『フェザーズ  その家に巣食うもの』絶望、美しさ、悲しみ、狂気。黒い羽根をもつ者の正体とは―。

『フェザーズ その家に巣食うもの』絶望、美しさ、悲しみ、狂気。黒い羽根をもつ者の正体とは―。

2026-03-26 19:04:00

「パパ、枕に羽が落ちてた」

「枕の中に入ってるからね」

最愛の妻を亡くした絶望のなか、まだ幼い息子二人とどうにか前を向き、生活を取り戻そうする父親のもとに、ある日突然カラスが現れる。

「私の興味を引く人間はほとんどいないが、妻を失った男は別だ」

原作は、英国の作家マックス・ポーターのデビュー小説『悲しみは羽根をまとって』(桑原洋子訳/早川書房)。

「父親」「息子たち」そして「カラス」が交互に、妻について、父親について、母親について、過去の、現在の、出来事について、あるいは関係のない回想について、ばらばらに語ってゆく、詩集のような余白をもつ小説だ。

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父親

やわらかな。/かすかな。/光のように、ベビーパウダーをはたいてキスをしたあとの子どもの足のように、なでて毛足を逆立てたスエードのように、塵のように、ピンや針のように、約束のように、呪いのように、種のように、粒状にした、編み込んだ、つなげた、あるいは数えあげたものすべてのように、自然の創った暴力的で物言わぬものすべてのように。/なにもかもなくなった。いまはもう、我慢もない。”(引用)

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父親

カラスの持って生まれた自己と文化的に洗練された自己が、ひっきりなしに入れ替わるのが面白くて目が離せない。スカベンジャーと哲学者、完璧な存在である女神とただの黒い染み、カラスであるカラスと鳥であるカラス。ぼくにはそれが、死を悼むことと生きること、過去と現在を行きつ戻りしているのと全く同じに見える。ぼくがカラスから学べることは多い。”(引用)

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2015年の刊行以降、すでに36か国語で出版され、2019年には舞台化もされている。

共感を誘いながらも決して要領を得ない物語。美しさと切実さに溢れた、しかし時折おかしみが帯びる、詩のような物語。翻訳には到底向かないだろうこの物語が、なぜこれほど多くの国の言語、さらには映像言語へと広がったのか。

この物語は、カラスは、妻を亡くした父親は、母を亡くした息子たちは、悲しみは、すがる何かを求めながらも、何かに回収されそうになった途端、拒んだりふざけたりする。

カラスの正体や目的を明言せず、悲しみに対してかける言葉も決めない。

カラスはカラスであるのに何者かついに分からず、悲しみはただ悲しみであるのに、どう接するべきか分からないまま。

そういった余白が、簡単に意味へと収束されないからこそ、この物語はあらゆる言語において、それぞれの触れ方で触れることができるのかもしれない。

カラスは居座る。カラスは寄り添う。カラスは嘲る。カラスは思う。

父親は絶望する。父親は抵抗する。父親は悲しむ。父親は思う。

映画では、辛辣な声の、黒い羽根に覆われたカラスが登場するが、それでもその存在が現実なのか想像なのかは説明されない。家族に入り込み、揺らしつづける存在として現れては消える。(本当に消えたのだろうか。まだどこかにいる気がする。)悲しみのように。

でも、カラスが悲しみのメタファーなのだとしたら、あの巨きなカラスは少し挑発的すぎる。

偶然近くの屋根に止まったカラスを、一体何者なの、と睨んでみても、それは「カア」と鳴くだけだった。

(小川のえ)

イントロダクション

主演は、これまでアカデミー賞に2度ノミネートされた経験のあるベネディクト・カンバーバッチ。

『ドクター・ストレンジ』シリーズや『アベンジャーズ』シリーズなど、ハリウッドの超大作にも出演し、今や世界的地位を確立。その確かな演技力と知的でダンディな魅力で多くのファンを魅了し続け、日本でも人気が高い名優である。

