『オーロラの涙』寄る辺のない私たちへ。
仕事終わり、雨が降り出した。乗ってきた自転車は会社に置いたまま、傘をさし家へと歩いていく。
観たばかりの映画『オーロラの涙』のことがぼんやりと頭に浮かび、そういえば原題は『on falling』だったな、と思う。英語に明るくない私は、「雨が降っている」という意味だろうか、などと考える。移民としてスコットランドの地にやってきた登場人物たちは、その土地の雨の多さにうんざりしていたから。
家に帰り、その意味を調べてみると、「"On Falling"は主に、倒れる時に/落ちる時に/転ぶ時に、という意味」であり、「日常的には、不意の転倒や、責任が特定の人にかかる状況を表す際に非常によく使われる表現」だと、AIが教えてくれた。
そしてまた、邦題の『オーロラの涙』へと意識が戻る。作中で流されることはなかった涙や彼女が抱えていたものが、じっとりとした雨のように、私にも降りてくるような感覚をおぼえた。
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オーロラは、故郷ポルトガルからスコットランドへ渡ってきた。
毎朝、人びとに流されるようにして、ピッカーとして働く巨大な物流倉庫へ向かう。立ち並ぶ棚のあいだを何時間も歩き続け、ハンディスキャナーの指示通りに、商品を取り出していく。
帰りは同僚の車で、シェアハウスまで送ってもらう。仕事の時間がバラバラの同居人たちとは、親しくなる機会もない。
日々の孤独な繰り返しは、いつまで、どのように、続いていくのか。
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赤ちゃんの人形、カリブ海のリゾート誌、アダルトグッズ…。倉庫で彼女がピッキングしていく、どこかの誰かが求めているもの。それらはしかし、彼女には縁遠い。
欲望を運ぶ仕事をしながら、彼女自身はほとんど何も持っていない。いつしか欲望すら、どこかに置き去りにしてしまったかのようだ。
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監督のローラ・カレイラはオーロラと同じように、ポルトガルからスコットランドへ移住した経験をもつ。
スコットランドの大学に進学し、初めて仕事を得て、学業との両立に苦労するなかで彼女は、労働がいかに私たちの生活を支配しているかを実感する。そんな時、状況に縛られた人々の物語を描いたダルデンヌ兄弟やケン・ローチの作品に救われたという。
カレイラ監督は、「私にとって希望を与えてくれた映画は、その多くがとても悲しい作品でもあった」と語る。
孤独なオーロラの存在が、私たち個人の孤独を癒す、というのは少し奇妙な表現かもしれない。けれど、「『自分は一人ではない』と感じさせてくれる映画がある。そしてそんな映画を作りたい」という監督の言葉を思い返すと、この作品が静かに差し出しているものはきっと、そんな寄り添いなのではないかと思える。
そして先日の仕事帰り、雨の中でふとこの作品のことが頭をよぎったのも、そのためだったのかもしれない、と。
(小川のえ)
イントロダクション
第72回サン・セバスティアン国際映画祭で最優秀監督賞に輝いた本作は、巨大な物流センターで働く一人の女性の日常を通じて、現代社会が抱える孤独と分断を描き、その先にかすかな希望の光を見出そうとするヒューマンドラマ。
監督・脚本を手がけたのは、ポルトガルで生まれ、現在はスコットランドを拠点とするローラ・カレイラ。短編作品で “労働者の世界”を一貫して描いてきた彼女が、自身の移民としての経験を元に初長編に挑み、「途轍もなく素晴らしい」(The Guardian)、「新世代のリアリズムを切り開く傑作」(VARIETY)などと高い評価を受けた。
その才能を支えたのは、『わたしは、ダニエル・ブレイク』『家族を想うとき』などのケン・ローチ監督作品を手がけてきた製作陣。
プロの俳優とアマチュアを交えたキャスティングや、実在の労働環境に根ざしたリアリズムは、社会派映画の系譜を受け継ぎながらも、極めて現代的な感触をもたらしている。
ストーリー
スコットランドの郊外に広がる巨大な物流センター。
ポルトガルから移住したオーロラは、そこで 「ピッカー」として働いている。
スキャナーの指示に従い、無数の通路を歩き、棚から商品を取り出す。 その単調な反復が、一日の大半を占めている。同僚たちとの会話は、休憩中のほんのわずかな時間だけ。
勤務を終えると、彼女は疲れた体を引きずり、移⺠労働者たちが暮らすシェアハウスに戻る。一人きりの部屋で一息ついてから、狭いダイニングで夕食をとる。
住人同士の交流は表層的で、関係が深まることはない。寄る辺のない日々が、淡々と続いていく──。
ローラ・カレイラ監督インタビュー

──本作『オーロラの涙』は今後あなたが作っていきたい映画をどのように象徴していますか?
私たちは自分の人生を自由に選んで生きていると思いがちですが、それは幻想ではないかと気づき始めています。
実際の選択肢は驚くほど限られている。本作ではそのことに触れ、この不合理なシステムの中で生きる感覚を描きたいと思いました。
“仕事”は人生の根幹をなす要素でありながら、私たちはそれを十分に批評的に見つめてきませんでした。だからこそ、これからも私は“仕事”をテーマにした映画を作り続けたいと思っています。
私にとって希望を与えてくれた映画は、その多くはとても悲しい作品でもありましたが、自分ではうまく言葉にできなかった感情を的確に指し示してくれました。そして、「自分は一人ではない」と感じさせてくれたんです。私が作りたいのはそういう映画です。後期資本主義の中で生きる感覚に触れ、自分の内側だけでなく、外の世界を見る視点を与えてくれる作品を作りたいのです。
ローラ・カレイラ監督プロフィール
エディンバラ・カレッジ・オブ・アート(ECA)で映画を学んで以来、スコットランド・エディンバラを 拠点に活動するポルトガル出身の映画作家。初短編『RED HILL』は、第73回エディンバラ国際映画祭 でニュー・ビジョンズ賞を受賞し、2019年のBAFTAスコットランド賞の短編映画部門にノミネートされた。続く短編『THE SHIFT』は、2020年にヴェネチア国際映画祭で初上映され、インディ・リスボア映画祭でニュー・タレント賞を受賞。さらに、ヨーロッパ映画賞およびロンドン映画批評家協会賞にもノミネートされている。2022年には「Screen International」による「Rising Stars Scotland」に選出。本作『オーロラの涙』が⻑編監督デビュー作となる。現在、Sixteen FilmsおよびFilm4とともに第2作となる⻑編映画を開発中。








アップリンク京都 ほか全国劇場にて公開
監督・脚本:ローラ・カレイラ
出演:ジョアナ・サントス
原題:ON FALLING|2024年|イギリス・ポルトガル|英語・ポルトガル語|104分|1.50:1|カラー|5.1ch|日本語字幕:今井祥子|配給:マーチ
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