『ぼくらの居場所』3人は、「可哀想な子どもたち」では決してない。
「ビン。起きて。お願い、起きて。ここを出るの。急いで。」。
「父親のところに行って。さっさとしなさい。急いでよ!」。
ある日の夜明け前、少年は目に涙を浮かべる母に抱きしめられながら、少女は頭を叩かれ両手にゴミ袋を縛り付けられながら、それぞれの家から逃げてゆく。
「ここにはもう住めない。分かった?安全な場所に行かないと。おいで。大丈夫だから」。少年の母親が言う。
こうして彼らはカナダ・トロント東部にある街、スカボローへと向かう。
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本作『ぼくらの居場所』は、その名のとおり「居場所」をめぐる物語だ。
原作は、街の名前を冠した小説 『Scarborough(スカボロー)』(未訳)。
スカボローにある教育センターを中心に、そこへと通う暴力的な父親から逃れてきたフィリピン人のビン、両親から育児放棄されているローラ、そして家族4人でシェルターに住む先住民の血筋を継ぐシルヴィーの3人の姿を映し出す。
また、教育センターの先生であるヒナを通して、センター自体が抱える問題、そしてスカボローに住むさまざまな住民の姿もなめらかに描いてゆく。
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原作者のキャサリン・エルナンデスは、フィリピン、スペイン、中国、インドの血を引くカナダ人の作家で、クィアであることを公表している人物だ。10歳からスカボローに暮らし、シングルマザーとして自宅で託児所を経営していた経験ももつ。
そんな彼女は映画化のため小説をもとに脚本を書き、のちに本作の監督となるシャシャ・ナカイとリッチ・ウィリアムソンの二人に宛てて手紙を送った。
監督インタビューで、「ドキュメンタリーを制作して学んだことのひとつは、自分たちが残していく痕跡に気を配って行動し導いていくべきということ」と語るシャシャ。サイレント映画時代に活躍した女優で、タイタニック号沈没事件の生存者でもあるドロシー・ギブソンを描く新作『Yarn』の制作について、「ある意味では映画制作の搾取的な本質を探究する試み」だと話すリッチ。
キャサリンが大切な自分の物語を、この二人のドキュメンタリー出身の映画作家に託した理由がわかる気がする。
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暴力、貧困、育児放棄、差別。重いテーマを扱いながら、映画の中で、ビンとローラ、そしてシルヴィーは「可哀想な子どもたち」では決してない。
小説を抜け出した3人の、ささやき声、歌声、笑い声が、映画の中で息をする。
小説『Scarborough』は、アジア系カナダ人作家が文学界に進出するための重要な登竜門としての役割を果たしているというジム・ウォン・チュー賞を受賞、映画『ぼくらの居場所』はカナダ・アカデミー賞で11部門ノミネート、8部門を受賞した。
「居場所」を求めるその声が、世界にようやく届きはじめている。
(小川のえ)
イントロダクション
監督を務めたのは、ドキュメンタリーの名手であるシャシャ・ナカイとリッチ・ウィリアムソン。
2016年に共同で制作した『Frame394』(日本未公開) は、第89回米国アカデミー賞の短編ドキュメンタリー賞のショートリストにも選出された。
本作はカナダの作家キャサリン・エルナンデスが実体験をもとに執筆したデビュー小説『Scarborough』(未訳) を自ら脚本化し、2人に持ち込んだことから制作がスタート。2人にとって初の劇映画である本作はカナダ・アカデミー賞で11部門ノミネート、8部門を受賞。国内外の映画祭で20もの賞を獲得する快挙を成し遂げた。
本作のアンサンブルキャストには物語の舞台であるスカボロー出身の俳優も多く含まれており、そのほとんどは演技未経験であった。
主役に抜擢されたのは、本作でスクリーンデビューを果たした3人の子どもたち。彼らの驚くほど自然で純真な演技が観客の心を打ち、作品に命を吹き込んでいる。
現代社会が抱える多様な問題を提起しながらも、人々の希望やコミュニティの美しさを温かく描いた傑作が誕生した。
ストーリー
多様な文化を持つ人々が多く暮らす、カナダ・トロント東部に位置するスカボロー。
そこに暮らす3人の子供たち。
精神疾患を抱えた父親の暴力から逃げるようにスカボローにやって来たフィリピン人のビン。
家族4人でシェルターに暮らす先住民の血を引くシルヴィー。
そしてネグレクトされ両親に翻弄され続けるローラ。
そんな彼らが安心して過ごせる場所は、ソーシャルワーカーのヒナが責任者を務める教育センターだった。
厳しい環境下で生きながらも、ささやかなきずなを育んでいく3人だったのだが...。
シャシャ・ナカイ&リッチ・ウィリアムソン監督インタビュー
©Kenya-Jade Pinto / Courtesy of Compy Films
――原作にはない、映画オリジナルのシーンはあるか? もしあれば、そのシーンを加えた理由も教えてください。
リッチ監督:シーンの間を埋めるためや、人物像を掘り下げるためにシーンをいくつか追加したと思います。ビンとシルヴィーなど、2人の登場人物がお互いを知っていく様子を撮るときにアドリブを使ったこともありましたが、あまりシーンは付け足していません。
本当に大変だったのは、小説で共感を呼ぶように描かれていたシーンをカットしなければいけないことです。
原作の中で、シルヴィーの住むシェルター(モーテルの中に作らなくてはいけなかったんです)には、彼女にとっての姉のような存在がいました。映画やシルヴィーのことを考えたら、いまでもあの登場人物を取り入れても良かったと思っています。
シャシャ監督:脚本は何度も書き直しを行い、異なるバージョンの物語をいくつも作りました。どこで小説を終わらせ、どこから映画を始めさせるかを決めるのがとても難しかったです!
キャサリンが映画のためだけに書き足してくれたシーンもありましたが、様々な理由でカットしたり、変更したりせざるを得ませんでした。それはごく自然なプロセスであり、限られた予算の中で、物語のためにベストを尽くした結果でした。
シャシャ・ナカイ監督プロフィール

