『テレビの中に入りたい』謎説き映画ではなく、観客の胸の奥に光るものを見つける映画
90年代のアメリカ郊外。孤独な少年オウエンと年上の少女マディは、深夜に放送される番組「ピンク・オペーク」に心を奪われていた。二人のヒロインが毎週、怪物と戦うその物語は、彼らにとって現実から逃げ込める唯一の避難所。しかし番組は唐突に終わり、マディは忽然と姿を消す。残されたオウエンは「自分はいったい何者なのか」という問いに囚われ続け、やがて胸の奥に“光るテレビ”を見出すことになる。
監督ジェーン・シェーンブルンは、この映画を「卵を割る映画」と語る。長く押し殺してきた自分と向き合う瞬間の恐怖と救い。その比喩を「テレビの輝き」に託し、観客の内奥に潜む感覚を照らし出す。
“若い頃、私は画面の中に逃げていた。ファンであることが防衛機制だったんです。そして後になって、それがカミングアウトの比喩でもあると気づいた。”
映像は35mmフィルムの鮮烈な色彩と、VHSのぼやけた質感が交錯し、現実と幻想の境界を漂わせる。その甘美で不穏な世界は、90年代に数多く生まれた「ティーンの心の痛みと幻想を織り交ぜた青春映画」の系譜に連なりながら、現代的な感覚で更新された“新しいカルト映画”として受け止められている。デヴィッド・リンチの『ツイン・ピークス』を思わせるような不条理と郊外の悪夢的な空気を纏いつつも、ここで描かれるのは謎解きではなく、自分の中に宿る光と出会う瞬間だ。
海外批評も熱狂的だ。Empire誌は「クィア映画の新時代を告げる衝撃的で心を揺さぶる作品」と絶賛し、Little White Liesは「孤独と隔絶感を描く不穏な傑作」と評した。RogerEbert.comは「オウエンの名付けられない苦悩を映し出す“窓”」と書き、Bloody Disgustingは「90年代ノスタルジーと超現実的映像に包まれた、アイデンティティの多層的な肖像」とまとめている。
日本の観客には「ピンク・オペーク」という番組は未知の存在だろう。しかし考えてみてほしい。これは毎週妖怪が登場する物語でもある。子どもが夜ふけに耳を澄ませて聞いた怪談のように、その怪物たちは異界からの来訪者として現れ、視聴者を不安と魅惑で包み込む。つまり『I Saw the TV Glow』は、アメリカのテレビ文化を素材にした“現代の妖怪譚”としても楽しむことができるのだ。
シェーンブルンのデビュー作『We’re All Going to the World’s Fair』は、オンライン世界に閉じこもる若者を描いたローファイ・ホラーであり、彼女自身の“スクリーン三部作”の第一章。本作はその延長線上にあり、舞台をアナログな90年代のテレビ文化へと移し、より直接的に“牢獄からの脱出”を描く。
テレビの光、怪談のざわめき、青春の孤独とアイデンティティの痛み。『テレビの中に入りたい』は、スクリーンに映る異界を通して、観客自身の心に潜む影と光を照らし出す。
最後に残る問いはひとつ――あなたの胸の奥にも、あの“テレビの輝き”は宿っているだろうか?
(TI)
イントロダクション
第77回ベルリン国際映画祭 パノラマ部門正式出品作
人気スタジオ、A24が贈る新たな傑作。物語の起点となるのは90年代のアメリカ郊外。閉塞した日常をやり過ごしながら、自分のアイデンティティにもがく若者たちの、切なく幻想的な青春メランコリック・スリラーが魅惑の映像世界と共に展開する。
監督&脚本を手掛けたのは注目の新進気鋭、ジェーン・シェーンブルン監督(1987年生まれ)。 トランス女性でノンバイナリーであることを公表しているシェーンブルンは、クィア映画の果敢な推進者でもある。また同時に、社会的に見せている自分と“本当の自分”のズレという本作にこめられた主題は、誰もが少なからず持つ普遍的なジレンマの形だ。シェーンブルンは多感な思春期の頃に出会ったカルチャーやフィクションを、自分自身や自分の心を見つける場所として設定し、魂の“牢獄”からの脱出というテーマをロマンティックな美しさをたたえて描き出した。
A24と共同製作を務めるのは、俳優エマ・ストーンが設立した映画制作会社フルーツ・ツリー。すでに『哀れなるものたち』(23)や『リアル・ペイン~心の旅~』(24)といったオスカー受賞作も生み出している目下最有力の新鋭スタジオだ。今回はストーンと、パートナーで共同経営者のデイヴ・マッカリーが共に、シェーンブルン監督の脚本に惚れ込んでの参加となった。
ストーリー
毎週土曜日22時半。
謎めいた深夜のテレビ番組「ピンク・オペーク」は生きづらい現実世界を忘れさせてくれる唯一の居場所だった。
ティーンエイジャーのオーウェンとマディはこの番組に夢中になり、次第に番組の登場人物と自分たちを重ねるようになっていく。
しかしある日マディは去り、オーウェンは一人残される。
自分はいったい何者なのか?知りたい気持ちとそれを知ることの怖さとのはざまで、身動きができないまま、時間だけが過ぎていくー。
ジェーン・シェーンブルン監督メッセージ
“
若かった頃に見ていたテレビ番組にどれほど捕らわれているかというアイデアは何年も前から頭の中にありました。
今になって考えると、私は画面の中に逃げて、土曜の夜のニコロデオンや火曜の夜の「バフィー〜恋する十字架〜7」をひたすら待っていたんだと思います。ファンの世界が私にとって防衛機制だったんです。
絶体絶命のままで続きが描かれずに終わってしまい、キャラクターの脳裏に刻まれ心を蝕むテレビ番組というアイデアがあって、その後、これはカミングアウトの比喩だと気づきました。
画面の向こう側の遠いところに埋められるというアイデアもありました。私が自分の変化に夢中になるほど、この作品こそやりたかったこと、つまり画面の向こう側から自分を掘り出したいのだと気づきました。
フィクションを通して自分を守ろうとするのをやめて、私の映画に出てくるキャラクターたちのように画面の向こう側へ行く。それには最も深く核心的な部分で現実を再評価することが必要です。
この映画はそんな気づきから生まれました。
”
ジェーン・シェーンブルン監督プロフィール
ノンバイナリーの映像製作者であり脚本家。個人的なクィア映画の製作と支援に尽力している。『テレビの中に入りたい』、『We're AllGoing to the World's Fair(原 題)』、『A Self- Induced Hallucination(原題)』、テレビのパンクロック・バラエ ティー番組『The Eyeslicer(原題)』を手掛けた。初の小説がまもなく完成する。ジェーン監督の新年の抱負は“沈黙にもっと慣れること。”
監督&脚本:ジェーン・シェーンブルン
キャスト:ジャスティス・スミス、ジャック・ヘヴン、ヘレナ・ハワード、リンジー・ジョーダン
共同製作:Fruit Tree
2023年/アメリカ/カラー/1.85:1/5.1ch/100分/PG-12/英語/原題:I Saw The TV Glow
配給:ハピネットファントム・スタジオ
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