『消滅世界』村田沙耶香の小説、初の実写映画化。それは、最後のイヴが還る新しいエデン。

『消滅世界』村田沙耶香の小説、初の実写映画化。それは、最後のイヴが還る新しいエデン。

2025-11-27 08:00:00

「アダムとイヴの逆って、どう思う?」

「アダムとイヴはさ、ほら、禁断の果実を食べて、楽園から追放されただろ? 人類で最初にセックスをした男女なんじゃなかったっけ? だから、逆に人類がどんどん楽園に帰っていくようになって、最後にセックスをする男女がいるとしたらさ、それってアダムとイヴの逆だろ?」

「俺の中で、雨音って、最後のイヴっていうイメージなんだよな。皆が楽園に帰っていく中で、最後の人間としてのセックスをしている存在っていうかさ」

 

――『消滅世界』村田沙耶香

本作の原作は村田沙耶香の同名の小説『消滅世界』。

村田は2016年、『コンビニ人間』で155回芥川龍之介賞を受賞、同賞受賞作品としては異例の売上累計部数170万部を突破、30か国以上で翻訳された。

『消滅世界』は、『コンビニ人間』の直前に発表された作品だ。

恋をして愛し合って結婚して子どもを産む。そんな人類が長く信じてきたライフサイクルは古臭く、不潔で、非合理的とされ、夫婦間のセックスは禁止。恋愛は家庭の外で軽やかに行うものへと位置づけられ、妊娠は人工授精のみが許容される世界。

近未来の実験都市“エデン”では、計画的に生まれた子どもたちを住民全員で育てるという共同体が徹底され、そこでは血縁という概念のほうが奇異の対象になる…。

わたしたちが当たり前としている社会通念をぐわんと転覆させてゆくという点では地続きだが、コンビニという日常的空間を舞台にした『コンビニ人間』はむしろ異色作であり、過激でむき出しな『消滅世界』の方が、端的に“村田ワールド”そのものと言えるだろう。

小説集『殺人出産』に収められた「殺人出産」「トリプル」「清潔な結婚」など、人間の価値観を過剰なまでにデフォルメして提示する村田の初・中期の作風に近い、先鋭的で実験的な一作である。

そして、この『消滅世界』が、村田作品として初めて映像化された。

その世界で、愛し合った両親から生まれ、母親にも、実験都市"エデン”にも疑念を抱いている主人公の雨音を演じるのは、蒔田彩珠。

子役の頃から是枝裕和監督作品に出演しつづけてきた蒔田は、私たち観客に演技をみせるというよりも、画面の向こうからからこちらを静かに観察しているかのような、不思議な視線の持ち主だ。

河瀨直美監督の『朝が来る』(2020)で蒔田が演じたのは、中学生で妊娠し、手離した子どもを返してもらうために養親の家を訪れる10代の少女・ひかりだった。

ひかりと本作の雨音は、もちろん異なる人物だ。しかしなぜか、雨音を見ながら、ひかりのことを思い出す瞬間が幾度とあった。

それは、社会の枠組みからこぼれ落ちたひとりの少女がどう生きようとするのか。その問いを、蒔田がその身体の奥底で受け止めているように感じられるからかもしれない。

雨音という“最後のイヴ”を演じる蒔田の視線が、静かに問いを突きつける。正しさ、とは。

村田沙耶香の過激で精緻な世界観。そして蒔田彩珠の抑制の効いた演技。小説にはない色彩をもつ映像の中で、両者が重なり合う。「正しさ」に翻弄される”消滅世界”。不協和音のように痛切に美しく映し出されるその世界を、ぜひ映画でも味わってほしい。

(小川のえ)

