『済州島四・三事件 ハラン』4月3日の外側で息づく時間へ想いを馳せて
韓国現代史において光州事件と共に隠蔽されてきた「済州四・三事件」
母と娘の命がけの逃避行が始まる
1948年4月3日、アメリカ軍政が南朝鮮の単独選挙を決定したことに対し、反発した済州島の一部島民が武装蜂起。
これに対し、政府は同年10月、海岸線から5キロ以上離れた地域に出入りする者を無条件に射殺するという布告文を発令。
村民たちは弾圧から逃れるため、漢拏山を目指す。一時的に村を出ることになったアジンは、村に残した6歳の娘ヘセンのことが心配でたまらない。
その頃、村では韓国軍が老人たちを容赦なく射殺していた。
生き残ったヘセンは、母を捜してひとり山へと向かう。奇跡的に再会した母と娘は、生き延びるため命がけの逃避行を始める──
― ― ―
私は済州島四・三事件を韓国史の教科書で知った。
韓国で過ごした学生時代、この出来事は私にとって教科書の中の出来事であり、長い歴史の一部として、どこか距離をもって受け取っていた。
表立って語られるのは政府軍と武装隊の衝突、島民の蜂起と犠牲者の数。
わかりやすく整理された言葉の奥に、命がけで子どもを守ろうとした母親の姿があることなど、想像すらしていなかった。
その無自覚の恐ろしさと情けなさを思い知らされるようにして、島に染み付いた血の意味が、胸の奥深くに刻みつけられる思いがした。
「済州島四・三事件」と聞くと、4月3日、たった1日の出来事に思えるかもしれない。
けれど実際は、1947年3月1日の出来事を発端に、実に7年7か月もの間、悲劇は繰り返された。
そのことを象徴するかのように、物語は1948年10月のシーンから始まり、1954年3月で幕を閉じる。
この演出は、4月3日の“外側”に広がる時間へ思いを向けてほしいという、ひそやかな呼びかけのように思えた。
4月5日(日)にアップリンク京都にて行った舞台挨拶で、監督は本作について次のように語っていた。
「済州島で暮らし、島の人と交流する中で、隣の家のおばあさんの6歳、16歳、26歳の姿に想いを馳せるようになりました。私たち世代からしたら事件の経験者は年配者だけれど、実際に経験した彼女たちは10代、20代だった。その当時の彼女たちが生きている姿を描きたいと思ったんです。」
(ハ・ミョンミ監督)
1945年の日本敗戦に伴い、朝鮮半島がアメリカ軍に占領統治されたときも、最初の事件が起こった3月1日も、島の人々の暮らしは確かに続いていた。
大切な家族がいて、仕事があって、毎日の営みがあった。
そこへ国家暴力が介入したとき、その日常はいかにして壊され、どれほど多くの人生が無条件に失われたのか。
そうして生じた歪みは、次の世代に何を残したのだろうか。
4月3日以前に確かに存在した日常と、後へと連なっていく世界から目をそらさずにいること——
それが、今を生きる私たちに静かに託された役目なのではないかと思った。
済州島四・三事件は、終わった出来事ではない。
土地の記憶の底に沈みながら、いまもなお、誰かの呼吸や沈黙に影を落とし続けている。
「良い世界」とは何なのか。
この作品を観る時間そのものが、その問いを静かに見つめるひとときになるだろう。
(鈴木栞)
「済州島四・三事件」とは
1945年の日本敗戦に伴い、朝鮮半島ではアメリカ軍と旧ソ連軍が進駐して占領統治が行われていたが、南朝鮮ではインフレや食糧不足が深刻化し、⺠衆の不満が募っていた。
1947年、済州島で行われた三・一節記念集会で警官の発砲により⺠間人が死亡したのを機に、島⺠はアメリカ軍政への反発を強めるが、これに対し軍政と結託した極右集団や警察による弾圧が激しさを増していく。
1948年、アメリカ軍政が南朝鮮の単独選挙を決定すると、反発した一部の島⺠が 4 月3 日に武装蜂起。
国防警備隊や韓国軍、警察、極右集団が⻑期間にわたり島⺠を弾圧した。同年 10 月に焦土化作戦が始まると弾圧は苛烈を極め、1954年9月までに 30,000人近くが犠牲になったとされる。
