『夫の部屋』余園園監督 & 主演 永山由里恵さん インタビュー
2025年8月1日公開の映画『夫の部屋』は、夫を亡くした舞台女優・春が、チェーホフ『かもめ』の稽古を通して喪失と記憶に向き合い、再び自分を取り戻していく物語です。
監督は、中国出身で日本を拠点に映画制作を続ける余園園(ヨ・エンエン)さん。
主演は、劇団「青年団」に所属して舞台を中心に活躍し、独自の存在感を放つ永山由里恵さん。
公開を前にお二人にインタビューを行いました。
-監督の前作『ダブルライフ』も今作『夫の部屋』も似たモチーフが多いが。
余:「女性三部作」を作りたかったんです。『ダブルライフ』2022年頃に完成して、その後すぐに『夫の部屋』の企画に入りました。その時はちょうど映画美学校と立教大学に通っていて、その両方の影響があったときにできた作品でした。
-両作品とも、作中の部屋についているカーテンが左右で色が違うが。
余:『ダブルライフ』は、予算の都合で自分で美術品を買ったんですけど、サイズを間違えてしまって、仕方なかったんです。今回は意味があって、もともとあの部屋は春と一樹の部屋だから、春が好きな色の白と、カズキが好きな緑にしました。シナリオには入れていないんですけど、一樹の人物像はちゃんと描きました。
-前作はレンタルの夫、今作はすでに亡くなった夫。そこのモチーフの違いの理由は。
余:私としては、違う部分というよりか共通した部分な気がして。瑚海さん(本作制作・出演)と話していて、私はいつも目の前の人物を描く事から逃げている節があるんです。目の前の人と向き合えず、時間が経ってやっと自分と、他人と少し向き合えるようになったんです。そういった部分は、どちらの主人公にも共通した設定だと思います。
「不在の存在」いつも描いてきたテーマです。シナリオを書いている時、春の心の中では夫の存在はぼんやりとしたもので、春は、夫のことを愛しているのか、愛していないのか、自分でもわからないんです。でも、シナリオを書き進めていくなかで、春はカズキのことを愛しているとわかってきたんです。だから、初めのシナリオには回想シーンもなかったんですけど、後になって回想や録音のシーンを追加しました。
-ロシアの劇作家 アントン・チェーホフの代表作「かもめ」を作品の下敷きにしているが、選んだ理由は。
余:「かもめ」は全く読んだことがなかったんですけど、『ドライブ・マイ・カー』(2021年、濱口竜介監督)のシナリオの構造が好きで、自分もそういう構造のシナリオを書きたかったんです。『夫の部屋』には劇中劇の要素を入れたいと思っていたのですが、演劇についてはあまり知らなかったので、どんな劇中劇にすればいいかわかりませんでした。中国でチェーホフの研究をしている友人に相談したら、「かもめ」をすすめてくれました。読んでみたら、自然ともとの『夫の部屋』の構想と結びついていきました。
-永山さんは舞台を中心に活躍されているが、キャスティングを決めたのは演劇をテーマに決めてからだった?
永山:私はオーディションから決まりました。オーディションの募集要項にすでに映画のストーリーとキャラクターについての説明がありました。私と春が近い年齢であることと、「かもめ」を下敷きにしているところに惹かれて応募しました。30台半ばという人生の節目ともいえる年齢で、自分自身も悩むことが多く、春が抱える喪失や葛藤が自分と重なる部分がありました。劇中劇で「かもめ」のニーナ役に挑戦できるということも滅多にない機会なので、そこも魅力を感じました。
-春を演じながら劇中劇でニーナを演じるのは難しかったと思うが。
永山:春が抱えている喪失や葛藤と、劇中劇でニーナが抱えている苦悩や喪失は、時代が変わっても重なる部分があると思います。春もニーナを通して、自分自身と向きあっているのではないかと、私も演じながら考えていました。また春にとっては、ニーナを演じること自体が自分自身を乗り越えようとする試みであって、その感覚は私自身も俳優として大いに共感しました。
春とニーナという二人の女性を、俳優である私が演じるという三重構造を通して、最終的には私自身も二人の生き方から影響を受けました。演技についてのメタ的な視点についても考える機会になりました。
-実際の劇中劇のシーン以外でも、喫茶店のシーンなど永山さんの動きや発声の仕方が演劇的にみえるシーンがあったが、監督からの演出があったのか。
余:特に演出はしてないです。永山さん自身が映画俳優というよりかは舞台俳優であると感じています。オーディションの時からそうでしたし、『夫の部屋』をみた後もそう感じます。そういった俳優に春を演じてほしかったんです。喫茶店のシーンは演出というよりかは、永山さん自身の演技でした。