原作は英国の作家、マックス・ポッターの小説『悲しみは羽根をまとって』。ノーベル文学賞受賞の韓国の作家、ハン・ガンも称賛したベストセラー小説である。

映画化を熱望した監督と意気投合したカンバーバッチは、本作では自らプロデューサーも買って出た。

特異なビジュアルとカンバーバッチの新境地とも言うべき渾身の演技、そしてファンタジーとスリラーが見事に融合した演出で観るものを釘付けにする物語が誕生した。

 

ストーリー

突然、妻に先立たれたコミック・アーティストの父。

幼い二人の息子を抱え、慣れない家事にも手をそめ、手探りで新たな生活を始めようとしていたある日、1本の謎の電話がかかってくる。

「彼女は逝ったが、私はいる」。

その正体不明の男は、その日から父につきまとい、遂には “カラス(クロウ)”となって姿を現わす。

彼がコミックとして描く生き物に似た“クロウ”。

それは現実なのか、幻なのか?最後に父が遭遇する衝撃の真実とは――。

 

ディラン・サザーン監督インタビュー

――原作のどこにひかれましたか?

この作品は男性、特にある年齢のイギリス男性が向き合うことのなかった感情に光を当てていました。

嘆きを言葉で伝えるのは難しいですが、それを語る言葉を与えてくれました。しかも、それが不条理さやブラック・ユーモア、誠実さと共に描かれていました。

私自身が喪失体験に向き合う時に大切にしている感覚と同じです。

この本は死と喪失をテーマにしながら、感傷を超えたところでそれを表現します。辛辣でありながら優しく、暴力的でありながら柔らかい。時には荒唐無稽なところもある。

そうしたトーンが重なり合うことで、これまでにない手法で人間の真実に触れることができて本当に驚きました。

――カンバーバッチの演技をどう見ていますか?

カンバーバッチは父親役を強い信念と奔放さで演じ、見る人を魅了します。とても超人的な演技です。

映画初出演の子役のリチャード・ボクソールとヘンリー・ボクソールは誰もが愛さずにはいられないでしょう。

原作者のマックス・ポッターはこの映画を献身的に支え、カメオ出演も果たしています。

彼の本の映画化は簡単ではありませんでしたが、優しさと手仕事のぬくもり、そして、愛を込めたこの映画のことを今は誇りに思っています。

 

ディラン・サザーン監督プロフィール

イギリス出身の映画監督・脚本家で、音楽ドキュメンタリーやドラマ作品を手掛ける映像作家。イギリスの人気バンド「ブラー」を追ったドキュメンタリー映画『ノー・ディスタンス・レフト・トゥ・ラン ~ア・フィルム・アバウト・ブラー~』(10)では、グラミー賞およびグリアソン賞にノミネートされた。その他、コメディアン・俳優アジズ・アンサリを追ったドキュメンタリー映画『アジズ・アンサリ: 人生は生埋め地獄』(15)や、LCDサウンドシステムのラストライブを追ったドキュメンタリー映画『Shut Up and Play the Hits』(12)などがある。NYのバンド”ストロークス”を追ったドキュメンタリー映画『Meet Me in the Bathroom』(22)はサンダンス映画祭でプレミア上映され、劇場公開後も批評家から高く評価された。

アップリンク吉祥寺 アップリンク京都 ほか全国劇場にて公開

公式サイト

監督・脚本:ディラン・サザーン

出演:ベネディクト・カンバーバッチ

 (『ドクター・ストレンジ』シリーズ、『アベンジャーズ』シリーズ、「SHERLOCK(シャーロック)」シリーズ)

原作:マックス・ポーター『悲しみは羽根をまとって』 (早川書房)

2025年/イギリス/英語/98分/4:3スタンダード/5.1ch/原題: The Thing with Feathers /

日本語字幕:伊勢田京子/提供:スターキャット/配給:スターキャットアルバトロス・フィルム 

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