『九月と七月の姉妹』スティーブン・キング X ヨルゴス・ランティモス=アリアン・ラベドのデビュー作

『九月と七月の姉妹』スティーブン・キング X ヨルゴス・ランティモス=アリアン・ラベドのデビュー作

2025-09-07 11:11:00

『九月と七月の姉妹』の原題は 『September Says』、そして原作小説は 『Sisters』。映画に登場する姉妹の名前は、姉がセプテンバー(9月)、妹がジュライ(7月)。

英語原題のタイトルは、英語圏でよく知られた遊び 「Simon Says(サイモン・セッズ)」 を踏まえている。ゲームは、サイモン役を一人決め、全員はこのサイモンの命令に従って手を上げる、足を触るといった行動をする。ただし命令は必ず「Simon says…」(サイモンが言うには…)で始まらなければならない。もしこの言葉で始まらない命令に従ってしまった場合は失格だ。映画ではこの構造がそのまま物語に転化される。セプテンバー(姉)がジュライ(妹)に対して命令を下し、従わなければならないというゲーム的なルールが、戯れを超えて危険な緊張や支配関係へと変貌していく。

わずか10か月違いで生まれた姉妹、セプテンバーとジュライ。互い以外の誰も必要としないほど強い絆で結ばれた二人は、いつも一心同体だった。
だが学校でのいじめをきっかけに、母シーラとともにアイルランドの海辺にある長年放置された一族の家〈セトルハウス〉へ引っ越すことになる。セトルハウスは、イングランド北部の地名 Settle に由来すると同時に、“settle=落ち着く/沈む”という英語の響きを含み、姉妹が閉じ込められていく不穏な空気を暗示する名でもある。
新しい生活の中でジュライは、セプテンバーとの関係がこれまでとは違う形に変わっていくことに気づき始める。そして「セプテンバーは言う──」ただの遊びであったはずの命令ゲームは、やがて姉妹の運命を縛る恐怖の掟へと姿を変えていく。

本作の映像は、画角とフィルムの質感を用いて姉妹の心理的変化を体感させる設計となっている。
前半は 16ミリ・フィルム/1:1.85 で撮影され、ざらりとした質感が親密さを醸し出す。だが30分を境に後半へと移行すると、35ミリ・フィルム(2パーフォレーション)/1:2.39 へ切り替わる。通常の35ミリ撮影は「4パーフォレーション」でフィルムを送るが、2パーフォレーション方式ではコマ送りを半分に抑えるためフィルム代を節約できるだけでなく、粒子感や質感が16ミリに近づくという特徴がある。
横に広がるシネスコ画角が現れながら、天地に黒みが生まれることで、むしろ映像は“世界が押しつぶされ、閉じ込められていく”ような息苦しさを観客に与えるのだ。

監督はフランス出身の俳優で映画作家のアリアン・ラベド。長編デビュー作となる本作を演出した彼女は、『ロブスター』『哀れなるものたち』などで知られる映画監督 ヨルゴス・ランティモスの妻であり、創作上のパートナーでもある。ラベドはフィルムへのこだわりをこう語っている。
「私はフィルムが大好きだ。美しいからというだけでなく、“アクション”から“カット”までの間に時間そのものが変化する感覚を与えてくれる。フィルムの質感は、現実を再現するのではなく、もう一つの世界を作り出す層を重ねてくれる」。

原作を書いたのはイギリスの作家デイジー・ジョンソン。1990年、イングランドのデヴォン州ペイントンに生まれ、幼少期から スティーヴン・キングを愛読し、ホラー映画に親しんで育った。その想像力と文体は、家族や家という日常空間の中に忍び込む“恐怖”を独自の筆致で描き出し、ホラー小説家シャーリイ・ジャクスンの系譜に連なると評されている。
デビュー作『Everything Under』で 史上最年少でマン・ブッカー賞の候補となったことでも知られる。マン・ブッカー賞は英国を代表する文学賞であり、世界的にもっとも権威ある文学賞の一つとして「その年の最も優れた長編小説」に贈られるものだ。続く二作目『Sisters(九月と七月の姉妹)』は2020年の シャーリイ・ジャクスン賞候補作に選ばれた。シャーリイ・ジャクスン賞は、ホラーやゴシック、ダーク・ファンタジーなどを対象とし、「恐怖」と「心理的サスペンス」を描いた優れた作品に贈られる国際的文学賞である。
キングの影響を受けながら「家庭内の脅威」を描き込んだこの小説こそ、本作映画化の出発点であり、本質を成す部分である。

その言葉の通り、『九月と七月の姉妹』は親密さと不穏さのあいだを往復しながら、観る者を逃れられない悪夢の内部へと誘い込む。(CI)

イントロダクション

<第77回(2024)カンヌ国際映画祭「ある視点」部門 正式出品>

ヨルゴス・ランティモスらが生み出した“ギリシャの奇妙な波”を継ぐ
世界が注目する新鋭アリアン・ラベドの鮮烈な長編デビュー作
その絆は、やがて狂気へ変わる——15歳の姉妹のいびつな愛を映した、終わらない悪夢

