『ザ・ウォーク ~少女アマル、8000キロの旅~』言葉と出会いがつなぐ希望(6/20先行上映会レポート)
7月11日公開の映画『ザ・ウォーク ~少女アマル、8000キロの旅~』の先行上映イベントが、6月20日の「世界難民の日」にアップリンク吉祥寺で開催された。上映後のトークには、シリア出身で現在は日本に暮らすアナス・ヒジャゼイさん、国連UNHCR協会の山崎玲子さん、映画監督の関根光才さんが登壇し、映画の感想や難民をめぐる現状、そして「希望」について語った。
登壇したアナスさんは、2013年に戦火の故郷ホムスを離れレバノンへ避難、その後日本に移住した経験をもつ。「日本に来て初めて“ホーム”を感じた」と語り、日本の人々が家族のように迎え入れてくれたことへの感謝を口にした。今年春には10年ぶりにシリアに一時帰国し、廃墟と化した故郷の姿と、そこに描かれた自由を願う詩や絵に強い印象を受けたという。「日本にいるからこそ、社会に貢献できることがある」と語るその姿は、多くの観客の心を打った。
国連UNHCR協会の山崎さんは、現在1億2000万人を超える人々が紛争や迫害により故郷を追われているという最新の統計を紹介。「難民とは“数字”ではなく、一人ひとりに人生がある」と訴えた。また、「ウクライナ危機の際には日本でも多くの人が動いた。私たちには行動する力がある」と、来場者に呼びかけた。
関根監督は、国連UNHCR協会と共同制作した映像詩『リスト:彼らが手にしていたもの』をイベント内で上映。その制作背景について、「詩というメディアを通して、自分たちがそこに身を置いたとき、何を持って逃げるだろうかと想像してほしかった」と語った。詩は、難民となった人々が逃れる際に手にしていた物をモチーフに構成されたもので、監督はその内容を「自分のこととして思いを馳せるための入り口」と位置づけた。上映後には、難民の詩人によるメッセージを自ら朗読。「表現には、他者の痛みを届ける力がある」と語るその声に、会場は静かに耳を傾けた。
最後に登壇者たちは、「小さな一歩が世界を変える」と語り、日常の挨拶や対話、関心を寄せることの大切さを強調した。
(編集部NT)
左から山崎玲子さん、関根光才さん、アナス・ヒジャゼイさん、アーヤ 藍さん(MC)
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イントロダクション
難民の子どもたちの声を伝える旅に出た人形アマル
2025 年現在、世界では 1 億 1730 万人にのぼる人々が国内外に避難し、難民状態にある。そして、その内の40%にあたる推定 4700 万人が 18 歳未満の子どもである1。戦争により子どもたちは住み慣れた家や大切な人、教育を受ける権利をも奪われ、貴重な子ども時代を失っている。そうした子どもたちの悲しみや願いを伝えるため、2021 年、身長約 3.5 メートルの人形アマルの旅プロジェクト The Walk が始まる。アマルはアラビア語で「希望」を意味し、9 歳のシリア難民の少女をかたどっている。本作はアマルがシリア国境からヨーロッパを横断する旅路を追いながら、アマルの眼差しから世界の実情を伝え、アマルとともに難民の人たちの声を聴いていく。
難民に対する優しさと憎悪、新たな居場所は見つかるのか
訪れた国々で、アマルは難民を快く受け入れてくれる地域社会や人々との出会いに希望を感じる一方、様々な理由で難民の受け入れを拒む人々から向けられる憎悪には恐怖を感じることも。それでも、故郷に帰ることは叶わないため、アマルは安心できる新たな居場所を探し続ける。アマルの旅に同行している人形遣いのムアイアド(シリア出身の難民)とフィダ(パレスチナ人)や、アマルの声を表現している実在のシリア人の少女アシルも戦争のトラウマを抱えているが、旅の中で希望を探そうとしていく。旅の途中、アマルは多くの難民とも出会う。時に悲惨な現状を目の当たりにしながらも、彼らの話に耳を傾け続ける。思いやりと人権の国際的なシンボルとなったアマルが、避難生活を送る人々や、家族と離ればなれになった子どもたちに伝える希望のメッセージとは── 。
タマラ・コテフスカ監督メッセージ
