『キムズビデオ』VHSたちの里帰りと映画館の未来
※本紹介記事は終盤の展開に触れる箇所があります。未鑑賞の方はご注意ください※
東京でいえば、新宿にあった販売主体の『ビデオマーケット』、下北沢のレンタル店『DORAMA』を思いだす人がいるのではないだろうか。ニューヨークの『Kim’s Video キムズビデオ』は、それに比べると遥かに大規模で、最盛期には在庫数が約5万5000本にのぼったという。
ちなみに、『ビデオマーケット』は現在も当時の店長により営業を続けており、『キムズビデオ』のアシュレイ・セイビンとデイヴィッド・レッドモン両監督が来日時に訪れたという。
しかし、宅配DVDからネット配信へと転身し大成功を収めたNetflixとは対照的に、レンタルビデオ店は閉店という運命を辿ることになる。本作は、その『キムズビデオ』が閉店を迎えた際、5万5000本のビデオがイタリアのシチリア島・サレーミ市に譲渡されたところから始まる。映画というよりは、フィジカルなVHSに取り憑かれたアシュレイ・セイビンとデイヴィッド・レッドモン両監督による記録作品である。
物語では、映画の精霊たちの導きにより、VHSテープたちがシチリア島からニューヨークへと「里帰り」する。そして最後にはハッピーエンドが訪れるのだが、本稿ではその「里帰り先」について少し述べておきたい。
エンディングには、『キムズビデオ』のオーナーであるキム・ヨンマン氏と、受け入れ先である映画館『アラモ・ドラフトハウス』の創業者ティム・リーグ氏が、パーティ・シーンに登場する。
『アラモ・ドラフトハウス』の本拠地はテキサス州オースティン。毎年3月には、テックと音楽と映画のフェスティバル『SXSW(サウス・バイ・サウスウエスト)』が開催される地でもある。『アラモ』はアート系やインディペンデント映画を支持する映画館として知られるが、最大の特徴は飲食サービスにある。上映中もスクリーン前の注文シートに記入すれば、ホール担当者が席まで飲食物を届けてくれるのだ。
キムズビデオのVHSやDVDたちは現在、『アラモ・ドラフトハウス』のロウワー・マンハッタン店の地下にある恒久的なスペースに保管されており、約1万5000本が「最大3本まで無料」で貸し出されている。
なお、映画では『アラモ』の創業者であるリーグ氏がヒーローのように描かれているが、彼が1997年に始めた映画館ビジネスにも紆余曲折があった。世界中の映画館同様、『アラモ』もコロナ禍で業績が悪化。2021年3月には破産申請を行い、当時経営していた35館のうち3館を閉館している。
その後、2024年6月には『ソニー・ピクチャーズ・エンタテインメント』が約2億ドルで『アラモ』を買収。ソニー社内には『ソニー・ピクチャーズ・エクスペリエンス』という新部門が立ち上げられ、そこで劇場の運営・管理が行われている。この買収は、映画スタジオによる映画館所有を禁止していた法律が2022年8月に完全撤廃されて以降、初のスタジオによる劇場買収となった。
ソニーによる劇場運営は、ストリーミング時代における「映画体験」の実験場としての側面を持ち、イベント上映やライブ体験なども視野に入れられているという。
『キムズビデオ』の映画たちが帰ってきたこの「映画館」について、いずれ誰かが“映画の精霊たち”の導きによって新たなドキュメンタリーを作ってくれることを願わずにはいられない。
(TA)
イントロダクション
世界最高のレアビデオ・コレクションの数奇な運命を追うドキュメンタリー 『キムズビデオ』
ビデオテープ2025 年問題の今年、ついに日本上陸!
