『Riceboy ライスボーイ』全員翻訳者の配給ビジネス、「カルチェアルライフ」の生存戦略

『Riceboy ライスボーイ』全員翻訳者の配給ビジネス、「カルチェアルライフ」の生存戦略

2026-04-02 12:00:00

現在、UPLINK吉祥寺のギャラリーにて展示を行っている映画『Riceboy ライスボーイ』(原題:Riceboy Sleeps)。
本作は、カナダ・バンクーバー郊外に暮らす韓国系移民の母と息子の姿を描いた物語だ。前半は移民としてのアイデンティティの葛藤を、後半は父親のルーツをたどる韓国への旅を描く構成となっており、「母と息子の記憶を16ミリフィルムで紡いだ、まばゆい感動作」という宣伝コピーの通り、深く心を動かされる傑作である。

この珠玉のインディペンデント映画を日本の観客に届けるのが、配給会社「カルチェアルライフ」だ。もともと字幕翻訳のプロフェッショナルが集まってスタートした同社は、現在、映像制作チームを含めて10名ほどの社員を抱える。
映画配給翻訳部を担うのは、チームリーダーの高橋彩氏、営業を担当する島﨑あかり氏、宣伝を担当する近田レイラ氏の3名。全員が翻訳学校の出身であり、自ら字幕翻訳を手掛けながら、買付配給業務のすべてを少人数で回している異色のチームだ。

ビッグスターや有名監督不在の作品であっても、いかにしてビジネスを成立させ、全国の劇場へ届けているのか。UPLINK代表の浅井隆が聞き手となり、カルチェアルライフの映画配給翻訳部の御三方に、本作を日本の観客に届けようと思った理由と、独立系配給としての「生存戦略」を聞いた。

【語り手】
株式会社カルチェアルライフ映画配給翻訳部
高橋 彩(チームリーダー・翻訳担当)
島﨑 あかり(営業・翻訳担当)
近田 レイラ(宣伝・翻訳担当)

■ 字幕翻訳のボランティアから映画配給会社へ

—— 翻訳のコミュニティから配給事業へスライドしていくというのは非常に珍しいアプローチですが、どのような成り立ちだったのでしょうか。

カルチェアルライフ(以下、CL): 私たちの成り立ちは映画業界の中でも少し特殊で、もともとは「字幕翻訳者」の集まりからスタートしています。代表の二階堂をはじめ、日本映像翻訳アカデミー(JVTA)の出身者が集まったのが始まりでした。最初は会社ではなく、Vimeoなどで日本語字幕のない素晴らしい海外短編映画を見つけては、監督に直接コンタクトを取り、「無料で字幕を付けさせてほしい」と直談判する翻訳ボランティアのような活動をしていました。翻訳業界は実績がないと仕事を受注するのが難しいため、まずは「実績作り」が目的だったんです。

その活動の中で、代表が『まともな男(A Decent Man)』というスイス映画に惚れ込みました。Vimeoで公開するだけでなく、日本の劇場にかけたいと権利元に直接交渉したんです。幸運にもプロデューサーが私たちの熱意を理解してくださり、异例の好条件で合意できました。この初の劇場配給という成功体験を経て、2018年5月に法人化に至りました。

■ 翻訳、宣伝物、DCPまで。徹底した「内製化」の強み

—— インディペンデント配給において、経費のコントロールは大きな課題です。組織として動きながらビジネスを成立させている秘訣はどこにあるのでしょうか。

CL: 現在、会社全体で10名ほどのスタッフがおり、私たち映画配給翻訳部が3名という体制です。私たちは、他社からの翻訳下請け業務や映像制作といった「安定した収益基盤」を持っています。
その上で、自社の配給作品に関しては、字幕の翻訳や校正はもちろんのこと、社内のデザイナーによるポスターやチラシのデザイン、予告編の制作、さらにはDCP(デジタルシネマパッケージ)の作成に至るまで、すべてを社内で「内製化」しています。宣伝・技術費などの外部発注コストを大幅に抑えられることが、経費面での私たちの最大の強みです。

■ 公開1年前からの地道な劇場営業と、作品買い付けの裏側

—— 『Riceboy ライスボーイ』は島﨑さんが見つけて交渉されたそうですが、買い付けから営業までの経緯を教えてください。

CL: 2023年の5月頃、トロント国際映画祭のラインナップで本作を見つけ、ルックの美しさに直感で惹かれました。すぐにスクリーナーを取り寄せて社内で見たところ、3人とも「これは素晴らしい!」と満場一致になり、交渉をスタートさせました。
買い付けには苦労もありました。一度は条件面で決裂し、さらに1年以上経ってから元の海外セールス会社が倒産してしまうというアクシデントに見舞われました。最終的に権利が韓国のセールス会社に移ったタイミングで再度アプローチし、ようやく契約に漕ぎ着けたんです。

スター俳優が不在のインディーズ作品をミニシアターにブッキングするのは至難の業です。そのため、1年ほど前から全国の映画館に地道に営業を行いました。実際に映画を観ていただくと、劇場の方々から「すごく良かった」という声をたくさんいただくことができ、それが私たちの大きな自信に繋がりました。

■ 「移民映画」にとどまらない、普遍的な親子愛を伝える宣伝戦略

—— カナダへ移民した韓国の親子の物語ですが、宣伝においてはどのようなアプローチを考えたのでしょうか。

CL: 「移民」というテーマだけに絞りすぎるとターゲットが狭くなってしまうと考えました。そこで、より普遍的な「親子の愛の映画」としてアプローチすることにしたんです。
本作はいわゆる「泣ける」映画ではあるのですが、ストレートに「泣ける」と打ち出すのではなく、もう少し“エモい”表現で伝えたいと考えました。そこで、試写をご覧になった方々のリアルな感想から、「涙が止まらなかった」「観たあとに、母に電話したくなった」という言葉を宣伝コピーとして採用しました。

