『サムシング・ハプンズ・トゥ・ミー』何かが起こる。その気配がへばりつく先に…。

『サムシング・ハプンズ・トゥ・ミー』何かが起こる。その気配がへばりつく先に…。

2025-10-28 08:00:00

幼い頃母を亡くし、いまは介護が必要な父と二人暮らしをするルシア。勤めていたIT企業で横領事件が発覚し、突然に職を失ってしまう。不払いの給料を取り戻すため法律事務所を訪れた帰り道、彼女は一台のタクシーに乗り込む。その車内で、母がタクシーに乗るのを好んでいたことを思い出し、タクシー運転手に転身することを決める─。

映画の予告編に掲げられた、「ヒッチコック経由のシャンタル・アケルマン」(Film Obsessive)とは、こういうことだったのか。

シャンタル・アケルマンが『ジャンヌ・ディエルマン ブリュッセル1080、コメルス河畔通り23番地』(1975)でジャンヌの単調で整えられた生活を観察するかのように描いたように、メンデス・エスパルサ監督もまた、ルシアの日常を淡々と切り取る。けれどその繰り返しの中に、ヒッチコック作品のような見えない緊張が静かに持続している…。

そして、エスパルサ監督は、ジャンヌにはなかったルシアの唐突な笑みや、他者に向かう社交性で、アケルマン的沈黙を何度も破っていく。

「サムシング・ハプンズ・トゥ・ミー(何かがわたしに起こる)」。

 ”何か” が示す、具体的な事象─物語のラストに起こる出来事─ではなくむしろ、 ”何かが起こる” という文全体、この映画全体を覆う気配の持続それ自体に注目すべきなのだろう。

結末や結果に依らず何かが起こる気配を描きつづけること。それこそサスペンス映画のほんとうの醍醐味と言えるのではないだろうか。

(小川のえ)

イントロダクション

監督は2012年に『ヒア・アンド・ゼア』でカンヌ国際映画祭批評家週間グランプリ、2017年に『ライフ・アンド・ナッシング・モア』でインディペンデント・スピリット賞ジョン・カサヴェテス賞を受賞したアントニオ・メンデス・エスパルサ。フアン・ホセ・ミリャスの原作を『リベルタード』のクララ・ロケットと共同で脚色した。

また、カルロス・ベルムト監督作品『マジカル・ガール』(2014)、『マンティコア 怪物』(2022)などで知られるAquí y Allí Filmsによる制作で、16mmフィルムで撮影されたざらついた質感とゼルティア・モンテスによる不穏な旋律が、ロマンスとサスペンスが交錯する本作の世界観を支える。

主人公のルシアを演じたマレーナ・アルテリオは、ゴヤ賞をはじめ多数の主演女優賞を受賞した。そして『パラレル・マザーズ』(2021)、『マシニスト』(2004)などで知られる名優アイタナ・サンチェス=ヒホンが共演し、圧倒的な存在感を放つ。

ストーリー

マドリードで老いた父と暮らすルシアは、勤め先の会社が横領事件で倒産し、大きな転機を迎える。

タクシー運転手に転身した彼女を待っていたのは、個性豊かな乗客たちとの出会いだった。

ルシアは、かつて「トゥーランドット」のアリア〈誰も寝てはならぬ〉に導かれて出会った謎めいた隣人に思いを寄せていた。

彼は自分を「トゥーランドット」の王子になぞらえて、“カラフ”と名乗り忽然と姿を消した。

ルシアは自らを姫に重ね合わせて、いつか彼がタクシーに乗り込むことを夢見るが……。

アントニオ・メンデス・エスパルサ監督メッセージ

『サムシング・ハプンズ・トゥ・ミー』は、マドリードを舞台に現実味のあるストレートな演出で構成されたロードムービーです。

魅力あふれるマレーナ・アルテリオ演じるルシアの世界と、彼女と奇妙な人物たちとの偶然の出会いが物語の要です。現実とフィクションのはざまで発進と停車を繰り返すタクシーのハンドルに、思いがけず人生をゆだねることになった中年女性の姿を描いています。

撮影地は、スペインのウセラ近郊です。フアン・ホセ・ミリャスの同名小説をクララ・ロケと共同で脚色しました。

小説は1ページ目からリアルなマドリードへと読者を誘い、先の読めない緻密でユーモアに富んだ対話で引き込みます。フロリダに拠点を移してから20年で3本の長編映画を制作しましたが、今回ようやく故郷マドリードで撮影できたことに喜びを感じました。活気に満ちた多彩な街マドリードは、人々の夢や刺激が渦巻く中で、常に真実を映し出します。

「何かが起こる。」

劇中に登場するルシアの役はそう自分に言い聞かせます。そして、それは実際に起こるのです。

マドリードの通りを歩く多くの見知らぬ女性たちが、幻想、狂乱、冒険に身を任せて変わっていくようにルシアも生まれ変わります。日常をこなすだけの自分を目立たぬ惨めな存在と認識していた彼女が、堂々と表舞台に出ることを決心するのです。

アップリンク京都 ほか全国劇場にて公開

公式サイト

監督:アントニオ・メンデス・エスパルサ

出演:マレーナ・アルテリオ、アイタナ・サンチェス=ヒホン、ロドリゴ・ポイソン、ホセ・ルイス・トリホ、マリオナ・リバス、マヌエル・デ・ブラスほか

2023年/スペイン、ルーマニア/スペイン語/122分/カラー/アメリカンビスタ/5.1ch/原題:Que nadie duerma/字幕翻訳:杉田洋子/R15+/配給:反射光/配給協力:エクストリー

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