私は映画監督として、現実を最もユニークかつ予想外の方法で観客に届けることに常に関心を持っています。初監督作品である長編ドキュメンタリー『ハニーランド 永遠の谷(2019年)』は、私が選んだ物語ではなく、むしろ選ばされた物語でした。一見ミツバチについての映画ですが、実際には“人間の貪欲さ”というもっと深い問題について、映画制作の最も重要な側面である映像美を通して探求しています。
『ザ・ウォーク ~少女アマル、8000キロの旅~』は、『ハニーランド 永遠の谷』のごく自然な延長線上にあると感じています。この映画は、シリア難民の少女をかたどったアマルと呼ばれる身長3.5メートルの操り人形が旅する斬新で芸術的なプロジェクトに基づいています。アートディレクターのアミール・ニザール・ズアビの指導の下、アマルはヨーロッパ、ウクライナ、アメリカを3ヶ月間旅し、保護者のいない難民の子どもたちの苦境に対する意識を高めました。 ※映画はヨーロッパの旅のみを撮影
私は、このプロジェクトの力を使ってこれまでの映画で見たことのないような方法で難民の体験にアプローチしたいと強く思いました。それは、おとぎ話のようなアプローチです。幼いシリア人の少女がヨーロッパ横断の旅をどのようにイメージする?楽しみは何だろう?どんな困難があるだろう?子どものレンズを通して見ることで、この物語に何か違うものを加えたいと思いました。 そのために、共同プロデューサーのハッサン・アッカド(自身もシリア難民)、トルコのシリア国境で活動する慈善団体、Karam Foundationと緊密に協力し、この旅と紡がれる言葉が難民としてだけでなく、特に若いシリアの少女のものになるよう努めました。
バルカン半島出身の映画監督として、私は長年、この地域を通過する難民たちの静かな闘いを目の当たりにしてきました。自分たちも長年紛争の悲惨さを経験しているにも関わらず、バルカン半島は戦争から逃れてきた中東からの難民たちに定住権を提供してこなかったという事実を、私は誇りに思えません。難民は幽霊のように扱われ、目に見えない存在として、気づかれずに通り過ぎる操り人形のように扱われているのです。
しかし、本作は助けを求める悲痛な叫びではなく、難民の闘い、強さ、平等であるための能力を称えるものなのです。メディアでは、難民は犠牲者であるというストーリーで埋め尽くされていますが、私はこの映画で難民が社会の重荷であるとか、巻き添えであるという認識を変えたいと思っています。アマルや映画の中で出会う人たちのように、難民は多くのことを提供できるひとりの人間であることを示したい。そして、難民の物語は様々な方法で語られてきましたが、本作では人形劇、演劇、ドキュメンタリー、フィクションの要素を組み合わせることで、これまでにない新たな表現ができたと感じています。
監督プロフィール
サンダンス映画祭でプレミア上映され、審査員大賞と審査員特別賞を受賞した映画『ハニーランド 永遠の谷』でアカデミー賞®にノミネートされた。同作は、アカデミー賞®長編国際映画賞と長編ドキュメンタリー賞の両方にノミネートされた史上初のドキュメンタリー作品となった。『ザ・ウォーク ~少女アマル、8000キロの旅~』はそれに続く長編作品である。
アップリンク吉祥寺ほか全国劇場にて7月11日(金)公開
監督 :タマラ・コテフスカ
製作総指揮:アミール・ニザール・ズアビ、スティーブン・ダルドリー、ジェフ・スコール、デイヴィッド・リンディ他
プロデューサー:ハーリー・グレース、オーランド・ボン・アインシーデル、デイヴィッド・ラン、トレイシー・シーウォード
共同プロデューサー:ハッサン・アッカド、エリー・ブレイン アートディレクター:アミール・ニザール・ズアビ
音楽:デューク・ボジャジエフ
撮影:ジャン・ダカール、サミル・リュマ
編集:マルティン・イワノフ
登場人物:アシル・エルセプティ、ムアイアド・ルーミエ、フィダ・ジダン、マリア・アブドゥルカリム、ラナ・タハ、ローマ教皇フランシスコ
制作:Grain Media
配給:ユナイテッドピープル
80分/イギリス/2023年/ドキュメンタリー
©2023. Grain Media Ltd.