政府の反共路線の中で⻑らく真相が伏せられていたが、2000年、真相究明と犠牲者の名誉回復がなされることとなった。
イントロダクション
政府が繰り広げた 30,000人に及ぶ無差別虐殺
理不尽な暴力に追い詰められ極限の中を生き抜く母と娘の物語
2007年にユネスコの世界自然遺産に登録され、リゾート地としても人気の高い韓国・済州島。
だが、かつて凄惨な事件があったことはあまり知られていない。
1948年4月3日、外国勢力による干渉に反発した済州島の一部島⺠が武装蜂起する「済州島四・三事件」が発生。
政府は“討伐”と称して数多くの島⺠の虐殺を行い、1954 年までに犠牲者は 30,000人に及んだとされる。
しかし、その後も韓国政府は⻑らく事件を隠蔽し、真相究明に向けて動き出したのは、半世紀近く経った2000年のことだった。
この事件をテーマに本作を監督したのは、⻑らく商業映画の脚本家としてキャリアを積んできたハ・ミョンミ。
済州島に移住し、毎年追悼集会に参加するなかで、多くの犠牲者のうち名前も知られていない女性たちの姿を描きたいと企画。
史実を基に母と娘の物語を完成させた。
冬に漢拏山で咲く蘭〈ハラン〉のように強い人間の意志と生命力を作品名に込め、全編を済州島で撮影した。
ストーリー
日本の敗戦後、アメリカ軍政下にあった南朝鮮の済州島。
1947年3月、集会で警察官が⺠間人に発砲したのを機に島⺠の政府への反発が強まっていた。
翌 1948年4月3日、南の単独政府樹立に反対して島⺠たちが蜂起すると、政府は“討伐”と称して数多くの島⺠を虐殺する。
そして、誕生したばかりの大韓⺠国政府は 10月、漢拏山一帯に潜伏するゲリラ一掃のため、島⺠が海岸線より5キロ入った地域を通行することを禁止し、
違反者は暴徒と見なして無条件に射殺するという布告文を発令する。
済州島の村で家族と暮らしていた海女のアジン(キム・ヒャンギ)は、夫イチョルの安否を確かめるため、老いた義母と娘のヘセンを残して村⺠たちと山に向かう。
しかし、村に残った老人たちは韓国の政府軍によって銃殺されてしまう。
祖母に守られて生き残ったヘセンは、母と父を捜しに山へと向かう。
軍人が村を焼き払ったと聞いたアジンは、娘のことが心配でたまらず、村⺠たちの集団を離れてひとり下山する。
その途中、反政府の武装隊と出くわし、反撃計画に加わるよう迫られるが、なんとか逃げ出し、ついに山中で娘へセンと再会する。
ハ・ミョンミ監督コメント

この映画では、何かを主張したり結論を下すことはしていません。
ただ、耳を澄ませています。
国家暴力がどんな風に人々の生活に踏み込んでいったのか。
沈黙こそが生き延びるための術であったこと。
そして終わったとされる出来事の後、風景の中にどのように記憶が刻み込まれ続けるのか。
それらを静かに見つめています。
『ハラン』は、壊れやすく、記録されることのなかった体験を、再び消し去られないよう、抱きとめようとする試みです。
ハ・ミョンミ監督プロフィール
⻑らく商業映画の脚本家としてキャリアを積み、2023 年『Her Hobby』(原題:그녀의 취미생활)で⻑編デビュー。
第 27 回プチョン国際ファンタスティック映画祭では韓国ファンタスティック俳優賞と農協配給賞を受賞。
また、サンパウロ映画祭で新人監督賞にノミネートされたほか、釜山国際映画祭でも上映され話題となった。
2013 年に済州島に移住。
『済州島四・三事件 ハラン』は⻑編 2 作目の作品となる。






アップリンク京都 ほか全国劇場にて公開
2025年|韓国|韓国語|カラー|119分|シネスコ|5.1ch|原題:한란
出演:キム・ヒャンギ(『神と共に』2部作、『無垢なる証人』、『雪道』)、キム・ミンチェ、ソ・ヨンジュ、キム・ウォンジュン
脚本・監督:ハ・ミョンミ
プロデューサー:ヤン・ヨンヒ
撮影:オム・ヘジョン
音楽:キム・ジヘ
音響:ムン・チョルウ
編集:イ・ヨンジョン
照明:シン・テソプ
美術:キム・ジンチョル
配給:シネマスコーレ、MYSTERY PICTURES
©Whenever Studio