『盲山』ただ“観る”だけでは済まされない痛烈な体験となる映画

『盲山』ただ“観る”だけでは済まされない痛烈な体験となる映画

2025-09-05 21:40:00

2007年、翌年に控えた北京オリンピックに向けて国家イメージを重視した中国政府は、検閲を一層強化していた。そんな中、リー・ヤン監督が発表した『盲山』は、中国の農村部における誘拐・人身売買という深刻な社会問題に真正面から切り込んだ衝撃作である。

物語の舞台は中国の人里離れた山村。都市部の大学に通う22歳の女子学生・白雪梅(パイ・シューメイ)が、アルバイトの誘いに乗って出かけた先で誘拐され、見知らぬ土地で「花嫁」として売られてしまう。村人からはレイプされ、子を産む道具として扱われるという、言葉を失うような描写が前半に続く。観客にとっても、ただ“観る”だけでは済まされない痛烈な体験となるだろう。

監督のリー・ヤンは、2003年に発表した『盲井』で違法炭鉱における労働搾取と殺人事件を描き注目を集めた。『盲山』、そして2012年の『盲道』(交通事故をきっかけに交錯する人間模様を描いた作品)とあわせて、「盲三部作」と称されている。

『盲山』は、2007年のカンヌ国際映画祭「ある視点」部門で上映されたが、中国国内では公開が許可されなかった。20カ所以上にわたる本編のカットや、ラストの「警察が介入し犯罪組織を壊滅させる」という政府に都合のよい結末への改変を監督は受け入れたものの、それでも検閲を通過できなかった。表向きの理由は明らかにされていないが、国家的プロジェクトであるオリンピックを前に「中国の暗部」を描いた本作を政府が許容できなかったと見られている。

それでも、リー・ヤン監督は国内公開を諦めず、中国版として再編集したバージョンを完成させた。そのヴァージョンは、やがて非公式に流出し、インターネット上で人々の目に触れることとなる。映画の冒頭にはフランスのテレビ局カナル・プリュス(Canal+)のロゴが現れ、制作には香港の映画会社も関与している。これは、本作が国内資本だけでは成立し得なかった作品であることを示している。

細部にまでこだわりが行き届く。たとえば、雪梅が履いていたのはコンバースのバスケットシューズ。そんな靴が山村で手に入るはずはなく、彼女が都会の普通の女子学生だったことを象徴的に物語るディテールだ。

『盲山』は、中国のある時代、ある地域に起きた「過去の出来事」を描いた作品ではない。SNS経由の「闇バイト」、若者の失踪、人身売買といった現代日本を含む世界各地で起きている事件のニュースと地続きにある。そのリアリティが、本作を単なる社会派映画では終わらせない、強烈な“現在性”を持った作品にしている。

(TA)

イントロダクション

中国政府による厳しい検閲で約20か所のシーンをカットしながらも、最終的に国内上映を全面的に禁じられた衝撃作『盲山』。
第60回カンヌ国際映画祭「ある視点」部門に公式出品されると、その圧倒的なクオリティーと力強いラストシーンに観客から惜しみない拍手が巻き起こった。
スリラーと冷徹な社会風刺が融合した本作は、生々しく残虐性を帯びた描写とともに、大きな社会的反響を呼び、波紋を広げた。
撮影を務めたのは、アン・リー監督の『恋人たちの食卓』や『ベッカムに恋して』など、数々の作品を手掛けたジョン・リン。35mmフィルムで撮影されたドキュメンタリータッチの映像が生々しく物語を映し出す。さらにリアリティを演出するため、村人を演じるのはいずれも演技経験のない地元の農民、主要キャストは北京電影学院の学生をキャスティング。
本国で封印されてきた“禁断の傑作”が今、日本のスクリーンに解き放たれる――。