©Kenya-Jade Pinto
フィリピン生まれ、ナイジェリア育ち。留学生として2003年に渡加し、トロント州立大学(旧ライアン大学)でジャーナリズムを専攻した。2011年にパートナーであるリッチ・ウィリアムソンと共に「Compy Films」を立ち上げる。彼女が手掛けたドキュメンタリー作品はイギリスBBC、カナダ CBC 等でも放映された。ナカイがプロデュース、ウィリアムソンが監督を務めた『Frame394』(2016/ 日本未公開 ) は第89回米国アカデミー賞の短編ドキュメンタリー賞のショートリストに選出され、ニューヨーク近代美術館(MoMA)でも上映された。10年以上にわたり、ドキュメンタリーを制作し続け、監督のほかプロデューサーとしても活躍している。
リッチ・ウィリアムソン監督プロフィール

©Kenya-Jade Pinto
トロント州立大学(旧ライアン大学)で映画撮影・編集を専攻。フィクションとドキュメンタリーの撮影技法を融合させ、社会問題に焦点を当てた作品を撮り続けてきた。これまでの作品は世界各国の映画祭で上映され、テレビ放送やiTunes配信をはじめ、イギリスBBC、カナダCBC、ショート・オブ・ザ・ウィーク、ザ・ハリウッド・ リポーターなど多くのメディアでり上げられ、話題を呼んだ。本作では予算が限られていたこともあり撮影と編集を自ら担当。カナダ映画編集賞では最優秀賞を獲得した。








監督:シャシャ・ナカイ、リッチ・ウィリアムソン
出演:リアム・ディアス、エッセンス・フォックス、アンナ・クレア・ベイテル 他
原題:Scarborough|カナダ|2021 年|138 分|カラー|英語|スコープ|5.1ch|G
日本語字幕:島﨑あかり|後援:カナダ大使館|配給・宣伝:カルチュアルライフ
© 2021 2647287 Ontario Inc. for Compy Films Inc.