『フォーチュンクッキー』割れたクッキーから、可能性のかけらがこぼれる。
“Love is to live for somebody, love is not to live with somebody.”―これはわたしが何年も前に食べたフォーチュンクッキーに入っていたメッセージで、特になにが響いたというわけではないのにもかかわらず、なぜか今でもお財布に入れてある。
だれでも一度は、フォーチュンクッキーをもらったり食べたりしたことがあるのではないだろうか。そして出てきたメッセージを妙に記憶に残している人も、意外と多いのではないか。単なる占いでも、崇高な詩でもないそのナンセンスな文章を、ときに啓示のように受け取ってしまうのは、それともわたしだけだろうか。
本作はそんなフォーチュンクッキーのメッセージの書き手となったうら若い女性、ドニヤの物語。
原題は「FREMONT(フリーモント)」。フリーモントは、カリフォルニア州中部にある湾岸都市の名前だ。アメリカで最大のアフガン人コミュニティがある場所であり、アフガニスタンのほかにもインドや中国など、アジア系の人々が人口の半数を占めている。
ドニヤはアフガニスタンからアメリカへやってきて間もない。中国人が経営する手づくりフォーチュンクッキー工場で働き、アフガニスタン料理のレストランで夕食を済まし、同郷の人ばかりが住まうアパートへと帰る毎日。母国では米軍基地で通訳の職に就いていたが、軍の撤退を機に祖国に家族を残して一人、フリーモントへとやって来たのだった。米軍基地での出来事からか、新しい土地での生活からか、あるいは両方か、彼女は不眠症に悩まされていている。ブラインドデートを勧めてくる友人からの電話を切り、シングルベッドで眠れない夜を過ごす。
何かを求めてアメリカに来たわけではない、とドニヤは言う。自分がしてきたこと、自分が今していること、どれもわかっている。 ”ここではないどこか” を追い求めたというよりは、彼女の場合、それは冷静な選択として、というふうに映る。
それでも残る行き場のなさは、感じる寂しさはどうしてだろう。「カブールの人たちが命の危機にある時に恋をしたいのは普通?」。同じアパートに住む夜ふかしの隣人に、ドニヤはそうもらす。
アメリカの、アジア人が多く暮らす街で、一人のアフガニスタンの女性が、フォーチュンクッキーのメッセージを書く―。この魅力的で独特な筋書きから、見えない距離、埋めたい距離、そしてわずかな結びつきについて、"可能性"という名の思いが膨らんでいく。
低調な毎日にうんざり気味の同僚が、ある日の仕事終わりに自宅で歌ってくれたヴァシュティ・バニヤンの「Diamond Day」。はじめはいいかげんと思えたセラピストが本棚から取り出し、ドニヤに読み聞かせたジャック・ロンドンの『白い牙』の長い一節。
ドニヤのように小さな出来事を支えにしながら、フォーチュンクッキーくらいの軽さで、可能性を感じていたい。
(小川のえ)
イントロダクション
フォーチュンクッキーをきっかけに、孤独な女性が新たな一歩を踏み出す姿をオフビートなユーモアを交えて描いた『フォーチュンクッキー』(23)は、第39回サンダンス映画祭でプレミア上映され、第39回インディペンデント・スピリット賞ではジョン・カサヴェテス賞を受賞。
心地よいノスタルジーを喚起させる、モノクロームで綴られた映像は、『ストレンジャー・ザン・パラダイス』(84)や『ダウン・バイ・ロー』(86)など、ジム・ジャームッシュ監督 の初期作を彷彿とさせながら、「アメリカのインディペンデント映画を刷新することに成功した」(Los Angeles Times)と話題を呼び、映画批評サイトRotten Tomatoesでは批評家たちから98%という高い支持を得た。
舞台となるフリーモントの街並みも魅力的だ。サンフランシスコやロサンゼルスのような開放的な西海岸のイメージとは異なり、多くのテクノロジー企業が拠点を置くベッドタウンで、アフガニスタン系やアジア系、特に中国、インド、フィリピン系の多様な民族が暮らしている。
