『顔を捨てた男』顔を捨てても、捨てられないもの。
「本作は、“持っていないものを欲しがる”という普遍的なテーマを扱った作品であり、特定の病気だけが強調されることは避けたい」 というアーロン・シンバーグ監督の意向に則り、本作を紹介していきたい。
この物語には3人の主要人物が登場する。
一人目は主人公のエドワード。彼は顔に障害をもっている。その障害から会社勤めや社交的な生活からは遠ざかっているが、自暴自棄になるようなことはなく、孤独というよりもささやかなひとりの生活を送っている。
二人目は、エドワードが住むアパートの隣の部屋に引っ越してきた若い女性イングリッド。劇作家志望の彼女は、気取らずオープンマインドで、エドワードは自然と彼女に心を開いていく。
そして三人目は、イングリッドがエドワードとの思い出を基にして書いた演劇を通じて出会う、エドワードとそっくりな顔のオズワルド。彼の場合、顔に障害をもちながらも自信に満ちあふれ、謎は多いが街の人気者のようだ。
ある日エドワードは通院先の病院で、傷を急速に治すことのできる新薬の治験者となる話をもちかけられる。顔の障害が治るかもしれない。エドワードは戸惑いながらもその薬を試すことを決意し、やがて新しい顔を手にいれる。そして、「ガイ」という名前で、別人としての生活を始める。
主要な人物が3人いると前述したが、顔を変えたエドワード、つまり「ガイ」を含めるとすれば、物語の中心人物は4人ということになるかもしれない。
イングリッドは演劇づくりの過程で、「彼の醜さを搾取していた」と、ひらめいたかのように真剣な表情で話す。それはどこか誠実な懺悔のようでありながら、その発言には好意と無自覚な暴力性が同居しているようにも映る。
そして教養もセンスもユーモアも、人並み以上に持ち合わせていると見えるオズワルドは、『エレファント・マン』にどんな感想をもつのだろう。辛気臭いものは見ない、と笑って済ませるかもしれない。だがそれは、彼自身の生き残る術でもあるのだろう。
そう考えると、「ガイ」になったエドワードだけに、美しさにも醜さにもそれほどの価値がないことを見つめ、受け入れるチャンスが与えられていたように思える。
劇中に何度か登場する「プラセボ」という言葉が印象的に宙に浮いている。プラセボは偽薬のことで、思いこみや暗示によって本当に効いてしまうことをプラセボ効果という。勘違いをして、それに気づかないで、生きていけたら一番気楽かもしれない、とよぎるがそれは、どこか虚しいことである。満たされないことで満たされている私たちは不必要に悲観的になり、叶わない希望をもつことをやめられない。
(小川のえ)
イントロダクション
数々の独創的な作品で映画史を塗り替えてきたA24が、気鋭アーロン・シンバーグ監督の才能に惚れ込み、初のタッグで誰も観たことのない衝撃の異色作を完成させた。主演は『アベンジャーズ』シリーズ、『アプレンティス:ドナルド・トランプの創り方』のセバスチャン・スタン。本作では、アカデミー賞®にもノミネートされた特殊メイクを施し、容姿が変わっていく主人公の複雑な心情を熱演。見事、ベルリン国際映画祭、ゴールデングローブ賞で主演俳優賞に輝いた。共演には『わたしは最悪。』のレナーテ・レインスヴェ、『アンダー・ザ・スキン 種の捕食』アダム・ピアソンら実力派が集結。撮影は全編16mmフィルムで行われた。
顔が変われば、なりたい自分になれるのか──?「ルッキズム(外見至上主義)」をブラックなユーモアを効かせながら痛烈に風刺した本作はサンダンス国際映画祭でのワールドプレミアを皮切りに瞬く間に話題となり、全米では4館からスタートした上映が265館にまで拡大。各国の映画祭でも受賞を重ね、観る者を驚きと興奮の渦に巻き込んだ。
ありのままの自分を置き去りにし、誰もが「理想の自分」を演じて生きる現代に突きつける、究極の不条理劇が誕生した。
ストーリー
顔に極端な変形を持つ、俳優志望のエドワード。
隣人で劇作家を目指すイングリッドに惹かれながらも、自分の気持ちを閉じ込めて生きる彼はある日、外見を劇的に変える過激な治療を受け、念願の“新しい顔”を手に入れる。
過去を捨て、別人として順風満帆な人生を歩み出した矢先、目の前に現れたのは、かつての自分の「顔」に似たカリスマ性のある男オズワルドだった。
その出会いによって、エドワードの運命は想像もつかない方向へと猛烈に逆転していく───。
アーロン・シンバーグ監督プロフィール
米イリノイ州出身の映画監督、脚本家。ニューヨークを拠点に活動。口唇口蓋裂の矯正治療を受けた経験にインスピレーションを得て、外見やアイデンティティをテーマにした独創的な世界観の作品を発表。 長編2作目「Chained for Life(原題)」(18)ではアダム・ピアソンを主演に抜擢し話題を呼んだ。長編3作目となる『顔を捨てた男』(23) では、主演のセバスチャン・スタンをベルリン国際映画祭、ゴールデングローブ賞の最優秀俳優賞に導いたほか、シッチェス・カタロニア国際映画祭で最優秀脚本賞受賞、ゴッサム・フィルム・アワードでは最優秀作品賞を受賞した。
監督・脚本:アーロン・シンバーグ
出演:セバスチャン・スタン レナーテ・レインスヴェ アダム・ピアソン
撮影:ワイアット・ガーフィールド 編集:テイラー・レヴィ 音楽:ウンベルト・スメリッリ
製作:クリスティーン・ヴェイコン ヴァネッサ・マクドネル ガブリエル・メイヤーズ
2023年/アメリカ/カラー/ 1.85 : 1 /5.1ch /112分/PG-12/英語/原題:A Different Man
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配給:ハピネットファントム・スタジオ