い、母の愛情の比喩である甘いお菓子(おそらくはマクルートやバクラヴァ!)を周囲に振りまきながら突き進む母親・エステルは、典型的なセファルディ系ユダヤのママンだ。相手がどれほど権威を持っていても、諦めずに言葉を重ね、自らの意思を貫く姿は、頼もしくもあり、痛々しくもある。

フランス的な、西洋の近代的価値観の中で生きているロランには、母親の圧倒的な愛情は、祝福であると同時に重荷だ。葛藤に苦しむロランの姿は、現代を生きるフランス人には共感を呼ぶ。なぜなら、これはロランだけの物語ではないからだ。移民の子どもたちが常に抱える裂け目——─出身文化と移住先文化のあいだで引き裂かれる感覚——─がここに凝縮されている。エステルのような母親は、フランス中のどの街の、どのアパルトマンにも存在する。言葉は違えど、「Mchikpara(ミチクパラ)」に相当する呪文を子どもたちに囁き続けている母親たちが。

Annette Nimura-Dupuis(アネット・ニムラ=デュピュイ)

イントロダクション

監督を務めるのは、2011年に『人生、ブラボー!』でトロント国際映画祭を始め数々の映画祭で観客賞を受賞し、世界を笑いと感動に包んだケン・スコット。
本作では、特別で普遍的な原作小説に一目惚れし、前作に続いて愛と驚きが溢れる人生をユーモアたっぷりに描く。

無条件の愛情と呆れるほどの生命力の持ち主・エステルを演じるのは、セザール賞主演女優賞に2度のノミネートを果たし、絶大な信頼感と圧倒的な存在感を持ち合わせるレイラ・ベクティ。
内反足で生まれ母からの愛を真っ向から受ける息子・ロランには、フランスで最も勢いのあるコメディ俳優のジョナタン・コエン。
過去に何度も共演しており、実生活では大親友の二人が見せる息の合った演技から目が離せない。
その他ジャンヌ・バリバール(『バルバラ 〜セーヌの黑いバラ〜』)やジョセフィーヌ・ジャピ(『ラブ・セカンド・サイト はじまりは初恋のおわりから』)といった実力派俳優が集結。

人生は驚きと愛と魔法のような奇跡で満ちている。
時に強烈、時にお節介だけど、世界一パワフルな母の愛に巻き込まれて、あなたもきっと大切な(強烈な)あの人を思い出す。
フランス中が“とりこ”になった、笑って泣いて感動の実話がついに日本上陸!

ストーリー

1963年のパリ。6人きょうだいの末っ子ロランは、生まれつき内反足(足とかかとが内向きに曲がる先天性疾患)で、医師からはひとりで立って歩くことはできないと宣告されるも、パワフルでポジティブな母エステルは「いつか自分の足で歩ける日がくる」と信じ、家族や周囲の人びとを巻き込みながらロランのために治療法を求めて奔走する。
長く孤独な治療のあいだロランの心を癒やしてくれたのは、国内外で絶大な人気を誇る歌手、シルヴィ・バルタンだった。
やがて、母エステルのあふれんばかりの愛情と、ロランの“推し”であるシルヴィ・バルタンの歌の力が、とんでもない奇跡を起こす――。

ケン・スコット監督プロフィール

1970年、カナダ・ノバスコシア州生まれ。
ケベック大学モントリオール校にてコミュニケーションと脚本を学んだ後、映画の脚本執筆を開始。
2000年にケベックで最高興行成績を記録したコメディ『La Vie Apres LʼAmour(原題)』の脚本を担当し出演も果たす。
その後『大いなる休暇』(03)ではカナダ国内で7つのアワード、 続く『ロケット/Maurice Richard』(05・脚本のみ)ではカナダ国内で14のアワードを獲得。
2011年に『人生、ブラボー!』でケベック州興行成績第1位を獲得し、世界中の観客を魅了した。
その他の主な作品に、『グランド・セダクション〜小さな港の大きな嘘〜』(13)、『人生、サイコー!』(13)、『ビジネス・ウォーズ』(15)、『クローゼットに閉じこめられた僕の奇想天外な旅』(18)など。

新宿ピカデリー MOVIX京都 ほか全国劇場にて公開

公式サイト

監督・脚本:ケン・スコット

原作:ロラン・ペレーズ

撮影:ギヨーム・シフマン

音楽:二コラ・エレラ

出演:レイラ・ベクティ、ジョナタン・コエン、ジョセフィーヌ・ジャピ、シルヴィ・バルタン

2024年|フランス・カナダ|フランス語|102分|シネマスコープ|5.1ch|字幕翻訳:原田 りえ|PG12

原題:Ma mère, Dieu et Sylvie Vartan

配給:クロックワークス|特別協力:ユニフランス

© 2024 GAUMONT – EGÉRIE PRODUCTIONS – 9492-2663 QUÉBEC INC. (FILIALE DE CHRISTAL FILMS PRODUCTIONS INC.) – AMAZON MGM STUDIOS