1980 年代からアメリカ・ニューヨークのイーストビレッジ(ニューヨークのボヘミアと呼ばれ、カウンターカルチャー運動の中心地)に実在したレンタルビデオショップ「キムズビデオ」の55,000 本にも上る唯⼀無⼆なレアビデオ・コレクションの⾏⽅を追ったドキュメンタリー映画『キムズビデオ』。
ワールドプレミアとなったサンダンス映画祭では「遊び⼼がハンパない」「常軌を逸したドキュメンタリー」と映画ファンたちから熱狂的な⽀持を受けて⼤きな話題になり、その後トライベッカ映画祭など計61 の映画祭で上映され、シッチェス映画祭・ドキュメンタリー部⾨の最優秀作品賞をはじめ、計7 つの賞を受賞するなど、⼀昨年から世界中
の映画祭を席巻してきた『キムズビデオ』が、ついに⽇本で公開される。
ストーリー
ニューヨークの映画ファンたちが通い詰めたレンタルビデオショップ「キムズビデオ」。そこは、5 万5000 本もの貴重かつマニアックな映画の宝庫だった。
時代の変遷で閉店になった2008 年、経営者のキム・ヨンマンは、価値ある膨大なコレクションをイタリアのシチリア島にあるサレーミ市に展示を条件に譲渡することを決意、コレクションは長旅を終えシチリア島へ到着した。
しかし数年後に「キムズビデオ」元会員であるデイヴィッド・レッドモンが現地を訪れると、活用されずホコリだらけの湿った倉庫でひっそりと息を潜める映画たちを発見。彼は倉庫から助けを求める映画たちの“声”にかき立てられ、彼らを救うべく、警察署長や当時の市長への取材、その陰で暗躍するマフィアへと追跡を続ける。
そしてついにデイヴィッドは、映画たちを救うために荒唐無稽な奪還作戦を決意した。
その作戦とはカーニバルの夜に映画の撮影だと偽り、アルフレッド・ヒッチコックやチャールズ・チャップリン、ジャン=リュック・ゴダール、イングマール・ベルイマン、ジャッキー・チェンといった映画の“精霊”たちを召喚し、倉庫から映画たちを解放するという前代未聞の計画だった。
アシュレイ・セイビン監督 インタビュー
― 映画製作のきっかけは? (映画にはない興味深い点などあれば)
私たちは、キムのビデオコレクションがニューヨークを出発した当初、シチリアに行く映画を作りたかった。 残念なことに、私たちは制作のためにシベリアにいて、2 本の映画を同時進行することができなかった。
それから何年も経って、私たちはイギリスのカンタベリーに住んでいたのですが、イギリスのマーゲイト(イングランド地方ケント州)で『キムズビデオ』の譲渡に関するプレゼンテーションが行われることを知らせるメールを受け取ったのです。 私たちは、物語が私たちの人生に戻ってきたと感じた。 私たちはそのプレゼンテーションに行き、その時、コレクションを探し出し、その旅についての映画を作らなければならないと思った。
―キム氏との出会いはどうでしたか?
私は彼に長いメールを書きました。「私たちはドキュメンタリーを作りたいと強く望んでいます。 あなたへのインタビューを通じて、ある種のヒストリーを語ることになるでしょう。 コレクションの現在とこの先の物語を伝えるためです。」 キムは「親愛なるアシュレイ、あなたのメールは、私の記憶の中で、長編のノスタルジックな古い映画を巻き戻して再生しているように聞こえます。それは私だけの問題ではなく、私たちの友人であるチャーリー・チャップリンの"モダン・タイムス "のように、テクノロジーの進歩が速すぎたために、多くの産業が悲しいことに廃業に追い込まれました。」 私たちは電話で話す時間を設定できました。 キム氏との最初の会話はさすがに緊張しました。彼がこの映画の一部である必要があると考えていたから慎重になりました。しかし電話は、とてもうまくいきました。 キム氏と話した後、すぐにデイヴィッドは韓国行きの飛行機に乗りました。キム氏は今も映画プロジェクトの大きなサポーターであり続けています。
―過去の作品の選考基準や権利関係で苦労した点などを教えてください。また、他に取り上げたかった過去の作品はありますか?