ありがたいことにこの熱量が口コミとして広がっており、ちょうど今日(※取材日)、ラジオ番組で町山智浩さんがこの映画を熱く紹介してくださいました(TBSラジオ『こねくと』)。インフルエンサーや評論家の方々の熱量の高い言葉で広がっていくのが、今のインディペンデント映画にとって最も大切なことだと実感しています。

■ 年間4本の丁寧な配給ペースと、未来への展望

—— 最後に、今後の配給の展望について教えてください。これだけの業務を少人数で抱えながらクオリティを保つには、適切なペース配分が不可欠だと思います。

CL: 出演者や監督が日本で特別に有名でなくても、本当に良い作品を届けていくには、丁寧な宣伝と営業が必須です。そのため、私たち3人体制で「年間4本」というペースを守って配給を行っています。これ以上増やしてしまうと、1本あたりの宣伝や翻訳作業がどうしても粗くなってしまいますから。

常に先を見据えて動いており、現在はすでに「2027年秋公開」の作品のリサーチを進めているところです。ビッグスターがいない作品だからこそ、私たちが手作業で丁寧に魅力を伝え、公開に向けてじっくりと熱を帯びさせていく。これからもそのスタンスを大切に守っていきたいと考えています。

 

イントロダクション

「最初から最後まで美しい」 「涙が止まらなかった」
母と息子の記憶を16mmフィルムで紡いだ、まばゆい感動作!

監督・脚本を手がけたのは、自身も8歳で韓国からカナダに移住した経験を持つアンソニー・シム。
1990年代のカナダを舞台に、移民としてのアイデンティティの揺らぎ、親子の葛藤と再生を、16ミリフィルムの柔らかな質感と共に繊細に描いた。
トロント国際映画祭のプラットフォーム・コンペティション部門で最優秀賞を受賞し、釜山国際映画祭の観客賞やカナダ・アカデミー賞の最優秀脚本賞など
世界中の映画祭で31の賞を受賞、20以上の部門でノミネートされ話題となった。
個人の記憶に根ざしながらも、誰もが共感できる痛みと、その先に差す光をすくいとった、静かで力強い作品が誕生した。

ストーリー

1999年。あなたの本当の想いに触れて、僕は僕を知った。
ざらついた記憶に宿る故郷の景色と、母の無償の愛——

若くして恋人を亡くし未婚の母となったソヨンは、赤ん坊の息子ドンヒョンを連れてカナダのバンクーバー郊外へと移住する。
ソヨンは工場で働きながら、言葉や文化の壁、人種差別に直面する日々の中、懸命に息子を育てていく。

やがて16歳となったドンヒョンは英語名“デービッド”を名乗り、すっかりカナダでの生活になじんでいた。
しかし、彼の心の奥底では自身のルーツ、特に一度も会ったことのない父親の存在への思いが次第に募っていく。

そんなある日、二人に届いた衝撃的な知らせをきっかけに母と息子は初めて韓国へ帰郷し、悲しみの過去と対峙することになる 。

アンソニー・シム監督コメント

私は一体何者なのか?

私は純粋な韓国人でもカナダ人でもありません。
その2つが混ざり合った韓国系カナダ人(Korean-Canadian)です。
この間をつないでいるハイフンに意味があると思っています。
このハイフンこそ、私たちには他者と共有し、称えるべき独自の文化や伝統、歴史があるということを示しています。
北米や他の国々で、私と似たような痛みや苦悩を経験したハイフンでつながれた人たちに、感謝の意を示したい。
この映画はそういった想いを込めて作りました。

アンソニー・シム監督プロフィール

1986年、韓国・ソウル生まれ。
1990年代初頭に家族と共にカナダのバンクーバー郊外へ移住。
人前で話すことへの苦手意識や内気な性格を克服するため、母親の薦めで高校で演劇の授業を履修したことがきっかけで、物語を語ることの魅力に目覚め、俳優の道を志す。
その後20年近くにわたり、映画・テレビ・舞台・ボイスオーバーなど数多くの作品に出演してきた。
カナダ・バンクーバーを拠点とするBlind Pig Theatreを共同設立し、芸術監督を務めたのち、オリジナルの舞台作品の創作支援を目的としたプロジェクト「Railtown Lab」を共同設立・共同キュレーション。
その間、名門Railtown Actors Studioで演技指導を行い、バンクーバー演技スクールの大学院課程でも教鞭を執った。
2019年には初の長編映画『Daughter』(2019)を脚本・監督・編集・プロデュース。同作はバンクーバー国際映画祭でプレミア上映され、サンパウロ国際映画祭で国際プレミアを迎えた。

アップリンク吉祥寺 アップリンク京都 ほか全国劇場にて公開

公式サイト

監督:アンソニー・シム

出演:チェ・スンユン、イーサン・ファン、ドヒョン・ノエル・ファン、アンソニー・シム 他

原題:Riceboy Sleeps |カナダ|2022年|117分|カラー|英語・韓国語|フラット|5.1ch|PG12

日本語字幕:島﨑あかり|字幕監修:稲川右樹|後援:カナダ大使館

配給・宣伝:カルチュアルライフ

© 2022 Riceboy Sleeps Production Inc.