『わたしは異邦人』追い求めることは、悠久の時を旅する。

『わたしは異邦人』追い求めることは、悠久の時を旅する。

2025-09-10 08:00:00

イスタンブールで生まれ孤児として育った女性ダフネが、母親の存在を求め、地中海に面したトルコの古代都市シデにたどり着く。物心ついたときから幽霊の姿が見え、彼らと話すこともできるダフネは、旅先で出くわした幽霊たちの協力を得ながら、母親の足跡を追う。

母親の存在を知らないということは、自分の歴史のある重要な一部を知らないということだ。母親のことをきちんと記憶するよりも前に捨てられ孤児となり、母親の存在と不在を追いかけるような運命に翻弄されてきたダフネ。生身の母親に会うことができなくても、せめてその運命の意味を知ることができれば、自分に課せられた宿命を、少しずつ愛し始めることが可能になるかもしれない―。

ダフネがその旅で行き着いた街、シデ。ギリシャ語で「ザクロ」を意味する名前をもち、原題『昼のアポロン 夜のアテネ』にもあるアポロンやアテナといったギリシャの神々を祀った聖なる港町だ。そこには、ダフネと同じように運命に呑まれながら各々の時代を生き、そして無情にもその一生を終えた幽霊たちがうようよしている。幽霊と言っても彼らは恐ろしい存在ではなく、まるで生の延長にあるように(生前に果たせなかったことを抱える彼らは、まだ冥界に行けずにいる。)生き生きと、ダフネに語りかける。シデで、幽霊たちと交流するうちに、彼女は個人的な歴史の探究を超えて、太古の歴史とも対面していくととなる。

主人公の名前「ダフネ」にも、神話的な意味合いが重ねられている。ギリシャ神話に登場するダフネは、太陽神アポロンに追われ、最後には父なる川の神の助けで月桂樹へと姿を変え、自由を守った。自由や自己決定、逃れられない力への抵抗を象徴するこの神話が、主人公のダフネと呼応する。

神話と現代の時間が物語の中で溶け込み、個人的な探究はやがて普遍的な問いへと押し広がっていく。そこに浮かび上がるものは、追い求めることの普遍的な衝動と、不完全なままに歩みを重ねる人間という存在の、消えがたい愛おしさだった。

(小川のえ)

イントロダクション

カンヌ国際映画祭常連となっている『雪の轍』『二つの季節しかない村』のヌリ・ビルゲ・ジェイラン監督を筆頭に、『裸足の季節』のデニス・ガムゼ・エルギュヴェン監督など世界三大映画祭に多くの映画作家を送り込んでいるトルコから新たな才能が誕生した。

本作がデビュー作となる監督エミネ・ユルドゥルム監督。アポロンやアテナなど、ギリシャ神話に登場する神々から着想を得た幻想的な物語を取り込みつつ、現代を生きる若き女性の成長譚に昇華させたトルコ期待の新人監督である。

〈自らのルーツを辿る〉という普遍的なテーマを、トルコの古代遺跡群を背景に展開させた本作は多くの観客の感動を呼び、2024年10月開催の第37回東京国際映画祭にて、アジアの未来作品賞を授与された。

ストーリー

イスタンブール生まれのストイックなプログラマーであるダフネは、自分を捨てた母を探し求めて、古代遺跡が残る地中海の都市シデを訪れた。

彼女に残された唯一の手がかりは、トルコの名もなき遺跡で撮影された、若い頃の母の不鮮明な写真だけ。

“普通”と違っているのは、彼女が捜しているのは母の 「霊」であるということ。なんと彼女には幽霊が見えるのである。

その滞在に、度々顔を出すのは若い男性フセイン。移動するバスの中や墓地など、ダフネが訪れる場所にたびたび居合わせるフセインは幽霊だ。

彼と付き合ううちに、彼女は不思議な人びとにめぐり合っていく。革命家、娼婦、巫女...。

彼らの協力を得て〈母親探し〉を続けるようになるのだが、彼らも“見返り”を求めてダフネに近寄って来たのだった...。

エミネ・ユルドゥルム監督メッセージ

長い間、映画に対する社会的リアリズムのアプローチから離れた物語を書きたい、と思っていました。

ジャンル映画(ファンタジー、スリラー)のファンで、どんなカテゴリーにも入れられない映画が大好きです。

自分を少し解放したかったし、自分の限界に挑戦したい、と思っていました。脚本を書いている間、楽しく、明るくなりたいと思っていました(通常、書くプロセスは非常に苦痛になのですが)。

今回は、トルコ出身のひとりの女性として、喜びと明るさをもって、私自身が見たいと思うもの、人生を肯定するような反父長制的な物語を書きたかったのです。

アナトリアの草原の真ん中で、不幸な男たちが登場するようなありきたりな内容ではなく、私が住む土地の考古学的遺産や、古代の歴史が映像の中で際立つような脚本を書きたかったのです。

エミネ・ユルドゥルム監督プロフィール

トルコのMETU(中東工科大学)経営学部卒業後、ビルギ大学映画学修士課程で映画を学ぶ。EAVE(European Audiovisual Entrepreneurs)を2014年に修了。『シレンズ・コール』(2018年東京国際映画祭コンペティション出品) を始めプロデュース作も多数。初の長編監督作である本作『わたしは異邦人』は、高く評価され、本年度のトルコの映画批評家連盟賞と、アンカラ・フライイング・ブルーム国際女性映画祭審査員特別賞を授与されている。なお、カディル・ハス大学で脚本を教えるかたわら、スタンダップ・コメディアンとしても活動している。

アップリンク京都 ほか全国劇場にて公開

公式サイト

監督/脚本:エミネ・ユルドゥルム

プロデューサー:ディルデ・マハルリ

編集:セルダ・タシクン

音楽:バルシュ・ディリ

撮影監督:バルシュ・アイゲン

美術:エリフ・タシチュオウル

音響:メティン・ボズクルト

2024年/カラー/トルコ/トルコ語/112分

日本版字幕:森澤海郎 宣伝デザイン:日用

配給:パンドラ