『私のすべて』母と息子、私と私のすべて。

『私のすべて』母と息子、私と私のすべて。

2026-02-11 08:00:00

シングルマザーのモナと、発達に遅れがある息子のジョエル。30歳を過ぎたジョエルは、障がい者の職業作業所で働いている。

小さいけれど居心地のいいアパートでのふたり暮らし。仕事のないときにはジョエルを車の助手席に乗せて、プールに泳ぎに行く。いつまでも続いていきそうな、慌ただしくも単調な、二人だけの静かな生活。

そんな生活に、大きな転機が訪れる。ジョエルが密かに交際していた、同じ作業所で働く恋人のオセアンが妊娠していることが明らかになる。

モナ自身の内に、ジョエルの中に、母と息子のあいだに、これまではなかった揺らぎが生じていく。

本作『私のすべて』が生まれるきっかけには、アンヌ=ソフィー・バイイ監督がかつて出会った、ある母娘の存在がある。それは、二人でずっと暮らしてきた80代の母親と知的障害のある60代の娘だ。認知症の症状が出始めた母親とともに娘も老人ホームに入所し、二人は一緒に暮らしつづけた。やがて母親が老衰すると、健康上なんの問題もなかった娘も、ほどなく亡くなってしまったという。

「母と子の関係の究極の形を目の当たりにした」。二人の姿について監督はそう回想する。

その母娘のあいだに監督は、自立/依存、ケアする側/される側、といった単純な線引きでは捉えきれないような形の関係を見たのだろう。

私たちは互いにどんな権利を、どんな義務を持っているのか。他者の身体や人生に対して、どこまで踏み込むことが許されるのか。誰が誰に権利を持つのか。

母娘のエピソード、そしてモナとジョエルの物語は、愛する誰かをもつ者にとって、最も切ない問いを投げかける。

息子・ジョエルと彼の恋人・オセアンを演じる俳優たちは、実際に障害をもっている。また、作中に登場する指導員や施設のスタッフはすべて、俳優ではない福祉関係者が出演している。

「障がいを『まねる』とか『演じる』という発想自体が、そもそもなかった」と話すバイイ監督だが、それは障がいのある人を起用することが前提にあった、という意味ではない。キャスティングや制作の過程において、自分は障害のあるなしで人を選んでいるのではないかと、医療従事者の家庭で育った監督は、何度も逡巡を重ねたという。

シナリオ執筆のためにESAT(福祉的就労施設)で過ごし、そこを利用する「発達が遅れている」と言われる人たちとともに時間を送るなかで監督は、「知性とは何か」という問いをこれまで以上に深く突きつけられる。

作中で登場人物の障害が具体的な病名をもって説明されることがないのも、障がいによる特性と、その人の個性によるものとを見分けることは非常に繊細な作業である、という監督の認識、思いがあるからだ。

それゆえこの物語は、あるがままの他者と向き合う、そのきわめて人間的な距離感で映し出されている。

観終えたあと、『私のすべて』というこの作品のタイトルは、献身の美しさだけでなく、その重さをも含んだ言葉として響き直す。

誰かの人生を引き受けることと、自分自身の人生を生きること。そのあいだで揺れる不確かな輪郭を探しつづけて、見つけつづけることがどういうことなのか、どうすればそれができるのか、わたしはまだ考えていたい。

(小川のえ)

イントロダクション

横浜フランス映画祭2025にて『My Everything』のタイトルで上映され好評を博した本作は、日本での劇場公開も記憶に新しい『犬の裁判』で共同脚本を務めたアンヌ=ソフィー・バイイの長編監督デビュー作。医療従事者の家庭で育ち、ケアする人とされる人の美しくも葛藤のある関係を間近で見つめてきたバイイが、自ら綿密な取材を重ね、オリジナル脚本に仕上げた。

プレミア上映されたヴェネチア国際映画祭では40歳未満の新しい感性を持った若手監督・脚本家などに贈られるオーサーズ・アンダー40賞最優秀監督賞含む3冠を受賞。フランスから現れた新たな才能だ。