永山:喫茶店での対決のシーンもそうですし、劇中劇でのニーナの長い独白のシーンも、セリフや言葉の流れの中から自分で動きを作っていくことを意識しています。普段から、演劇の中で独白のシーンがあるときは、同じように自分自身でセリフから動きを引き出していく作業をしますし、俳優としてとても好きな作業です。今回の現場でも、菊池さんとのやり取りの中で生まれた動きを、私から監督に提案して、監督はそれを尊重してくれました。その上で、「こういった動きはどうか」などの拡張した演出を提案してくださったのが、ありがたかったです。
-最後に読者・観客のみなさまに一言ずつお願いします。
余:『夫の部屋』と『ダブルライフ』はどちらもコロナ禍でつくった作品で、今はもうコロナは落ち着いていますけど、やっぱり影響はあります。今になって『夫の部屋』を振り返ってみると、当時の私の心は、この部屋のように閉じたままでした。でも時間が経つにつれて、そのドアを開けられました。観客のみなさまも、ぜひその部屋の中に入ってみてください。
永山:部屋に入ることは、人の心に入ることと同じことだと思っています。人の心に踏み込むことは、どうしても痛みを伴うことで、春もその中で苦しみますが、やがて大切な人ともう一度出会い直し、なにか大切なものを失った人間が、再びもがき、再生し、回復していく映画だと思います。観終わった後には、一筋の光が差し込むような感覚がありました。人生の中で、何かを失うことがない人はいません。死別というかたちでなくても、様々なかたちで喪失というものが人生につきまとうものだと思います。そこから再生していく人の強さをこの映画は教えてくれます。この作品がみなさんの心のドアを開けられるような作品になることを願っております。
(インタビュー・文:編集部T)
余園園監督(左)と永山由里恵さん(右)
イントロダクション
日本で映画を撮り続ける中国人女性監督・余園園と
確かな実力を持った俳優陣が、
チェーホフ『かもめ』に乗せて描く「喪失」と「再生」の物語。
本作は、中国の名門・北京電影学院を卒業後、日本に留学し日本を舞台に映像表現の高みを目指す余園園(ヨ・エンエン)監督による喪失感に襲われる日々と再生をテーマにした新たな長編映画。余監督は、長編デビュー作『ダブル・ライフ』で、SKIPシティ国際Dシネマ映画祭2022にて国内コンペティション部門最優秀長編作品賞受賞、第35回東京国際映画祭にて特別招待、タリン・ブラックナイト映画祭2022に正式出品、翌年イタリアで開催されたバーリ国際映画祭では監督賞受賞の快挙を果たした逸材として国内外で高く評価されている。
夫と死別した主人公・里見春を演じるのは劇団「青年団」に所属する永山由里恵。Q市原佐都子作・演出『バッコスの信女-ホルスタインの雌』『キティ』など舞台を中心に活動し、本作にて万田邦敏監督『イヌミチ』(14)以来となる主演を務める。亡き夫を巡るもうひとりの登場人物・望月ひかり役を演じるのは、七里圭監督『Necktie』や宮崎大祐監督『ざわめき』(19)などで独特な存在感を放つ菊地敦子。そのほか、『爽子の衝動』の梅田誠弘、『ハムレット』『ユーリンタウン』など数多くの舞台に出演し活躍する遠山悠介、舞台やドラマを中心に活躍する青山卓矢、映画『時には懺悔を』の公開が控える烏森まどら個性的な俳優陣が共演。
ストーリー
チェーホフ『かもめ』が導く、失った愛と再生の物語。
舞台女優・里見春は夫と死別し、
心に傷を抱えながらも『かもめ』の公演に挑んでいる。
後に明らかになった夫の秘密と舞台役が重なり演技に支障をきたす。
そんな中、夫の愛人を名乗る女が現れ‒‒‒
余園園 監督プロフィール
中国の名門・北京電影学院を卒業後、日本に留学。日本の映画配給会社に勤めながら映画美学校に通う。2022年、長編デビュー作『ダブル・ライフ』でSKIPシティ国際Dシネマ映画祭にて国内コンペティション部門最優秀長編作品賞受賞、第35回東京国際映画祭にて特別招待、タリン・ブラックナイト映画祭2022に正式出品、翌年イタリアで開催されたバーリ国際映画祭では監督賞を受賞する。2025年には短編『To Be A Woman』が第20回大阪アジアン映画祭インディ・フォーラム部門に出品されるなど、国際的な評価を高めている。
永山由里恵さん(里見春役)プロフィール
劇団「青年団」に所属。Q市原佐都子作・演出『バッコスの信女-ホルスタインの雌』『キティ』など舞台を中心に活動し、本作にて万田邦敏監督『イヌミチ』(14)以来となる映画主演を務める。
アップリンク吉祥寺にて8月1日(金)公開
出演:永山由里恵、菊地敦子、梅田誠弘、遠山悠介、青山卓矢、烏森まど
監督:余園園|脚本:余園園 伊藤駿|プロデューサー:余園園 鞠英豪 青木英美|ラ
インプロデューサー:閻作宇|撮影:星野洋行|照明:石塚大樹|舞台照明:黒太剛
亮|録音:佐藤友亮|音楽:川島陽|振付:砂連尾理|美術:土田百恵ヘアメイク:池田奈緒
助監督:中江伶乙|制作:瑚海みどり|宣伝デザイン:千葉健太郎|配給・宣伝協力:工藤憂哉
2025/日本・中国/133分 ©ENEN FILMS