『世界一不運なお針子の人生最悪な1日』選択、針と糸、その顛末。
世界一不運で、人生最悪の一日を送るのは、スイスの山間にある小さな町に住むお針子のバーバラ。
たった一人の家族だった母を亡くし、母が営んでいた刺繍店を受け継ぐも、店の経営は傾き、このままだと廃業の道をたどるしかない。
その日の朝、彼女は古くからの客の結婚式のため、ウェディングドレスの仕立て直しに呼ばれる。三度目の結婚式だというその客と一悶着してしまった彼女は、あわててお店に戻る途中、路上で血まみれになって倒れる二人の男に遭遇する。
思わず車の速度を落とし、現場をやり過ごそうとするバーバラの目に次々と飛び込んできたのは、怪しげな白い粉がこぼれ出る紙袋、いかにも大金が入っていそうなトランク、そして拳銃だった。
ふと、母の声が頭によぎる。「店を守るのよ」。「正しいことをするのよ」。「バーバラ、前に進んで」。
その言葉に押されるように、彼女は商売道具である針と糸を手に取り、行動に出る。
注意深く緻密に張りめぐらされた針と糸。だがその縫い目は、思いがけない形でみるみるほつれていく。こうして、世界一不運なお針子の、人生最悪の一日が始まる…。
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たった一つのボタンの掛け違い。それがこんなことになるなんて。
あの時ああしていれば今頃はきっと。
そんな選択と後悔の経験が誰しもあるだろう。本作の主人公バーバラも、取り返しのつかない選択をしてしまった一人だ。
人生は選択の連続だ、と言われる。けれど、不幸にも選択せざるを得なくなる、という場面もまたある。不運さが誤った選択へと導いたのか。それとも、不運さゆえにもともと不運な選択しか用意されていなかったのか。バーバラは、選択という不運に巻き込まれている気さえする。
理由も意味も見つからないまま突きつけられたように受け渡された理不尽さが、人生を決定的に変えてしまうこと。本作はその残酷さを、軽快かつ過激に描きだす。
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フレディ・マクドナルド監督は尊敬するコーエン兄弟の『ノーカントリー』(2007)に影響を受けたと語る。たしかに、広大な景色の中の麻薬取引や大金の詰まったトランク、拳銃が登場し、説明されない理不尽さに物語は振りまわされていく。
しかし、本作のもつ温度は『ノーカントリー』とは全く異なる。その理由の一つが、危険な要素とは似ても似つかない、お針子の女の子、刺繍の“喋る肖像画”、それからミシン糸の飾りがついた水色の車…といったガーリーなモチーフだ。
その可愛らしさは近ごろ人気の「編み物上映会」に相性抜群、と思ってしまう。けれど、バーバラが針と糸で起こす一心不乱の攻防を前に、観客はとても編み物どころではなくなってしまうだろう。
(小川のえ)
イントロダクション
友達なし、恋人なし、亡き母から継いだ“喋る刺繍”のお店は倒産寸前。人生崖っぷちのお針子バーバラは、ある日、麻 薬取引の現場に遭遇する...。
美しいスイスの田舎町で繰り広げられるのは、あの『ファーゴ』すら連想させる「お裁縫クライムサスペンス」。犯罪に巻き込まれていくバーバラは、商売道具である<針と糸>の力で自らの運命を切り開いていく。
監督は2000年生まれの新鋭フレディ・マクドナルド。19歳で制作した同じタイトルの短編がジョエル・コーエン監督に絶賛され、長編版(本作)の制作を勧められた。
2024年のサウス・バイ・サウスウエストを皮切りに、ロカルノやシッチェスなど世界の映画祭を沸かせた本作。
コーエン兄弟ばりのクライムサスペンスにコメディ要素も緻密に織り上げた、予測不能のストーリー展開から目が離せない。
ストーリー
スイスの山中にある小さな町でお針子をしているバーバラ。
唯一の肉親だった母を亡くし、譲り受けた“喋る刺繍”のお店は倒産寸前。
相談できる友人も恋人もいない。
ある日、常連客との約束に遅刻した上、ミスをして激怒させてしまう。
店に戻る途中、バーバラは麻薬取引の現場に遭遇する。
売人の男たちは血まみれで倒れ、道には破れた白い粉入りの紙袋、拳銃そして大金の入ったトランク。
〈完全犯罪〉〈通報〉〈見て見ぬふり〉の運命の三択がバーバラの頭をよぎる。
果たして、お店を守るために彼女が選ぶ未来とは?
フレディ・マクドナルド監督インタビュー

──この映画を作るきっかけは何だったのでしょうか、そしてどのようにして始まったのでしょうか。
すべての始まりは、ちょっとクレイジーな話なんです。
この⻑編映画は、同名の短編映画が原作です。ロサンゼルスの AFI(アメリカン・フィルム・インスティチュート)に入学する際に、「“心変わり”を5分の映像で語る」という課題が出されました。
そこで、父のフレッドと一緒にブレインストーミングをし、簡単で予算も抑えられる形で、スイスのアルプスの道路を舞台にするのはどうかという話になりました。
当時、私はスイスに住んでいて、一緒に映像制作をするのが大好きなチームを結成していました。
そこで思いついたのは、麻薬取引の失敗に遭遇した裁縫師というアイデアで、これは私の憧れのコーエン兄弟の作品にとても影響を受けたものでした。
──脚本はお父様と一緒に執筆されましたね。とても親しい方と仕事をするのはどんな感じでしたか?
幸運なことに私たちはテイストが同じなんです。
9歳の時に父がストップモーション・アニメーションを教えてくれました。
子供の頃から、暗いガレージにこもって人形を動かして撮影していたのですが、父がやって来てはフィードバックをくれました。
私が監督して、父がプロデュースする形で、脚本の執筆に関しては口論になることはほとんどありません。現場でも口論になることはありません。でも編集となると口論になることもあります。
フレディ・マクドナルド監督プロフィール
2000年アメリカ・カルフォルニア生まれ。学生アカデミー賞を受賞し、AFIコンサバトリーに最年少で監督フェローとして受け入れられる。AFI入学作品であるコンセプト実証短編『SEW TORN』を19歳で制作、ピーター・スピアーズ(『君の名前で僕を呼んで』『ノマドランド』)がエグゼクティブ・プロデューサーを務め、サーチライト・ピクチャーズが権利を取得した。『READY OR NOT』と同時上映され、アカデミー賞ノミネート作品として全米で劇場公開された。AFI卒業制作作品『SHEDDING ANGELS』は学生アカデミー賞を受賞し、英国アカデミー賞学生部門の最終候補にも選ばれた。長編映画デビュー作となる本作はSXSWでプレミア上映され、ロカルノ・ピアッツァ・グランデでヘッドライナーを務めた。







(2024年/アメリカ・スイス/英語/100分/カラー/シネスコ/5.1ch)
監督:フレディ・マクドナルド
脚本:フレディ・マクドナルド、フレッド・マクドナルド
出演:イヴ・コノリー、カルム・ワーシー、ジョン・リンチ、K・カラン、ロン・クック、トーマス・ダグラス、ヴェルナー・ビールマイアー、キャロライン・グッドオール
字幕翻訳:高橋彩
提供:キングレコード、シンカ
配給:シンカ
宣伝:プレイタイム
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