2024年、カンヌ国際映画祭でのプレミア上映以降も各国映画祭で賞賛を集める本作は、フランス人俳優として世界的に活躍するアリアン・ラベドがメガホンをとった長編デビュー作。史上最年少のマン・ブッカー賞候補となった作家デイジー・ジョンソンによる「九月と七月の姉妹」(原題:Sisters)に着想を得て制作され、ラベドの公私に渡るパートナーであるヨルゴス・ランティモスを中心として生まれた映画ムーブメント<ギリシャの奇妙な波(Greek Weird Wave) >を継ぐ作風で脚光を浴びた。10ヶ月違いで生まれた一心同体の姉妹・セプテンバーとジュライを演じたのは“カンヌの新星”として演技を高く評価されたパスカル・カンとミア・サリア。また、『関心領域』でアカデミー賞音響賞に輝いたジョニー・バーンによるサウンドデザインが物語を不穏な予兆で充たしていく。一体どこからどこまでが自分なのか —— 互いの境目がわからないほど絡み合った姉妹の絆は、やがて醒めることのない悪夢へと姿を変える。

ストーリー

セプテンバーはゲームをする。
彼女のいうことはなんでも聞かなくてはいけない。
命令どおりにできなかったら、わたしは命を一つなくしてしまう。

生まれたのはわずか10か月違い、いつも一心同体のセプテンバーとジュライ。我の強い姉は妹を支配し、内気な妹はそれを受け入れ、互いのほかに誰も必要としないほど強い絆で結ばれている。しかし、二人が通うオックスフォードの学校でのいじめをきっかけに、シングルマザーのシーラと共にアイルランドのノース・ヨーク・ムーアズの海辺近くにある長年放置された一族の家<セトルハウス>へと引っ越すことになる。新しい生活のなかで、セプテンバーとの関係が不可解なかたちで変化していることに気づきはじめるジュライ。「セプテンバーは言う──」ただの戯れだったはずの命令ゲームは緊張を増していき、外界と隔絶された家の中には不穏な気配が満ちていく......。

「もしもあたしたちのどっちかが死ぬとして、どっちが死ぬか選べるとしたら、
あたしのかわりに死ぬ?」「うん、もちろんだよ。死ぬのはあたし」
わたしたちの一人しか、生きられないとしたら、生き残るのはあなたです。

──原作「九月と七月の姉妹」より

 

アリアン・ラベド監督 プロフィール

──アリアン・ラベド監督(撮影:ヨルゴス・ランティモス)

1984年生まれの俳優・映画監督。フランス人の両親のもとに生まれ、幼少期をギリシャ・アテネで過ごす。ドイツを経て、12歳でフランスに移住。エクス=マルセイユ大学で演劇を学び、演出家アルギロ・キオティと出会い、2005年に劇団VASISTASを共同設立。ギリシャ国立劇場でも舞台に立った。2010年、ヨルゴス・ランティモス監督が製作・出演した『アッテンバーグ』(アティナ・ラヒル・ツァンガリ監督)で映画デビューを果たし、ヴェネツィア映画祭とアンジェ・プルミエ・プラン映画祭の最優秀女優賞を受賞。本作でヨルゴス・ランティモスと出会い、2013年に結婚。2011年から2021年までロンドンに在住し、現在はアテネを拠点にしている。2014年、『欲望の航路』でロカルノ映画祭最優秀女優賞を受賞、2015年にはセザール賞新人女優賞にもノミネートされた。初監督短編『Olla』(19)はカンヌ監督週間、ロンドン映画祭、テルライド、サンダンスなど、世界中の映画祭で上映され、クレルモン=フェランでは最優秀作品賞を受賞している。

アップリンク京都ほか全国劇場にて9月5日(金)公開

公式サイト

監督・脚本:アリアン・ラベド
出演:ミア・サリア、パスカル・カン、ラキー・タクラー
原作:デイジー・ジョンソン『九月と七月の姉妹』(東京創元社刊)
共同製作:レイチェル・ダーガヴェル、ヴィオラ・フーゲン、マイケル・ウェバー、セシル・トル=ポロノウスキー
撮影:バルタザール・ラブ
編集:ベッティナ・ボーラー 『水を抱く女』『ワイルド わたしの中の獣』『ハンナ・アーレント』
音楽&音響デザイン:ジョニー・バーン 『哀れなるものたち』『憐れみの3章』『関心領域』
キャスティング:イザベラ・オドフィン『How to Have Sex』、(アイルランド)エマ・ガナリー
衣装:サローグ・オハロラン
プロダクションデザイン:ローレン・ケリー
ヘアデザイン:サンドラ・ケリー
メイクアップデザイン:クレア・ラム
配給・宣伝:SUNDAE

2024|100分|英語|アイルランド、イギリス、ドイツ|アメリカン・ビスタ|DCP|5.1ch|原題:September Says|字幕翻訳:橋本裕充
レイティング:PG-12

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