『私たちが光と想うすべて』彼女たちは、"光と想う何か"を見つめつづける。

『私たちが光と想うすべて』彼女たちは、"光と想う何か"を見つめつづける。

2025-07-14 08:00:00

鋭い感性の表現は、しばしば繊細である。フィルムの粒子とも異なる、雨季のむっとする湿気を帯びたような映像と、人々の喧騒と激しい雨の音の中でもかき消されることのないナイーブな音楽で、光をめぐる思索をたどり、”光と想うすべて”をほんとうに捉えるかのようだ。

監督は、インド・ムンバイ出身のパヤル・カパーリヤー監督。「THE LAST MANGO BEFORE THE MONSOON」(2015)という印象的なタイトルの実験的なドキュメンタリー映画を発表しているカパーリヤー監督は、小さなカメラで街を歩きながら撮りためた映像と録音した環境音を織りまぜながら、彼女自身にとっても親密な街であるムンバイで生きる、3人の女性の物語を作り上げた。

看護師をしているプラバと、彼女の若い同僚でルームメイトのアヌ。そして二人の病院にある食堂で働くパルヴァティ。お見合い結婚後まもなく仕事で海外に行った夫と、もう何年も会っていないプラバ。両親からの縁談話を聞き入れず、異教徒の恋人と逢瀬を重ねるアヌ。長年ひとり暮らしをしたアパートが高層ビル建設のため立ち退きとなり、田舎へ帰ることを決めたパルヴァティ。年齢も境遇も性格も違う3人が、一人でいるときに見せる濡れたようなひとみの色はとても似ている。それはきっと彼女たちのそれぞれが、光と想う何かを見つめるまなざし。

物語の舞台は後半、ムンバイからパルバティの故郷であるインド西海岸の田舎町へと移る。都会とはべつの時間の流れ方をするその場所で、3人の立つ不確かな現在地──プラハの夫への想い、アヌの恋の行方、パルバティの新しい家──が、次第にほどかれていく。

シスターフッドという概念や言葉をわざわざ借りなくてこなくても、ドキュメンタリー的なリアリズムと幻想とが、3人の想いが交差する瞬間を描き出す。カパーリヤー監督にしかできないであろう、鋭い、繊細な仕方で。

(小川のえ)

イントロダクション

インド映画史上初の快挙!

第77回カンヌ国際映画祭グランプリ受賞!70カ国以上で公開決定!

第77回カンヌ国際映画祭でインド映画史上初のグランプリを受賞し話題となった、新鋭パヤル・カパーリヤー監督初長編劇映画。

都会で生きる女性たちが、人生のままならない状況に対峙しながら、ありのままでいたいと願い支え合う姿に、国や文化を超えた共感が湧き上がる感動作。カパーリヤー監督と同世代で『バービー』旋風で全世界を席巻したグレタ・ガーウィグ監督を審査委員長に、日本から審査員として参加した是枝裕和監督も本作を絶賛。ゴールデン・グローブ賞など100以上の映画祭・映画賞にノミネートされ25以上の賞を受賞、オバマ元⼤統領の2024年のベスト10に選ばれ、70か国以上での上映が決定するなど、世界中から⾼評価を獲得している。

光に満ちたやさしく淡い映像美、洗練されたサウンド、そして夢のように詩的で幻想的な世界観を紡ぎ出し、これまでのインド映画のイメージを一新、「ウォン・カーウァイを彷彿とさせる」と評判を呼んだ。 

さらに、カパーリヤー監督は、2025年カンヌ国際映画祭コンペティション部門の審査員にも大抜擢。シャーロット・ウェルズ監督(『aftersun/アフターサン』)、セリーヌ・ソン監督(『パスト ライブス/再会』)など、30代の若手女性監督たちの作品が世界の映画祭で脚光を浴びる中、現在39歳のカパーリヤー監督もまた、世界中から新たな才能として熱い注目を集めている。

ストーリー

インドのムンバイで看護師をしているプラバと、年下の同僚のアヌ。

二人はルームメイトとして一緒に暮らしているが、職場と自宅を往復するだけの真面目なプラバと、何事も楽しみたい陽気なアヌの間には少し心の距離があった。

プラバは親が決めた相手と結婚したが、ドイツで仕事を見つけた夫から、もうずっと音沙汰がない。アヌには密かに付き合うイスラム教徒の恋人がいるが、お見合い結婚させようとする親に知られたら大反対されることはわかっていた。そんな中、病院の食堂に勤めるパルヴァティが、高層ビル建築のために立ち退きを迫られ、故郷の海辺の村へ帰ることになる。

揺れる想いを抱えたプラバとアヌは、一人で生きていくというパルヴァティを村まで見送る旅に出る。神秘的な森や洞窟のある別世界のような村で、二人はそれぞれの人生を変えようと決意させる、ある出来事に遭遇する──。

パヤル・カパーリヤー監督インタビュー

ー私たちが光と想うすべて』は、その冒頭部分だけでも、ムンバイの生活に深く、そして見事に入り込んでいます。街の明かり、店、小さなレストラン、電車、バス、地下鉄。常に降り続けているように見える雨もまた、映画全体の雰囲気に大きな影響を与えています。あなたは元々ムンバイ出身ですか?

