『夏の砂の上』それでも乾ききらないものがある。

『夏の砂の上』それでも乾ききらないものがある。

2025-07-04 08:00:00

長崎の街。真夏の白い太陽の光が、あの夏の光を彷彿とさせ、登場人物たちはまるで亡霊のように、光の下を彷徨う。

息子に死なれ、更には妻も仕事も失った主人公の治(オダギリジョー)。治の元を去った妻の恵子(松たか子)。母親の自分勝手な都合のために、治に預けられた姪の優子(髙石あかり)。

それから。唐突に迎えに来た母親に、新たな場所へと連れられていく優子。治の元同僚といっしょになることを選んだ恵子。優子も恵子もいなくなり、一人の生活に戻る治。

彼らの生活はそれぞれ次の段階へと進んだものの、前進した者は誰ひとりとしていなかったのではないか。

長崎の街の坂のように、長く続くそれをやっとのことで登っては、また下りていくだけ。そして照りつける太陽。いつまでも降ってくれない雨。乾きに対して彼らができることは、雨という慈しみを待つことだけ。

それでもこの物語を見捨てず、守るのは、優子の白くみずみずしい肌である。どんなに強く光が降り注いでも、彼女の肌は潤いを失わない。

私の住む京都では、夏のこの時期夕方に、局所的などしゃ降りがある。夕立というような風情めいたものではなく、洪水のように。麦わら帽子を傘がわりにして帰路を急ぐ束の間、どこかで続く彼らの生活に思いをはせる。

(小川のえ)

イントロダクション

映画『美しい夏キリシマ』の脚本、映画『紙屋悦子の青春』の原作を手掛けた長崎出身の松田正隆による《読売文学賞 戯曲・シナリオ賞受賞》の傑作戯曲を、濱口竜介、三宅唱に次ぐ次世代の映画界を担う気鋭の演出家・玉田真也の監督・脚本で映画化。

本作は、雨が降らない夏の長崎が舞台となり、撮影は、2024年9月に全編オール長崎ロケで行われ、坂の多い長崎の美しい街並みが物語の余白を埋める大きな役割を果たしている。

原作となった松田正隆による戯曲は、平田オリザが1998年に舞台化して以降、幾度となく舞台で上演されており、2022年には主演・田中圭、演出・栗山民也で上演された。監督の玉田真也も自身の劇団「玉田企画」で2022年に上演した思い入れの深い作品で、念願が叶い今回の映画化となった。

また、音楽を坂本龍一や名和晃平と の仕事をはじめ、『国宝』(6/6公開)の音楽も手がけ、注目される音楽家・原摩利彦が手がけている他、2024年度の賞レースを席巻した『夜明けのすべて』の撮影・月永雄太と、照明・秋山恵二郎が参加するなど、日本を代表する俳優と新鋭のキャストそして、日本映画の第一線で活躍するスタッフが揃い、極上の人間ドラマを完成させた。

ストーリー

雨が降らない、夏の長崎。

幼い息子を亡くした喪失感から妻・恵子(松たか子)と別居中の小浦治(オダギリジョー)。

働きもせずふらふらしている治の前に、妹・阿佐子(満島ひかり)が、17歳の娘・優子(髙石あかり)を連れて訪ねてくる。

阿佐子は1人で博多の男の元へ行くため、しばらく優子を預かってくれという。

こうして突然、治と姪の優子との同居生活がはじまることに。

高校へ行かずアルバイトをはじめた優子は、そこで働く先輩の立山(高橋文哉)と親しくなる。

不器用だが懸命に父親の代わりをつとめる治との二人の生活に馴染んできたある日、優子は、恵子と治が言い争う現場に鉢合わせてしまう……。

玉田 真也監督コメント

今まで読んできた戯曲は数多くありますが、この「夏の砂の上」は僕にとって特別な作品であり続けました。

僕たちが生きる上で避けられない痛みや、それを諦めて受け入れていくしかないという虚無、そして、それでも生はただ続いていくという、この世界の一つの本質のようなものがセリフの流れの中で、どんどん立体的に浮かび上がってくる素晴らしい作品です。

その作品を映画にするということは僕にとって念願であったとともに、挑戦でした。演劇としての完成度があまりにも高いと思ったからです。そして、その挑戦は間違っていなかったと⻑崎での撮影を始めて確信していきました。

⻑崎の街の中に入っていくと、この街自体を主人公として捉えることができる、これはきっと映画でしかなし得ない体験だと感じていったからです。僕の頭の中だけにあった固定された小さな世界が、⻑崎という街と徐々に融合してより豊かに大きく膨らんでいく感覚でした。この映画を皆さんに観ていただけるのを楽しみにしています。

そして今回、素晴らしい俳優たちに集まっていただきました。演出するにあたり、皆さんとても協力的にアイデアを出してくださり、何一つストレスなく撮影をすることができただけでなく、何度見ても芝居が面白く、最前列で観るお客さんのように彼ら彼女らの芝居をただ楽しんでいる瞬間もたくさんありました。

皆さんの芝居に、この映画を想定の何倍も上に引っ張ってもらえたと思います。とても贅沢な時間でした。

玉田 真也監督プロフィール

1986年、石川県出身。玉田企画主宰・作・演出。自身の劇団「玉田企画」のすべての作品で作・演出を担当。2019年に今泉力哉監督と共作した舞台「街の下で」を発表。2020年にテレビドラマ『JOKER×FACE』(フジテ レビ)の脚本で、第8回市川森一脚本賞受賞。最新公演『地図にない』が2025年3月27日(木)~4月6日(日)下北沢・小劇場B1にて上演された。監督を務めたその他の映画作品に、第31回東京国際映画祭「日本映画スプラッシュ部門」に出品された『あの日々の話』(2019)、又吉直樹の原作を映画化した『僕の好きな女の子』(2020)、三浦透子を主演に迎えた『そばかす』(2022)などがある。

アップリンク吉祥寺 ほか全国劇場にて公開

公式サイト

2025/101分/カラー/日本/5.1ch/ビスタ/G

出演:オダギリジョー、髙石あかり、松たか子、森山直太朗 高橋文哉、満島ひかり、光石研

監督・脚本:玉田真也 

原作:松田正隆(戯曲『夏の砂の上』)

音楽:原摩利彦

配給:アスミック・エース

© 2025映画『夏の砂の上』製作委員会