『最初の年:民意が生んだ、社会主義アジェンデ政権』半世紀を超えて蘇る、チリ「民意の記録」
ニューヨーク市長選でゾーラン・マムダニ氏が当選し、「民主社会主義」を標榜する若い政治家への関心が高まる一方、11月16日に大統領選を迎えるチリでは、同じく民主社会主義を掲げるボリッチ政権の退任を前に右派候補が優勢と伝えられる。世界が「民意」と「民主主義のかたち」を問い直す今、半世紀前に同じ問いがせり上がったチリの歴史が再び照射されている。
その転換点を民衆の側から記録した幻のドキュメンタリー『最初の年:民意が生んだ、社会主義アジェンデ政権』が、11月14日(金)に日本初公開される。『チリの闘い』で知られるパトリシオ・グスマン監督の長編デビュー作で、1970年に誕生したアジェンデ政権の一年目を、鉱山や農村、都市を歩きながら撮影したものだ。
当時31歳だった監督は、社会を変えようと動き出す人々の表情と声を丹念にすくい上げ、同時に改革への反発や分断の兆しも記録した。1973年の軍事クーデターでプリントが失われ“幻”となったが、半世紀後に修復され2023年に世界初上映、今回ついに日本で公開される。
アジェンデ政権は主要産業の国有化や農地改革、教育・医療の拡充などを掲げ、民衆の生活と政治を結びつけた。しかし国内外の反発は強まり、やがてクーデターへ向かう。本作はその幕開けを、市民の視点から記録したものである。監督は「民衆が初めて歴史の主体となった変化を記録したかった」と語る。
今回の公開に寄せて、作家で、クレヨンハウス主宰の落合恵子さんは「『民衆』『民意』という言葉はどうなのか? 本作を観ながら考え続けている」と記し、「わたしたちは社会を変える新しい方法を発見し続け、実践していきたい」と述べる。そして「日本に『最初の年』はいつ来るのか? 迎えにいこうか」と問いかける。
経済思想家の斎藤幸平さんは、本作を「民衆が社会をつくり変えようとする『希望の労働』の瞬間を捉えた記録」と位置づけ、「アジェンデ政権下のチリは国家を資本の支配から取り戻す“民主的社会主義”の実験場だった」と指摘する。気候危機や格差が深まる現在、「未来を諦めないために、私たちはこの『最初の年』からもう一度始めなければならない」と述べている。
政治は遠くで起こるものではなく、生活の現場で形を変え、揺れ動くものだ。55年前のチリの“一年目”は、いまの私たちへ静かだが確かな問いを投げかけている。
イントロダクション
『最初の年(El primer año)』は、チリのドキュメンタリー映画監督パトリシオ・グスマンが1972年に発表した長編デビュー作である。1970年、ラテンアメリカ史上初めて選挙で選ばれた社会主義大統領サルバドール・アジェンデが誕生し、国家規模の社会変革が始まった。本作は、その政権発足から1年間にわたる激動のプロセスを、国民の視点から丹念に描いている。
当時31歳だったグスマン監督は、映画学校卒業後すぐにチリ国内を縦断し、鉱山、農村、港、都市、学校と、あらゆる場所で人々の声を記録した。政府の政策が生活にもたらす影響、民衆の高揚感、変革への参加意識などが、鮮烈な映像と言葉によって伝えられている。社会の根底からの変化が進行する中で、既存の権力構造との軋轢や不穏な兆しも同時に記録されており、そのバランス感覚と歴史的洞察において、本作は単なる「記録」を超えた存在である。
反動勢力が動きを強めつつあった時期に、クーデターに先立って完成した『最初の年』。
そこには、いま振り返ると切なくなるほどの希望と可能性の光が満ちており、のちの作品群をいっそう胸を打つものにしている。
本作は1972年、チリで劇場公開され、後にフランスでも上映された。
その際にはフランスの映像作家であるクリス・マルケルがフランス語版を手がけた。
グスマンは後に、この作品の一部を『サルバドール・アジェンデ』(2004年)にも織り込んでいる。
だが、1973年にチリで起きた、サルバドール・アジェンデ政権を崩壊させた軍事クーデター後に多くのプリントが失われ、長きにわたって封印されていた。半世紀に及ぶグスマン監督監修下の修復作業の末、ついに再び息が吹き込まれた。映像作家のジョナス・メカスが設立者の一人であるニューヨークのアンソロジー・フィルム・アーカイヴズで、2Kレストア版が2023年9月に世界初上映された。
クーデターに燃やされた幻の一作が、日本でも遂に初公開となる。
ストーリー
1970年、大統領選で勝利したサルバドール・アジェンデは、チリにおける初の社会主義政権を樹立した。『最初の年』は、その歴史的な瞬間から始まり、国家の再編に向けて動き出す社会の姿を追っていく。
カメラは、政府の土地改革政策に呼応して行動を始めるマプチェ先住民、工業国有化の現場で働く鉱山労働者、食糧供給や教育の改善に関わる市民たちの声を捉えていく。政治とは「遠いもの」ではなく、生活と直結する実践であるという認識が、民衆の間に広まりつつある過程が描かれる。
一方で、変革に反発する保守層の動きも徐々に表面化し始め、経済的混乱や政治的不安定さの兆しが社会に影を落とし始める。
パトリシオ・グスマン監督 プロフィール

※左:ホルヘ・ミューラー撮影監督、右:パトリシオ・グスマン監督
1941年、チリ・サンティアゴ生まれ。青年期にクリス・マルケルやルイ・マルの作品に影響を受け、ドキュメンタリー映画の道を志す。チリ・カトリック大学で映画を学んだ後、スペイン・マドリードの国立映画学校(EOC)にて監督課程を修了。1971年に帰国し、本作『最初の年』を発表した。
1973年の軍事クーデターの際には拘束され、国外追放を経てヨーロッパへ亡命。キューバの支援を受けて代表作『チリの戦い』(1975〜1979)三部作を完成させ、以降も一貫してチリの歴史と記憶をテーマに作品を発表し続けている。
『サルバドール・アジェンデ』(2004)、『光のノスタルジア』
(2010)、『真珠のボタン』(2015)、『夢のアンデス』(2019)、『私の想う国』(2022)など、詩的かつ政
治的な作風で国際的評価を得る。現在はパリを拠点に活動しつつ、チリでも映画祭(FIDOCS)を主
宰。ドキュメンタリーの思想と実践を世界に問い続けている。



アップリンク吉祥寺・アップリンク京都ほかにて11月14日(金)公開
監督・脚本:パトリシオ・グスマン
プロデューサー: マリア・テレサ・グスマン
シネマトグラファー:トニョ・リオス
編集:カルロス・ピアッジオ
プロダクションマネージャー : フェリペ・オレゴ
美術:ジャン=ミシェル・フォロン
音響:マリア・エウヘニア・ロドリゲス=ペーニャ
共同製作 : ガストン・アンセロビチ、 パロマ・グスマン、オルランド・リュベルト、マリルー・マレ
プロダクションアシスタント:カルメン・ブエノ
プロダクションコーディネーター:アリス・マイユー
1972年/チリ/96分/フランス語・スペイン語/5.1ch/1:1.85/日本語字幕 比嘉世津子
原題:El primer año/英題:The first year /© 1972 Patricio Guzmán/
2K restoration and digitization with the support of the CNC (French National Centre of Cine
ma)/配給・宣伝:アップリンク