イントロダクション

第46回群像新人文学賞小説部門優秀作を受賞した『授乳』を皮切りに、『ギンイロノウタ』(第31回野間文芸新人賞)、『しろいろの街の、その骨の体温の』(第26回三島由紀夫賞)、そして『コンビニ人間』で第155回芥川龍之介賞など、数々の文学賞を受賞。今、最も読むべき日本人作家のひとりである村田沙耶香が、2015年に上梓した長編小説『消滅世界』。

結婚生活に性愛が入ることを禁じられた世界で、愛し合った夫婦から生まれた少女が、自分の周りにある“普通”と自分から湧き出る欲情に向き合っていく物語だ。

SFの空気を纏い、“普通”や“正しさ”という問題に独自の視点で切り込んでいく村田沙耶香ならではの表現が成された小説が、長編映画という新たな形で表現された。

ストーリー

人工授精で、子どもを産むことが定着した世界。

そこでは、夫婦間の性行為はタブーとされ、恋や性愛の対象は「家庭の外」の恋人か、二次元キャラというのが常識に。

そんな世界で「両親が愛し合った末」に生まれた主人公・雨音は、母親に嫌悪を抱いていた。

家庭に性愛を持ち込まない清潔な結婚生活を望み、夫以外のヒトやキャラクターと恋愛を重ねる雨音。

だがその“正常”な日々は、夫と移住した実験都市・楽園(エデン)で一変するーー。

川村 誠監督インタビュー

――村田沙耶香さんの小説がメディア化されるのはこれが初めてとなりますが、『消滅世界』を映画化することになった経緯をお聞かせください。

村田さんの『消滅世界』は『コンビニ人間』の1作前の作品ですが、2015年に刊行されてすぐに読み、足元が揺らぐような衝撃を受けました。
もともと自分の映像を何か長編にしたいという思いがあったんですが、突き動かされるものがないとできないだろうなと思っていたときに、『消滅世界』に出会ったんです。
まず「常識」や「正しさ」を問うテーマの中に、少子化・恋愛・ 結婚離れ・セックスレス・二次元愛など、今考えるべき要素が内包されている点。そんな現代の合わせ鏡のようなテーマ性に衝撃を受けました。
あとは色彩を想起する部分が圧倒的に映像向きな印象を受けました。当時、母親の世界を象徴する赤と、朝靄のかかる白昼夢のようなグレーな世界が次第に漂白されていくようなイメージを抱いていました。

――村田さんとはどのように確認作業を進めていったのですか。

映画で改編している部分はありますが、原作者の村田さんが納得できないものはやらないと決めていたので、細かく打ち合わせしながら進めていきました。
構成含めなるべく原作に忠実に。何度も脚本をお送りして、気になる点はどんなことでも率直に言ってもらいながら作らせていただきました。
村田さんはこちらのクリエイティビティをすごく尊重してくださり、創作の自由を与えていただき感謝しています。
印象的なのは、「それぞれのキャラクターが持つジェンダー観や、その人物が何を正常と思っているかがぶれないようにしてほしい」という言葉。
そこは物語の根幹でもあるので、人物ごとに丁寧に設定し、演出していくことを心掛けました。

川村 誠監督プロフィール

1971年生まれ、福岡県出身。映像ディレクターとして、MTVでRadioheadやOasisなどのフェス、ライブ映像や、BOOM BOOM SATELLITES、BIGMAMAなど様々なアーティストのミュージックビデオを制作。独立し、air vision networks を設立。ミュージックビデオやCM、ショートフィルム、大河ドラマドキュメンタリーなどを手掛ける。本作で長編映画監督デビューを飾る。

アップリンク京都 ほか全国劇場にて公開

公式サイト

原作:「消滅世界」(村田沙耶香著/河出文庫)

監督・脚本:川村誠

出演:蒔田彩珠 栁俊太郎

恒松祐里 結木滉星 富田健太郎 清水尚弥 松浦りょう 岩田奏 / 山中崇 / 眞島秀和 / 霧島れいか

配給会社:NAKACHIKA PICTURES

©2025「消滅世界」製作委員会