『MELT メルト』スリラー要素と青春物語のバランスが素晴らしい !
『MELT』の原作は、ベルギーで20万部を超えるベストセラーとなったリゼ・スピットの小説『Het Smelt』(英題:The Melting/意訳:溶けていく)である。2015年に刊行され、衝撃的な内容と緻密な心理描写によって広く注目を集めた。
物語は、主人公エヴァが故郷の小さな村に戻り、思春期に体験したトラウマと向き合っていく過程を描いたものだ。彼女は、かつての友人たちと過ごしたある夏を回想しながら、その記憶が現在の自分にどのような影響を及ぼしているのかを見つめ直していく。少年たちとの危うい遊び、性と暴力、いじめ、そして沈黙の連鎖――そうしたテーマが静かに、しかし容赦なく浮かび上がる。
小説を読んだフィーラ・バーテンス監督は、こう語っている。
「印象的だったのは、居場所を求め、存在を認めてもらおうとする少女の痛切な孤独でした。成長した彼女は孤独で、完全に世界から切り離され、不安や自尊心の問題を山ほど抱えていますが、それは私自身にも覚えがあるものでした。私はストーリーのそうした部分に強く惹かれました。彼女が持ち歩いた氷塊は、サスペンスの要素としても非常に象徴的で、すぐに映像が頭に浮かんできたのです。」
そう、この映画の鍵となるのは、タイトルにも象徴されている “溶けてしまう氷の塊” である。
予告編の冒頭には、《まるで、ラース・フォン・トリアーX ミヒャエル・ハネケ X ヨルゴス・ランティモス! ― Edge Media Network》というテロップが映し出される。確かに“胸糞映画”と呼ばれるジャンルの系譜に位置づけることもできるが、むしろ、《スリラー要素と青春物語のバランスが素晴らしい ― Screen Daily》というレビューの方が、本作の本質をより的確に捉えているのではないだろうか。
ぜひスクリーンで、本作『MELT メルト』で長編映画の監督デビューを飾った、ベルギー出身の俳優・歌手・監督フィーラ・バーテンスの手腕を確かめてほしい。(CA)
イントロダクション
少女時代に人生を狂わされた孤独な女性が、
絶望的な結末へと突き進んでいくトラウマ映画
映画には観る者に勇気や希望を与える力があるが、それとはまったく逆のネガティブな吸引力をみなぎらせ、おぞましい結末へと突き進む異端的な作品もある。俗に“胸糞映画”とも呼ばれるそれらの映画は近年、絶望的なバッドエンディングに打ちのめされた観客が、SNSにその衝撃体験を投稿し、密かな盛り上がりを見せるという現象が起こっている。ベルギーのフィーラ・バーテンス監督が放った⻑編デビュー作『MELT メルト』は、まさしくその系譜に連なるであろう新たなトラウマ映画である。
エヴァという 13 歳の少女を主人公にしたこの映画は、大人になったエヴァが忌まわしい過去を回想する形で物語が展開。ひとりの少女の日常を容赦なく破壊し、ほぼ永遠に人生を狂わせてしまうトラウマとは、いかなる惨劇によってもたらされたのか。上質なミステリー映画のように巧みな構成で真実を明かしていく本作は、2023 年のサンダンス映画祭で最優秀演技賞(ワールド・シネマ・ドラマティック部門)に輝き、ベルギーのアカデミー賞たるマグリット賞で最優秀フランドル映画賞を受賞するなど、クオリティの高さにおいても絶賛を博した。
ストーリー
ブリュッセルでカメラマン助手の仕事をしているエヴァは、恋人も親しい友人もなく、両親とは⻑らく絶縁している孤独な女性。そんなエヴァのもとに一通のメッセージが届く。エヴァの少女時代に不慮の死を遂げた少年ヤンの追悼イベントが催されるというのだ。そのメッセージによって 13 歳の時に負ったトラウマを呼び覚まされたエヴァは、謎めいた大きな氷の塊を車に積み、故郷の田舎の村へと向かう。それは自らを苦しめてきた過去と対峙し、すべてを終わらせるための復讐計画の始まりだった......。
フィーラ・バーテンス監督インタビュー
リゼ・スピットの小説『Het Smelt』を最初に読んだ時、何が心に残りましたか?
印象的だったのは、居場所を求め、存在を認めてもらおうとする少女の痛切な孤独でした。成⻑した彼女は孤独で完全に世界から孤立し、不安や自尊心の問題を山ほど抱えていますが、これは私にも覚えがあります。私はストーリーのそうした部分に魅かれました。彼女が持ち歩いた氷塊はサスペンス要素として素晴らしく、すぐに映像が頭に浮かびました。
この小説を映画化するにあたり、難しかったことは?
