ギィ・ジル監督作品『海辺の恋』『オー・パン・クペ』ヌーヴェルヴァーグに咲いたヒナギクのような。
”忘れ去られたヌーヴェルヴァーグの名匠”と呼ばれるギィ・ジル。ヌーヴェルヴァーグが花開いた1960年代から80年代まで、映画制作をつづけた彼の長編デビュー作『海辺の恋』と、第2作の『オー・パン・クペ』が公開となる。
*
バカンスで出会ったうら若い女性ジュヌヴィエーヴと水兵ダニエルの遠距離恋愛を描く『海辺の恋』。突然旅に出て、死を遂げてしまった恋人ジャンを想いつづける少女ジャンヌを描いた『オー・パン・クペ』。
『海辺の恋』の恋は、ほとんど待つことだ。 再会の約束、届くはずの手紙、確かに触れ合った時間を、ジュヌヴィエーヴは信じている。しかし、季節の移ろいとともにそれらはゆっくりとずれていき、やがて、何も壊れていないのに、関係だけが崩れていく。
『オー・パン・クペ』で恋は、すでに終わりを迎えている。けれど、ジャンヌはそれをまだ知らない。恋人は、死んでもなお彼女に影響しつづける。
ジュヌヴィエーヴとジャンヌ。恋人は彼女たちのそばにいないのに、その不在が、存在していること以上に濃い気配で彼女たちを包み、愛は完結しないまま残っている。
もう一つ、この二作に共通するのは、現在をモノクロで、過去や想像上の出来事をカラーで描いていることだ。
過ぎ去った時間の残像がふいに、鮮やかな色彩とともに、現在へ差し込んでくること。いま起きている出来事よりも鮮明な記憶。そういう時間の感覚を、私もどこかで知っている。
*
『オー・パン・クペ』とは、ジャンヌとジャンが待ち合わせ場所として使っていた、二人にとって思い出深いカフェの名前だ。「それは単なるカフェの名前ではなく、愛と記憶が交わる場所、そして時間が静かに止まる場所。 映画そのものが、その店のような存在であってほしい」とギィは語る。
ありふれた場所でありながら、記憶や時間が止まってしまうような場所。映画に込めたギィのささやかで純粋な願いが、60年の時を超えて、私たちに届く。
ゴダールを棘を隠しもつバラ、トリュフォーを街角に咲くミモザ、アニエス・ヴァルダを窓際を彩るゼラニウムに喩えるなら、ギィ・ジルはひっそりと、けれどどんな道端にもあるヒナギクのような存在と言えるかもしれない。
(小川のえ)
イントロダクション
“忘れ去られたヌーヴェルヴァーグの名匠”ギィ・ジル。
60年代のフランスから届いた、あまりにも美しい恋と別れ─。消えゆく青春と儚い愛を、静謐で詩的な映像に刻み込んだ2作品が、待望の日本公開を迎える。
ヌーヴェルヴァーグの陰でひっそりと花開いた、最も繊細なロマンティシズム。ギィ・ジルが描くのは、美しい風景と若者たちの恋、そして切なくも抗えぬ別離の物語である。夏の海辺、パリの街角、港町の空気に漂うのは、青春の輝きと失われゆく愛の痛み。
その映像は、時代の喧騒を越えてなお、普遍的な詩のように私たちに語りかける。
長編デビュー作『海辺の恋』と、そして第2作『オー・パン・クペ』。 アルジェリア戦争後の時代を背景に、モノクロとカラーの交錯、写真やナレーション、音楽や長回しが溶け合い、愛と喪失の記憶を刻み込む傑作である。
遠距離恋愛の残酷さ、流れるように過ぎ去る愛、人生から静かにこぼれ落ちていくものたち─その映像は儚さと甘美さを宿し、消えゆくものの美しさを珠玉の断章のように織り上げていく。
公開から60年。忘却の時を経て、いま、ギィ・ジルの詩的な映像世界が新たな光を浴びる。
『海辺の恋』
夏の海辺で愛を確かめ合うジュヌヴィエーヴと水兵ダニエル。
しかしバカンスが終わると、彼は港町ブレストへ、彼女はパリへと戻っていく。ふたりは再会を願い、手紙をつづり続ける。
そこに、アルジェリア戦争から帰還したもう1人の水兵ギイが加わり、3人の思いは静かに交錯していく。




(1964年/フランス/フランス語/73分/モノクロ・カラー/DCP)
『オー・パン・クペ』
ジャンヌは亡き恋人ジャンを思い返しながら、いまも彼の記憶とともに生きている。
ジャンは社会の秩序やブルジョワ的世界を拒み、ビート族の世界にも居場所を見いだせず、自ら死を選んだ。
彼の死を知らないジャンヌには、いつまでも彼が寄り添い、亡霊のように存在し続ける。




(1967年/フランス/フランス語/68分/モノクロ・カラー/DCP)
ギィ・ジル監督インタビュー

ギィ・ジル監督プロフィール
1938年、アルジェリアの首都アルジェ生まれ。幼い頃から映画に魅せられ、20歳で13分の初の短編『消された太陽』(1958)を監督。アルジェリア戦争下の1960年、パリへ移住。ピエール・ブロンベルジェの支援を受けて短編を数本手がけるなか、『キスの斜面で』(1959)がジャン=ピエール・メルヴィルの目に留まり、 初の長編『海辺の恋』(1963) へと結実した。製作に3年を費やしたこの自伝的作品は、ロカルノ映画祭で批評家賞を受賞し、 静かな注目を集める。長編第2作目『オー・パン・クペ』(1967)は、脚本に心を打たれたマーシャ・メリルが自ら製作会社を設立し完成。マルグリット・デュラスが「映画においてかつてなかった愛の表現」と絶賛した。第3作『地上の輝き』(1969) はイエール映画祭グランプリ、第4作『反復される不在』(1972)はジャン・ヴィゴ賞を受賞。その後も、『Le Jardin qui bascule』(1974)、『夜のアトリエ』(1987)など、詩的かつきわめて個人的な作品を撮り続けた。1980年代末、病に倒れエイズを発症。1996年2月3日、57歳で逝去した。生前はほとんど知られることがなかったが、2000年代以降、ラ・ロシェル映画祭やルサ ス映画祭、シネマテーク・フランセーズなどで回顧上映が相次ぎ、再評価の機運が高まった。
アップリンク京都 ほか全国劇場にて公開
提供:クレプスキュール フィルム、シネマ サクセション
配給:クレプスキュール フィルム