『これからの私たち All Shall Be Well』 誰よりも近くて遠い私たち―  喪失のあとに残る不平等

『これからの私たち All Shall Be Well』 誰よりも近くて遠い私たち― 喪失のあとに残る不平等

2026-03-07 12:17:00

香港で暮らす60代のレズビアンカップル、パットとアンジー。

長年連れ添ってきた二人に、パットの急死という形で突然の別れが訪れる。

アンジーは悲嘆に暮れる暇もなく、家族同然に過ごしてきたパットの遺族と葬儀の方法で対立。遺言状がないため、パットの遺産や二人で買ったマンションは、パットの兄が相続することになる。

共に事業を興し、公私ともに助け合い、豊かに暮らしてきた二人。
しかし同性婚が非合法の香港では、残されたアンジーに法律は何も保障してくれない。

 

2025年9月10日、海外で結婚した同性カップルに婚姻と同等の権利を一部与える制度設立に関する政府提出法案が、香港議会により否決された。

愛する人の最期に寄り添い、残された日々を故人の思い出とともに生きていく。
長い時間をかけて慈しみ、育んできた当たり前の日常。
その延長線上に立つことすら、同性同士というただそれだけの理由で許されない。

現在の法律や制度によって、LGBTQカップルの権利がいかに制限されているのか。
その重すぎる現実の壁は、作中のごく自然な「生活」の中に溶け込みながら、抗いがたい事実として私たちの心に迫ってくる。


LGBTQコミュニティの権利、住宅不足や就職難、経済格差――
本作『これからの私たち – All Shall Be Well』が扱うテーマは、一見すると複雑な物語のようにも思える。

しかし、レイ・ヨン監督が描き出すのは、きわめて普遍的な「家族」の物語だ。
スクリーンに映し出されるのは、愛する人を失い、喪失の痛みを抱えながら、それでも故人の願いを胸に日常を生きていく、ごく普通の人々の姿である。

作中では、アンジーとパットがふたりの真の関係性を公言できない場面が繰り返し描かれる。
無言の圧力、消えない偏見や差別。
見えない刃物で傷つけられながら、理解されないもどかしさを抱えて、それでも生活は続いていく。

家族と集まり節句の行事を楽しみ、ふたりで食事をし、花を生け、友人たちと酒を酌み交わす。
駆けることも、飛ぶこともない。
そこにあるのは、特別な出来事ではなく、ただ静かに積み重なっていく日々。

過ぎゆく時間のなかで、肉体を持つがゆえの苦しみに耐えながら、守るべき何かのために選択を重ねていくふたりの姿は、今ここに生きる私たちの姿でもある。

大切な人と築いてきた、たしかな時間と絆。
それでも許されない、遺された者の権利。

不公平な世界で、静かに、しかし確かな強さで生き続けようとするアンジーの姿に、私たちは「家族」とは何かを、考えずにはいられない。

(鈴木栞)

 

イントロダクション

第74回ベルリン国際映画祭テディ賞 受賞

第20回大阪アジアン映画祭 日本初上映

香港で暮らす60代のレズビアンカップルのアンジーとパットは、長年支え合って生きてきた。
しかしパットが急死したことで、葬儀や遺産を巡って、それまで良好な関係だったパットの親族とアンジーの間に溝が生まれてしまい...。

『ソク・ソク』(2019)でもゲイカップルの老後問題を描いたレイ・ヨン(楊曜愷)監督が、
同性愛に対する偏見が根深く残る香港の実状を描くと同時に、深刻な住宅不足や就職難、経済格差などの社会問題も浮かび上がらせる。

アンジーを演じるのは、『ソク・ソク』で香港金像奨助演女優賞に輝き、『星くずの片隅で』(2022)など話題作への出演が続いているパトラ・アウ(區嘉雯)。
パット役には30年以上も銀幕から遠ざかっていたマギー・リー(李琳琳)を起用。
同世代の俳優のように母親役やおばあちゃん役のイメージのないリーが、中性的な魅力を備えたパットを颯爽と演じて奏功している。

ストーリー

長年連れ添ってきたレズビアンカップル、パットとアンジー。

事業や交友関係も良好で、穏やかで安定した日々を送っていた。

しかし、これから新しいビジネスを始めて人生の次のステップを踏み出そうとしていた矢先にパットが急死してしまう。

アンジーはパットの親族――兄とその妻、結婚して2人の子供を育てる姪、未婚の甥――とも親しく付き合ってきたが、パットの死後、葬儀の形式について意見が対立。

さらに、香港の法律に従い、親族である兄がパットの遺産を相続することになる。

パットとの思い出が詰まったマンションを終の住処と考えているアンジーにとっては、到底受け入れることができない。

愛する人を失い、悲嘆に暮れるアンジーの前に立ち塞がる法律の壁と根深い偏見。

一方、暮らし向きの厳しいパットの兄夫婦とその子供たちも、それぞれの事情をかかえて葛藤していた。

レイ・ヨン監督コメント

ほとんどの人が愛する家族の死を経験し、その後に訪れる不確かで混乱した時期を経験したことがあるでしょう。
本作の主人公はレズビアンカップルですが、そのシナリオは普遍的で、誰もが深く共感できるはず。

血縁関係は、人生のパートナーよりも多くの権利を持つのか?
財産と、長年の人間関係や共有された歴史とでは、どちらがより重要なのか?

現代における「家族」の意味を問いかけることで、
香港という大都市で十分に可視化されてこなかった人々の人生に、スポットライトを当てる作品となるはずです。

レイ・ヨン監督プロフィール

コロンビア大学にて美術学修士号(MFA)を取得。
これまでに長編映画4本、短編映画8本を脚本・監督している。
3作目の長編監督作『ソク・ソク』は、2019年の釜山国際映画祭でワールドプレミア上映され、2020年のベルリン国際映画祭パノラマ部門にてヨーロッパプレミア上映。
その後、世界50以上の映画祭で上映された。
また、2000年より、現在アジアで最も長く続いているレズビアン&ゲイ映画祭である。「香港レズビアン&ゲイ映画祭」の代表を務めている。

アップリンク京都 ほか全国劇場にて公開

公式サイト

監督・脚本:レイ・ヨン(楊曜愷)

出演:パトラ・アウ(區嘉雯)、マギー・リー(李琳琳)、タイポー(太保)、ホイ・ソウイン(許素瑩)、フィッシュ・リウ(廖子妤)

2024年 / 香港 / 広東語 / 93分 / 2.35:1 / カラー / 5.1ch / 映倫区分「G」

原題:從今以後 / 英題:All Shall Be Well

協力:大阪アジアン映画祭、パレットーク、Marriage For All Japan – 結婚の自由をすべての人に

字幕翻訳:新田理恵

配給:Foggy

©2023 Mise_en_Scene_filmproduction