『ジュリーは沈黙したままで』彼女の静寂の中、葛藤や孤独が立てる音。
ベルギーのテニスクラブに所属する15歳の少女、ジュリー。将来を有望視されているジュリーは、ベルギー・テニス協会の選抜入りテストを間近に控えている。しかしある日、同じクラブの選手、アリーヌが自ら命を絶ってしまう。この出来事をきっかけにジュリーの担当コーチ、ジェレミーが指導停止となる。クラブはアリーヌの死とジェレミーの指導のあいだに関係があるのか調査するため、全選手に面談を実施する。しかし、ジュリーは頑なに、面談を避けつづける...。
*
2024年のカンヌ国際映画祭批評家週間でプレミア上映された本作『ジュリーは沈黙したままで』は、テニスプレーヤーの大坂なおみ選手がエグゼクティブ・プロデューサーを務めたことでも話題を集めている。
大坂選手は、グランドスラム四度の優勝をはじめ輝かしい成績を収める一方、アスリートのメンタルヘルスの重要性を公言してきた人物でもある。本作のレオナルド・ヴァン・デイル監督は大坂選手のその姿勢に大きく感銘を受けており、大坂選手もまた本作の主人公・ジュリーの境遇に深く共鳴したことで、エグゼクティブプロデューサーとしての参加が決まった。
*
SNSが普及してから、Me too運動やLGBTQ+権利運動など、ハッシュタグをつけることにより個人の発信が大きな流れを生み出すようになった現代。SNSの力といえど、弱い立場の人が、勇気を出し、声をあげたことによって、社会的な動きに発展していることは確かだ。
本作のジュリーは子どもで、社会の中で相対的に強いか弱いかという存在ではなく、絶対的に小さな存在である。その彼女を通して、映画は声を上げることと沈黙すること、それぞれがもつ難しさ、賢さ、優しさを探ってゆく。
沈黙すること、沈黙しないこと。声を上げること、上げないこと。
「ジュリーが沈黙する姿を見て、なぜ沈黙するのか耳を傾けてほしい。」というレオナルド監督の言葉の通り、この映画がひたすら追い、描くのはジュリーの沈黙であり、彼女の静寂の中で渦巻く葛藤や孤独が立てる音に、わたしは口を挟むことなく注意深く耳を澄ませなければならないのだ、と思う。
*
静かで真剣な沈黙についての思索であるこの映画は同時に、映像と音楽の美しさも大きな魅力だ。
VICE誌でファッション・エディターをしていたレオナルド監督ならではの、ファッションのブランデッドムービーのように洗練された画づくり。そしてその落ち着いた美しい映像とひとつになるように重なる音楽。流れるほどにジュリーの静寂と共存しているような心地になるこの音楽は、グラミー賞を数回受賞し、近年では映画『TAR/ター』にも参加した作曲家、キャロライン・ショウが手がけた。レオナルド監督は映画全体を形作る上で特に重要だったものとしてショウの音楽について一番に挙げ、この音楽あってこそこの映画が実現したとも語っている。
*
どうか、エンドクレジットが終わるまで、『ジュリーは沈黙したままで』が本当に終わりを遂げるまで、沈黙の行く先を見届けてほしい。
(小川のえ)
イントロダクション
『Girl/ガール』(18)、『CLOSE/クロース』(22)のルーカス・ドンに続くベルギーの新鋭、レオナルド・ヴァン・デイルの長編デビューとなる本作は、2024年カンヌ批評家週間でプレミア上映されてSACD賞を受賞。さらに2025年アカデミー賞国際長編映画賞のベルギー代表にも選出され、今もなお世界的に脚光を浴び続けている。
カンヌ国際映画祭コンペティション部門に出品されて注目を集めた短編『STEPHANIE』(20)では、ケガを隠して競技を続ける12歳の体操選手を描き、その延長線上にある本作においても、ヴァン・デイル監督はスポーツ界で子どもが「小さな大人」として扱われる現実に強い問題意識を投げかける。
そんな本作の共同プロデューサーとして名を連ねるのは、社会問題に光を当て続けてきたベルギーの巨匠ダルデンヌ兄弟。また、この物語に共感を示したテニス界のスター・大坂なおみが、エグゼクティブ・プロデューサーとして公式に後押しする。
