『さよなら、ベルリン またはファビアンの選択について』世界中があの時代と同じではというグラフ監督

『さよなら、ベルリン またはファビアンの選択について』世界中があの時代と同じではというグラフ監督

2022-06-22 12:11:00

児童文学『飛ぶ教室』で知られるエーリヒ・ケストナーの大人向け長編小説『ファビアン あるモラリストの物語』をドミニク・グラフ監督が映画化。

ナチズムが台頭する1931年。冒頭、現在のベルリンの地下鉄駅からカメラはトラベリング・ショットで移動し地上にでるとそこは、1931年のベルリンの街角、作家志望の32歳の青年ファビアンが立っていた。

スクリーンサイズは1931年当時のスタンダードサイズ1:1.33。さらに、スーパー8で撮影された映像と、30年代当時のモノクロのニュース映像が、デジタルビデオで撮影され自在に移動するカメラワークのクリアな映像に挟み込まれ、観客の視覚と感情を3時間以上飽きることなく惹きつける。

監督曰く「結局いつの時代も同じなのだ。若い人たちはいつも、素晴らしい”新たな時代”がこれからやってくると教えこまれる。そして彼らは政界の興行師、エンターテイナー、闇商人たちの言葉に勇気づけられて̶今や自分たちは本当のチャンスを手に入れたのだと思い込む」。

ナチズムが台頭する30年代ベルリンを舞台にした映画だが、69歳のグラフ監督自身が体験してきたであろう、反体制運動の60年代、カウンター・カルチャーの70年代のモラルを逸脱した自由とエネルギーをも感じさせる描写に、ナレーションも男女の声を使うなど饒舌に刺激的に描く映画だ。

グラフ監督は「現代が当時の社会状況に似ているとあなたは感じますか?」という問いに次のように答える。

「はい、その通りです。危機的な政治状況のために、ドイツでは今再び、ワイマール共和国への関心が急激に高まっています。私は間違いなく2022年のドイツ社会をワイマールと重ね合わせています。あのポーランドや右翼・左翼の間で引き裂かれ、政治が麻痺した共和国と。しかし今、ドイツだけではなく、世界中のほとんど全ての場所が同じ状況にあると言えるのではないでしょうか」

スマホが出てこない、室内で煙草を吸っているという現在との違いはあるが、圧倒的に現在を描いた映画が『さよなら、ベルリン またはファビアンの選択について』といえるだろう。

ドミニク・グラフ監督

1952年、ミュンヘン生まれ。ミュンヘンTV映画大学を卒業後、脚本家・監督として活動を始め、1979 年に長編映画監督デビュー。シネフィル的なジャンル映画への指向を持った才能で高く評価され、 バイエルンやブリュッセルなどの映画祭で受賞。1994年に大予算の犯罪映画「Die Sieger(The Invincibles)」を手掛けた際にプロデユーサーと衝突し、以来、テレビ映画を中心に活躍。グラフのテレビ映画は評価の高いものばかりで、ドイツの最も権威あるテレビ賞であるアドルフ・グリメ賞やドイツテレビ賞など数多の賞に輝いている。 

ベルリン国際映画祭には本作に加え、『Der Felsen(AMapofHeart)』(2002)、『Die geliebten Schwestern(Beloved Sisters)』(2014)の3作品がコンペ部門に出品され 、本作は『Diegeliebten Schwestern』以来の劇場長編映画となる。長年のパートナーはアカデミー外国語映画賞受賞の『名もなきアフリカの地で』 (2002)などで知られるカロリーネ・リンク監督。 

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主演トム・シリング オフィシャルインタビュー

──ケストナーの原作は、出演が決まる前から知っていましたか?

トム・シリング(以下TS):この映画に関わる前は、ケストナーにあまり詳しくなかったけれど、ドイツの人間ならケストナーを知らない人はいないんだ。だから僕も『飛ぶ教室』とか『点子ちゃんとアントン』なんかは読んでいたよ。大人向け小説があることも知っていたし、それがとても重要なものであることも知っていた。でもこの小説自体は読んではいなかったんだ。読んでみて感じたのは、もしかしたら、この小説こそもっともケストナーにとってパーソナルな小説なのかもしれないということ。映画の主人公のファビアンも小説家になろうとしているからね。

──この映画の時代設定は、私たちが今生きている世界と関連していると思いますか?

TS:そう思うよ。第二次世界大戦前のドイツの政治的な議論には、何か憎悪のようなものが存在していると思う。それが、僕たちの時代に重なるものがあるように感じている。なんらかの理由によって、僕たちはヒステリー状態に追い込まれるんだ。多くの人は理性的だとは思うけど、状況、社会、報道機関、ソーシャルメディアが、僕らを憎悪へと追い込んでいる気がする。

──あなたの映画の多くはベルリンと強いつながりがありますね。映画を通して、街とその歴史を発見していますか?

TS:それはまったくの偶然、と答えようかと思ったけど、多分、僕自身のバイオグラフィーが僕が演じられるキャラクターと関係があるんだと思う。僕は東ドイツ生まれで、ドイツ民主共和国で7年間、暮らしていた。壁が崩れた後、僕はすべての変化を経験した。おそらくは、その経験が特定のキャラクターを描写する僕の能力に何かを与えてくれたんだろうね。

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ストーリー

時代は1931年のベルリン。狂騒と頽廃の20年代から出口のない不況へ、人々の心に生まれた空虚な隙間に入り込むように、ひたひたとナチスの足音が聞こえてくる。どこか現代にも重なる時代、作家を志してベルリンにやってきたファビアンはどこへ行くべきか惑い、立ち尽くす。コルネリアとの恋。ただ一人の「親友」ラブーデの破滅。コルネリアは女優を目指しファビアンの元を離れるが……。

 

予告編

 

公式サイト

6月10日よりBunkamuraル・シネマほか全国順次公開
6月24日よりアップリンク吉祥寺にて上映

監督:ドミニク・グラフ
原作:エーリヒ・ケストナー「ファビアン あるモラリストの物語」(みすず書房)
出演:トム・シリング(『コーヒーをめぐる冒険』『ピエロがお前を嘲笑う』『ある画家の数奇な運命』)、ザスキア・ローゼンダール(『さよなら、アドルフ』『ある画家の数奇な運命』)

2021年/ドイツ/178分/スタンダード/PG12/英題:Fabian - Going to the Dogs

字幕:吉川美奈子
配給:ムヴィオラ

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