突然の子離れを迫られ動揺する母モナを演じたのは、世界的人気を誇るTVシリーズ「エージェント物語」の“ノエミ”役でブレイクしたフランスの人気俳優、ロール・カラミー。モナの息子ジョエルに障がいを持つ俳優としてはじめてセザール賞有望若手男優賞の一次候補に選出されたシャルル・ペッシア・ガレット。ジョエルの恋人オセアンに演技未経験ながら施設での即興ワークショップで見出されたジュリー・フロジェを起用した。

繊細でエモーショナルなアンサンブルで描く、心の旅。人生の分岐点を通過した先に見える景色とは――

ストーリー

パリ郊外の小さなアパートに暮らすシングルマザーのモナは、発達に遅れのある30歳過ぎの息子ジョエルを女手ひとつで育ててきた。

モナはショッピングモールのビューティ・サロンで、ジョエルは障がい者のための職業作業所で働いている。

 

互いを支え合い、いたわりながら暮らしてきた二人。

ところがある日、モナは、ジョエルと同じ施設で働くオセアンが彼の子を妊娠したと聞かされる。

二人の関係を何も知らなかったモナは動揺し、母子の絆も揺らぎはじめる――

アンヌ=ソフィー・バイイ監督コメント

母親の誇らしくも不安げなシルエット、息子の不揃いな歩み、その恋人の青い瞳は開け放たれた海へと誘う。三つの身体、三つの自由を求める魂――けれど、すべてが彼らを縛り、絡め取る。

モナは成人した息子ジョエルの世話を彼が幼いころからしてきた。その「お世話」は贈り物であると同時 に呪いでもあり、二人を複雑な共依存の関係に結びつけている。

ジョエルとオセアンは「違う」。それでも、ほかの誰もがそうであるように、彼らもまた求め合い、愛し合う。そして、子どもを持つことまで考えている。

私たちは、二人が誰かをお世話する能力についてジャッジする立場にあるのだろうか?

モナの優しくも不安げなまなざしは、私の心の底にある問いの深淵を映し出す――私たちは互いにどんな権利を、どんな義務を持っているのか。

他者の身体や人生に対して、どこまで踏み込むことが許されるのか。

アンヌ=ソフィ・バイイ監督プロフィール

1990年、フランシュ=コンテ地域圏(現ブルゴーニュ=フランシュ=コンテ地域圏)生まれ。舞台や映画で俳優としてキャリアをスタートさせた後、2017年にフランス国立映像音響芸術学院(La Fémis)の監督科に入学。在学中の2018年から2021年にかけて、ドキュメンタリーとフィクション双方で、複数の短編映画を制作。作品には、集団を演出することへのこだわりや、「ケア」「母性」「親子関係」「継承」といったテーマが色濃く表れている。卒業制作である短編映画『La Ventrière』(2021)は、こうした関心が詰め込まれた作品で、フランスのクレルモン=フェラン国際短編映画祭からアメリカのテルライド映画祭まで、世界40以上の映画祭に選出され、10以上の賞を受賞している。監督活動と並行して、複数の脚本にも共同執筆者として携わる。共同脚本を務めた『犬の裁判』(2024/レティシア・ドッシュ監督)は第77回カンヌ国際映画祭ある視点部門に正式出品された。初長編監督作品となる本作は第81回ヴェネチア国際映画祭オリゾンティ部門にてコンペティション上映され、オーサーズ・アンダー40賞最優秀監督賞を受賞した。

 

アップリンク吉祥寺 アップリンク京都 ほか全国劇場にて公開

公式サイト

監督・脚本:アンヌ=ソフィー・バイイ

出演:ロール・カラミー、シャルル・ペッシア・ガレット

2024|フランス|95分|フランス語|カラー|ビスタ|5.1ch

原題:MON INSÉPARABLE/英題:My Everything

日本語字幕:岩辺いずみ

後援:在日フランス大使館/アンスティチュ・フランセ

提供:スターキャット

配給:スターキャットアルバトロス・フィルム

宣伝:エスパース・サロウ

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