ヴァン・デイル監督もまた、大坂がメンタルヘルスの重要性を訴えたことに大きく感銘を受け、「彼女が声を上げてくれたことで、世界中の少女たちに“NOと言う選択肢”が開かれた。本当に価値あることです」と語っている。
ストーリー
ベルギーのテニス・アカデミーに所属する15歳のジュリーは、その実力によって奨学金を獲得し、いくつもの試合に勝利してきた、将来を有望視されているプレーヤーだ。
しかし、ある日とつぜん担当コーチのジェレミーが指導停止になったことを知らされると、彼の教え子であるアリーヌが不可解な状況下で自ら命を絶った事件を巡って不穏な噂が立ちはじめる。
ベルギー・テニス協会の選抜入りテストを間近に控えるなか、クラブに所属する全選手を対象にジェレミーについてのヒアリングが行われ、彼と最も近しい関係だったジュリーには大きな負担がのしかかる。
テニスに支障を来さないよう日々のルーティンを崩さず、熱心にトレーニングに打ち込み続けるジュリーだったが、なぜかジェレミーに関する調査には沈黙を続け......。
レオナルド・ヴァン・デイル監督インタビュー
© Aurelie Lamachere
――声を上げるのではなく沈黙を守る主人公を物語の中心に据えたのはどうしてですか?
ジュリーが主体性を少しずつ取り戻し、前に進む物語を描きたかったのです。
ジュリーが沈黙しようと決断した裏は彼女なりの自立心と反抗心があり、映画はジュリーのペースで進みます。周囲の圧力には屈しません。
物語が進むにつれジュリーは現代のヒロインとして姿を現し、私たちの時代を形作る、隠れた圧力や不正に光を当てていきます。
ジュリーはアンティゴネのようにノーと言う勇気を持っています。声を上げることを求める世界で彼女は沈黙を貫き、その沈黙によって世界は彼女に耳を傾けるようになるのです。
沈黙は暴力的にもなりえます。少しずつ自分自身の感覚をむしばんでいきます。しかし、声を上げることも深く傷つける結果を招くことがあります。
このジレンマに直面した時、どのように決断すべきでしょうか?
沈黙するか、声を上げるか。どちらを選んでも何かを失う恐れがあります。
つまるところ、『ジュリーは沈黙したままで』が描いているのは「生きるべきか、死ぬべきか?」という実存的な問いなのです。
レオナルド・ヴァン・デイル監督プロフィール
べルギーの映画監督。独特で、観客に考えさせる物語性で知られる。短編『Stephanie (原題)』(2020年)はカンヌ国際映画祭でプレミア上映され、過酷なプレッシャーに直面する若い体操選手を掘り下げて撮り注目を集めた。長編『Julie Keeps Quiet』は2024年のカンヌ国際映画祭批評家週間でプレミア上映。困難に直面する中で沈黙し、立ち上がろうとする主人公を描き、さらなる才能を示した。この映画が持つ力強いメッセージに感動したテニス選手の大坂なおみが製作総指揮に参加したことで世界的に注目を集めた。主要メディアからも高く評価されている。ガーディアンは感情面の深さを絶賛。バラエティは繊細な人物描写を称賛し、ハリウッド・レポーターはヴァン・デイル監督の細部へのこだわりに注目した。Letterboxdではカンヌで観るべき映画トップ10の1本として紹介されている。現在は新たな長編映画の脚本を執筆中。コート内外で声を届け重要な議論を生み出そうと目指している。元はVICE誌でファッション・エディターをしていたほどのファッション好きでもある。
アップリンク吉祥寺 ほか全国劇場にて公開
監督:レオナルド・ヴァン・デイル
出演:テッサ・ヴァン・デン・ブルック、クレール・ボドソン、ピエール・ジェルヴェー、ローラン・カロンほか
2024|ベルギー・スウェーデン合作|オランダ語・フランス語・ドイツ語|100分|カラー|5.1ch|1.85:1|原題:Julie zwijgt | 日本語字幕:橋本裕充
配給:オデッサ・エンタテインメント
© 2024, DE WERELDVREDE