ストーリー

仕事を探していた22歳の大学生、白雪梅(パイ・シューメイ)は割のいい仕事を紹介してくれるという親切な若い女性と出会い、白雪梅はその仕事を受ける為、遠く離れた山奥へ向かう。長く過酷な旅の末、眠りに落ちた白雪梅が目を覚ますと、見知らぬ農家で横たわっていた。自分がどこにいるのかも分からず、財布や身分証明書、手荷物もすべて失っている。仕事の紹介者の女性の姿もどこにも見当たらない。
白雪梅は村人から、村に住む40歳の独身男性、黄徳貴(ホアン・デグイ)の花嫁として売られたと聞かされ、自分が人身売買業者に騙されていたことに気がつく。
彼女は黄徳貴とその家族に解放を懇願するが、彼らは拒否する。一方、黄一家は村で盛大な結婚披露宴を開き、黄徳貴は無理やり“結婚”を成立させようとする。白雪梅は抵抗を試みるが、虐待によって捻じ伏せられた上に監禁され、奴隷のような生活を送るようになる。
​​意志の強い白雪梅は逃走の機会を狙うが、この山間の村では誰も彼女を助けようとはしなかった。村人たちは黄一家の監視を手伝い、逃亡を図るたびに白雪梅は捕らえられ、公然と暴行を受ける。
村人たちの利己主義、そして警察の無関心によって、彼女はこの孤立した村で完全に囚われの身となる。月日が経過すると黄家は次第に彼女への監視を緩め、ようやく自分の家族との連絡を取ることに成功する。そして、ようやく待望の助けが現れた時、それは新たな悲劇の始まりに過ぎなかった…。

 

リー・ヤン監督 ステートメント

中国における急速な経済発展は、伝統的な倫理観や価値観に大きな挑戦をもたらし、それらは完全に崩壊の危機に瀕しています。物質的追求と金銭が支配する社会において、人々は良心・愛・共感といった基本的な価値を失い、利己的で貪欲で残酷になってしまいました。お金があらゆるものを測る唯一の尺度となり、一部の人間は自分の利益のために人を騙し、暴力的な手段を取ることさえためらいません。

さらに恐ろしいのは、多くの人々が周囲で起こるこうした出来事に目をつぶり、さまざまな理由をつけて容認してしまっていることです。誰も正義や正しいことのために立ち上がろうとはせず、社会全体が利己的で無関心なものに変わってしまったのです。

今日の中国では、毎年何十万人もの女性や子どもが誘拐され、売り飛ばされています。しかし、救出されたり自力で逃げ出せるのはごくわずかです。人身売買は「手っ取り早く金儲けをする手段」の一つになってしまいました。なぜこれほど多くの女性や子どもが買われ売られているのか。なぜ犯罪は止められず、禁止されているにもかかわらず増え続けるのか。その背後には複雑で深い社会的・政治的要因が存在します。

私は、一人の女子大学生が村の独身男に「花嫁」として売られる物語を通じて、ドキュメンタリー的手法で現代中国の農村の現実を再現し、人身売買の歪み・痛ましさ・複雑さを描き出そうとしました。本作は、中国社会に蔓延する「金銭万能主義」への批判であると同時に、人間の醜さ、貪欲さ、残虐さ、裏切りを暴き出す試みです。そして同時に、社会における基本的人間的価値・愛・良心の回復を訴える作品でもあります。

監督 プロフィール

1959年、中国西安生まれ。北京放送学院で学んだ後ドイツに留学し、ケルンのメディア芸術大学で映画演出を専攻。帰国後はドキュメンタリー制作を経て、リアリズムを基調とした作品を発表してきた。

デビュー作『盲井』(2003)は、炭鉱での殺人詐欺を題材にし、ベルリン国際映画祭で銀熊賞を受賞。続く『盲山』(2007)では、人身売買の被害に遭う女性の姿を描き、カンヌに出品されたが、中国国内では上映禁止となった。非俳優を起用し、自然光や環境音を生かす演出で、社会の闇を鋭く告発するスタイルを特徴とする。

アップリンク吉祥寺ほかにて順次公開

作品公式X

 

プロデューサー/脚本/監督:リー・ヤン
エグゼクティブ・プロデューサー:アレクサンドラ・スン、リー・シャンリー・ホア
制作主任:ゾウ・シャオチェン
撮影監督:ジョン・リン
録音:ドン・シュー
美術監督:シュー・ヤン
編集:リー・ヤン、メアリー・スティーヴン
メイクアップ:リウ・シャオチャオ
衣装:リウ・イー
小道具:ダイ・リー
キャスト:ホアン・ルー、ヤン・ユアン、チャン・ユーリン、ホー・ユンラー、ジア・インガオ、チャン・ヨウピン


2007|中国|カラー|DCP|ドルビーSRD|102 分|原題:MANG SHAN
提供:JAIHO 配給:Stranger

© 2007 Tang Splendour Films Limited - Kun Peng Xing Yun Cultural Development Limited