私たちは他にも様々な国の映画を集めたかったのですが、イギリスのフェア・ユースに関する弁護士がいくつかの作品はフェア・ユース権を確保するのは難しいとの指摘がありました。 そのため、北米の作品が多くなっています。 選考プロセスは直感的でした。 私たちは映画を編集し、思い出し、それを取り込む方法を見つけていきました。このキムズビデオの物語が、私たちが収録する映画を決定していったのです。
―VHS の回収作業にかかった費用とその調達方法は?
映画の精霊たちは、この強盗の顛末は謎のままにしておきたいと言っています。
―本編の撮影で出会ったエンリコ・ティロッタが、結果的に音楽を担当していたのは、面白かったです。
デイヴィッドがエンリコと出会い、私たちが彼と仕事をするようになった経緯は、まさに映画の中で表現されている通りです。 私たちは彼に本編からのビデオクリップを渡し、彼はそのクリップのインスピレーションから音楽を作る。オープンで素晴らしいコラボレーションでした。 私たちは今、あるフィクション映画の制作に彼と取り組んでいます。
―アシュレイさんのオールタイムベストについて教えてください。
1. 『落ち穂拾い』 アニエス・ヴァルダ(2000 年製作/フランス) ※日本公開2002 年ザジフィルムズ
2. 『狼の時刻』 イングマール・ベルイマン(1968 年製作/スウェーデン) ※日本劇場未公開
3. 『花様年華』 ウォン・カーウァイ(2000 年製作/香港) ※日本公開2001 年松竹
アシュレイ・セイビン監督、デイヴィッド・レッドモン監督 プロフィール
アシュレイ・セイビン監督(左)とデイヴィッド・レッドモン監督(右)
アシュレイ・セイビンはフルブライト奨学生として、ケベック州モントリオールのコンコルディア大学で修士号を取得したのち、ニューヨーク州ブルックリンのプラット・インスティテュートで美術史を専攻していた。デイヴィッド・レッドモンは、ハーバード大学ラドクリフ研究所の元フェローであり、ニューヨーク州立大学オルバニー校で社会学の博士号を取得した。
彼らは、ドキュメンタリー映画の製作、監督、撮影、編集を手がけ、その作品はサンダンス映画祭、トロント国際映画祭、シネマ・デュ・レエル(パリ)、ロッテルダム国際映画祭、ヴィジョン・デュ・レエル(ニヨン)、ウィーン国際映画祭などさまざまな映画祭で上映されている。レジャーを追求するため安価に使い捨てられる商品の分析を通して、中国とニューオーリンズを結ぶ『Mardi Gras: Made in China』(2005)は、内外の映画祭で多くの受賞を果たすことになった。
近作に、ロバの世界を題材にした、“動物民族誌”の4 本『Choreography』(2014)、『Herd』(2014)『Sanctuary』(2017)、『Do Donkeys Act?』(2017)がある。
アップリンク京都ほか全国劇場にて8月8日(金)公開
出演 :
キム・ヨンマン (主人公)
ショーン・プライス・ウィリアムズ (キムズビデオ元従業員)
アレックス・ロス・ペリー (キムズビデオ元従業員)
ディエゴ・ムラーカ (この地区の自治体の警察署長)
エンリコ・ティロッタ (キムズビデオの管理人/ミュージシャン)
ヴィットリオ・ズカルビ (かつてのサレーミ市長 2008~2012)
ジュゼッペ・ジャンマリナーロ (マフィアとの繋がりが疑われる謎の人物)
レオパルド・ファルコ (マフィア撲滅委員会 会長)
ドミニコ・ヴェヌーティ (サレーミ市長)
監督・編集 : アシュレイ・セイビン、デイヴィッド・レッドモン
撮影:デイヴィッド・レッドモン
音楽:エンリコ・ティロッタ
録音:デイヴィッド・レッドモン、マチュー・デボルド
アメリカ/2023 年/英語、韓国語、イタリア語/88 分/カラー/16:9
提供:ミュート、ラビットハウス 配給:ラビットハウス、ミュート
© Carnivalesque Films 2023