『THE END(ジ・エンド)』シェルターであり家である「舞台」で、彼らは歌いつづける─。
もはや、地表は粉々になってしまった。
富豪の3人家族は、母の旧友と執事そして医師とともに、地下の坑道にシェルターとしての豪奢な「家」を築き、暮らしている。
厚い金属扉のすぐ外側には、荒廃しきった坑道がつづき、世界の果てのような景色が広がる。
20年あまり、彼らはこの「家」で彼らなりの日常を守りつづけてきた。ところがある日彼らの前に、見知らぬひとりの少女が現れる。
ディストピアの中のユートピア。そこで歌を歌う人々に、わたしたちは何を見て、何を見たくないと思うのか。
閉ざされ歪んだユートピアで古い歌が、新しい歌が生まれていく。
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60年代のインドネシアで起きた大量虐殺事件を加害者自身に過去の行為を再演させて撮ったドキュメンタリー映画『アクト・オブ・キリング』(2014)で注目を集めたジョシュア・オッペンハイマー監督。
ドキュメンタリーというノンフィクションの手法を逆手にとって、映画という大きな虚構の中に投げ込みねじれさせるような挑発的な仕方で表現した彼が見つけた新たな手法は、ミュージカルだった。
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前述の『アクト・オブ・キリング』、そして同じ事件を被害者の側から描いた『ルック・オブ・サイレンス』(2015)を撮ったのち、3作目として「国を裏で支配する億万長者」についての映画を構想していたオッペンハイマー監督は、ある石油成金が建てたシェルターを見学する。
庭園、プール、ワインセラーそして美術作品の収蔵庫─来る災害に備えるには豪華すぎるそのシェルターの気味わるさに耐えかねた彼は、逃げるようにしてジャック・ドゥミの『シェルブールの雨傘』を観たという。
「そこで私は決意した。最後に残った人類の家族が、かつて自分たちが関わった大災害から数十年後、疑念・無意味さ・罪悪感と格闘する姿を描く、黄金時代のミュージカルを作ると。舞台は地下シェルター。ミュージカルという形式によって、後悔を和らげるための否認や妄想、幻想や虚しい希望を描くことができる。形と内容の完璧な結婚のように、稲妻のように私を打った」。
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古典的ハリウッド・ミュージカルは映画史上もっとも楽観的なジャンルだと、オッペンハイマー監督は語る。
つぶやきも叫びも健気に歌に変えてしまう楽観的な形式。悲劇的な状況に囲われているにもかかわらず楽観的な思考に走る本作『THE END』の登場人物たちは、まさにそんなミュージカルの住民だ。
悲鳴にも希求にも聞こえるその歌声はもうどこにも届かないのに、シェルターであり家である「舞台」で、歌を歌いつづける彼ら。
彼らの生活はミュージカルであるからこそ表現できることであり、同時にミュージカルであるがゆえに彼らの矛盾は宙にただよい、残酷な気配をむしろ濃くしていく。
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オッペンハイマー監督がこのミュージカルに込めたものは未来への希望か、皮肉のこもった警鐘か。
いずれにしても、これ以上現実と真実から目をそむけるつもりなら私たちは、彼らをただ哀れんだり、ましてやあざ笑ったりすることなどできないはずだ。
(小川のえ)
イントロダクション
ジョシュア・オッペンハイマー監督が贈る、世界の終焉と人間の“真実”を抉り出すミュージカル
長編デビュー作『アクト・オブ・キリング』でアカデミー賞®長編ドキュメンタリー賞にノミネートされたジョシュア・オッペンハイマーが、かつて富を享受した者が終末の世界で生き延びる様を通して我々が生きる世界に警鐘を鳴らす本作。
長編2作目の『ルック・オブ・サイレンス』に続く作品を模索する中で、初の長編フィクション作品として本作を紡いだ。
母親役には、本作のプロデューサーも務めるアカデミー賞®受賞女優ティルダ・スウィントン、父親役にマイケル・シャノン、息子役をジョージ・マッケイがそれぞれ演じ、劇中で美しい歌声を披露している。
家族の歌声は“真実”なのか、自らをも“欺く”ものなのか――。本作は、そう遠くない未来を描いた“おとぎ話”である。
ストーリー
環境破壊によって居住不可能となってから25年後の地球。
ある日、豪華な地下シェルターで暮らす富裕層の家族のもとに、外の世界からひとりの若い女性が現れる。
そのことをきっかけに、孤立しながらもルーティーンを守ってきた家族の脆い日常が静かに崩れはじめ、やがて、自らの過去と存在の真実と対峙することになる──。
ジョシュア・オッペンハイマー監督コメント

©PascalBuenning
世界の終わりとは一体どんなものなのか?
愛する人と共に生き延びることは可能なのか?
そして、世界が終わる時、私たちは何を最も大切にするのか?
これらの問いが、この映画をつくる出発点となりました。
私たちの文明は、自らを支えてきた基盤を急速に破壊しつつあり、
私たちは人類の歴史上かつてないほどの絶滅の危機にさらされています。
この映画を通して、私はその恐怖に向き合い、悲しみを抱え、
そして人生のかけがえのなさを祝い、
私たちが今、直面している喪失に取り組みたいと願いました。
『THE END(ジ・エンド)』は激しく心を打つ叙事詩であり、
愛と家族と終焉についての物語です。
―ジョシュア・オッペンハイマー
ジョシュア・オッペンハイマー監督プロフィール
1974年生まれ、アメリカ・テキサス州オースティン出身。95年より短編を撮り始め、12年に1965年から翌年にかけてインドネシアで起きた「共産主義者」の大規模な虐殺を扱った長編デビュー作のドキュメンタリー映画『アクト・オブ・キリング』でアカデミー賞®にノミネートされ、さらに13年にはガーディアン紙と Sight and Sound Film Poll から「年間最優秀映画」に選出され、ヨーロッパ映画賞、英国アカデミー賞(BAFTA)、アジア・パシフィック・スクリーン・アワード、ベルリン国際映画祭観客賞、ガーディアン最優秀映画賞を含む72の賞を受賞し注目を集める。14年には前作の姉妹編ともいえる、加害者側にカメラを向けて撮り上げた『ルック・オブ・サイレンス』を監督、再びアカデミー賞®長編ドキュメンタリー賞にノミネートされ、ベネチア国際映画祭では審査員賞をはじめとする5つの賞に輝く。本作が最新作で、初の長編フィクション作品となる。





監督:ジョシュア・オッペンハイマー
脚本:ジョシュア・オッペンハイマー ラスムス・ハイスタ―バーグ
出演:ティルダ・スウィントン ジョージ・マッケイ モーゼス・イングラム ブロナー・ギャラガー ティム・マッキナリー レニー・ジェームズ マイケル・シャノン
原題:The End/2024年/デンマーク・ドイツ・アイルランド・イタリア・イギリス・スウェーデン・アメリカ合作/148分/シネマスコープ/カラー/デジタル
字幕翻訳:松浦美奈
配給:スターキャットアルバトロス・フィルム
宣伝:東映ビデオ
©Felix Dickinson courtesy NEON
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