大きな変更は、エヴァが子どもの時も大人の時も、原作よりアクティブになっているところです。子どもの頃、彼女はみんなの輪の中に入ろうと積極的に行動しているし、故郷に戻った現在も原作より行動的です。原作では、彼女はもっと受身ですべて独白ですが、ナレーションでの表現はしないと決めていました。また原作の登場人物は冷たいけれど、映画では観る人に好きになってもらいたくて違う一面も描きました。原作の雰囲気を壊さないよう、注意して変更を加えています。いきなり彼女をヒーローにすることはできませんでした。この本は430ページ超の大作で、タイムラインが3つありますが、映画では2つに凝縮する必要がありました。
ローザ・マーチャント(少女時代)とシャーロット・デ・ブリュイヌ(成人)をエヴァにキャスティングした経緯は?
まず子役からキャスティングを始めました。すばらしい演技のできる子は限られていますから。すぐれた女優を探していて、シャーロットの写真を見つけました。ふたりに同じ部屋で過ごして、お互いの真似をしたり、ただ話したりしてもらいました。オーディションというわけではなく、ただ一緒に過ごして、うまくいくか見てみたのです。過去のシーンを先に撮影していたので、シャーロットはローザの演技を体得することができました。それを採りいれることで、最高のパフォーマンスにつながりました。
ローザは⻑編映画初出演ですが、どのように準備されましたか?
彼女は、創造性や自由を重んじるシュタイナー学校に通っています。とても明るく、言うことに間違いがなくて、信頼できる子でした。とても穏やかで感じが良く、優しい子なんです。すぐに「すごい、この子にはイマジネーションがある!」とわかりました。存在を消すこともできるし、役に入れば場の空気を支配します。ワークショップは何度もおこない、子どもたちと話す時間をたっぷり取りました。安心できる環境で関係性を築き、自信を持たせたかったのです。
観客にどのようなことを想起させたいとお思いですか?
すべてを受けいれてしまい、世間から厳しい目を向けられがちな、傷つきやすい人を描いた映画をつくりたかったんです。レジリエンスや強くあることを描く映画が多いけれど、この映画は、痛みを人目に触れない心の奥底に押しこめている人のためのもの。痛みは、ひそやかに内側からその人を蝕んでゆくのです。
実生活では、扱いにくい人や内気な人、よそよそしい人や落ちこんでいる人に、軽く「元気出しなよ」などと言ってしまいがちです。でも、簡単に気持ちを切り替えられない人もいます。目に映るものがすべてとは限りません。私は気軽に話すことができますが、それはトラウマがないからです。深いところに押しこめているトラウマを、怖くて表に出すことができない人もいます。この映画で、そのような人に少しでも感情移入してもらえたらと願います。
監督プロフィール
1978 年ベルギー生まれ。俳優・歌手・監督。ブリュッセルの「高等演劇学院」でミュージカルを学ぶ。
2005 年にオランダ版 ミュージカル『⻑くつ下のピッピ』の主役を演じ、ミュージカル主演女優部門で「ジョン・クライカンプ・ミュージカル賞」を受賞。2008 年には TV シリーズ「SARA」(テレビ番組「アグリー・ベティ」のフランドル版) での演技で最優秀女優賞と最も人気のあるテレビパーソナリティ賞を受賞。その後 TV シリーズ「CODO 37」に出演し人気を博す。
2012 年、映画『オーバー・ザ・ブルースカイ』に主演し、ヨーロッパ映画賞<最優秀女優賞>、トライベッカ映画祭<最優秀女優賞>など、その演技が高く評価され、第 86 回アカデミー外国語映画賞にもノミネートされた。現在も主に俳優として活動している。
本作で監督デビューを飾り、2023 年サンダンス映画祭<ベストパフォーマンス賞>受賞(ローザ・マーチャント) と審査員大賞ノミネート、2023 年サンパウロ国際映画祭<最優秀⻑編映画賞受賞>など、各国の映画祭で高く評価され、監督としての手腕も発揮している。
アップリンク吉祥寺・アップリンク京都ほか全国劇場にて7月25日(金)より公開
監督:フィーラ・バーテンス
出演:シャーロット・デ・ブリュイヌ(エヴァ大人)、ローザ・マーチャント(エヴァ少女)
原作:「Het Smelt」(2015)
2023 年/ベルギー、オランダ/オランダ語/111 分/シネスコ/5.1ch/原題:Het Smelt /英題: When It Melts /日
本語字幕:草刈かおり/提供:ニューセレクト、キングレコード/配給:アルバトロス・フィルム/後援:駐日ベルギー大使館、オランダ
王国大使館 PG12
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