私はムンバイ出身。ずっとそこで育ってきたわけではないけど、最も馴染みのある街です。ムンバイは非常に国際的な都市。国中から人々が働きにやって来るから多文化的で多様性に富んでいます。それに、国内の他の地域と比べて女性が働きやすい場所でもあります。私は故郷を離れて働きに出る女性たちを描いた映画を作りたかった。ムンバイはその舞台にぴったりだったのです。
この都市で私が惹かれたもう一つの側面は、非常に変化に富んだ場所だということ。ムンバイの一部の地域は不動産ブームによって急速に変わりつつあります。デベロッパーは長年人々が暮らしてきた場所を次々と奪っているのです。住民の中には土地の権利書のない人もいます。だから地権主張の手立てによって土地を得ているのです。
映画の舞台となっているローワー・パレルからダーダルにかけての地域は、かつて大規模な紡績工場があった場所。1980 年代以降、多くの工場が閉鎖されて人々は仕事を失いました。この土地の多くは当時の政府から工場のオーナーに非常に安く提供されていました。だから工場が閉鎖された際には、土地は工場労働者の家族に分配されるべきだと考えられていたのです。だけど家族はその土地を騙し取られ、代わりにこの地域には大きなゲート付きの高級集合住宅や高級ショッピングモールが建ち並びました。労働者は何も得るものがないまま、工場のオーナーだけが美味しい思いをしたのです。この道を通る際、建物の並びを見ただけでその社会政治的な歴史をうかがい知ることができます。

ームンバイと深く結びついた映画を作るにあたり、どのように撮影したのでしょうか。

ムンバイはインド映画産業の中心地だから、撮影にはかなりのコストがかかります。そこで 2 台のカメラを使って撮影しました。メインのカメラは、撮影許可が下りた場所で使いました。2 台目は性能の良い小型のキャノンの EOSC70 は、許可が下りなかった場所で使いました。ロケハンのふりをしてね。俳優の皆さんがインド映画に出演経験があってとても協力的だったおかげで、撮影は充実したものになりました。

ー驚くべきことに、『私たちが光と想うすべて』の後編はムンバイではなく海辺の村で展開されます。

後編はラトナギリの海岸地区にある村が舞台。昔から、紡績工場で働くためにムンバイに行く人が多い地域なのです。前編の舞台であるローワー・パレルやダダールの形成に重要な役割を担ってきました。紡績工場が閉鎖されると人々は生活を立て直すのに非常に苦労しました。実は、職を失った夫の代わりに女性が家計を支えるため働き始めたのもこの頃です。彼女たちはライガドやラトナギリといった地域出身の人が多いです。

ー2024 年のインドで女性監督であることをどのようにお考えですか?

女性監督という言葉が私を適切に定義づけているかどうかわからないけど、インドでは性別だけが特権の欠如を示す要因ではありません。他に様々な要因があります。私は女性だけど、支配的なカーストに属し、特権的な階級にいます。だから、同じ特権を持たない男性より楽にできることがたくさんあるのです。映画を作るのは誰にとっても大変なことで、特にインディペンデント映画で映画祭に選ばれようとするのは難しい。十分な資金が必要だから。ヨーロッパのシステムには感謝しています。質問に戻ると、私は自分のことを性別のせいでチャンスを得られない女性監督だとは思っていません。他のいくつかの特権のおかげで、多くのチャンスを得られていると思っています。

監督プロフィール

1986年、インド・ムンバイ生まれ。インド映画テレビ研究所で映画の演出を学ぶ。2015年に製作した実験的なドキュメンタリーの短編「THE LAST MANGO BEFORE THE MONSOON」が、2018年ベルリン国際映画祭でプレミア上映され、同年のアムステルダム国際ドキュメンタリー映画祭で審査員特別賞を受賞。続いて2017年に製作した13分の短編「AFTERNOON CLOUDS」は、カンヌ国際映画祭のシネフォンダシオン部門に選出される。初長編ドキュメンタリー『何も知らない夜』は2021年カンヌ国際映画祭の監督週間で上映され、ベスト・ドキュメンタリー賞であるゴールデンアイ賞を受賞。2023年には山形国際映画祭インターナショナル・コンペティション部門でロバート&フランシス・フラハティ賞(大賞)受賞するなど、15の映画賞にノミネート、9つの賞を受賞している。『私たちが光と想うすべて』は初長編劇映画ながら、第77回カンヌ国際映画祭でグランプリを受賞し、世界から注目を集める映画監督の一人となった。

アップリンク吉祥寺 ほか全国劇場にて公開

公式サイト

2025/101分/カラー/日本/5.1ch/ビスタ/G

監督・脚本:パヤル・カパーリヤー 

出演:カニ・クスルティ、ディヴィヤ・プラバ、チャヤ・カダム

原題:All We Imagine as Light/2024年/フランス、インド、オランダ、ルクセンブルク/マラヤーラム語、ヒンディー語/118分/1.66:1/字幕:藤井美佳/配給:セテラ・インターナショナル PG12

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