またチャールズ・チャップリンの作品で知られる映画スタジオ、エッサネイ社がかつてスタジオを構え、『チャップリンの失恋』(1915) をはじめ数多くのチャップリン作品を撮影、ハリウッド史において重要な場所でもある。
本作ではドニヤの足取りを追いかけながら、そんな多様な文化と歴史が混ざり合うフリーモントの姿を垣間見ることができる。
ほんの“一粒 ”の勇気が「未知の世界へ」と導いてくれるかもしれない。哀愁を帯びたヴァシュティ・バニヤンの名曲「Diamond Day」のハーモニーにのせて、そんな爽やかな希望の風が吹き抜ける一作だ。
ストーリー
カリフォルニア州フリーモントにあるフォーチュンクッキー工場で働くドニヤは、アパートと工場を往復する単調な生活を送っている。
母国アフガニスタンの米軍基地で通訳として働いていた彼女は、基地での経験から、慢性的な不眠症に悩まされている。
ある日、クッキーのメッセージを書く仕事を任されたドニヤは、新たな出会いを求めて、その中の一つに自分の電話番号を書いたものをこっそり紛れ込ませる。
すると間もなく一人の男性から、会いたいとメッセージが届き…。
ババク・ジャラリ監督ステートメント
© Butimar Productions
この映画は、新しい国で生きる移民を描いていますが、移民の経験というものは一様ではありません。
人それぞれ、母国を離れた理由も、新たな場所での夢や願いも異なります。多くの場合、故郷から遠く離れた場所で一からスタートを切る人にとって 、 過去が現在を形作り、過去は決して完全に過去のものではないのです。
この作品で私は、人間はそれぞれ違うという考えを超えた視点で物事を見てみたかったのです。
「違い」を想像したり、「他者性」を誇張したりすることが多いこの世界の中では、普遍的な類似点を見つめることが重要です。移民であろうとそうでなかろうと、人々が持つ願いや夢、野望は共通しています。
この物語の主人公ドニヤは、気骨のある若い女性であり、かつて米軍の通訳を務めており、彼女は自らの選択の結果として、 今の状況に置かれていると感じています。ですが、彼女の苦悩や孤独感は消え去るわけではありません。彼女は現状を変えたいと願い、忙しくありたいと望み、心穏やかに過ごしたいと願い、恋をしたいと願い、そして受け入れられたいと願っています。多くの人が抱く思いと同じように。
『フォーチュンクッキー』は、アフガニスタン出身の通訳がアメリカで築く新たな生活を描いていますが、その描き方はソーシャル・リアリズムに基づくものではありません。
文化適応の中で感じる不条理や疎外感は、ユーモアを通じても表現することができます。確かに、本作が扱うテーマは時に重いものですが、暗闇の中にもユーモアはあり、映画作家である私にとってこの明るさは常に重要な要素でした。厳しい状況にユーモアを見出すことで 、物語の深みやリアリティを損なうどころか、むしろよりリアルに豊かなものになるのです。
「泣く者は、ひとつの痛みを抱えている。しかし、笑う者は、千の痛みを抱えている」― この言葉が示すように。
ババク・ジャラリ監督プロフィール
1978年、イラン北部のゴルガーン生まれ。主にイギリス、ロンドンで育ち、東欧研究の学位と政治学の修士号を取得した後、ロンドン・フィルム・スクールで映画制作を学ぶ。2010年に長編デビュー作『Frontier Blues(原題)』(09)が、サンフランシスコ国際映画祭で審査員特別賞を受賞し、脚光を浴びる。続いて、長編2作目の『Radio Dreams(原題)(16)が、ロッテルダム国際映画祭でタイガー・アワード(最優秀作品賞)、シアトル国際映画祭で審査員特別賞を受賞。さらにロシアのアンドレイ・タルコフスキー映画祭では最優秀監督賞を受賞するなど、数々の映画祭で高く評価される。3作目の『Land(原題)』(18)は、ベル リン国際映画祭でプレミア上映され、本作『フォーチュンクッキー』は4作目の長編監督作品。プロデューサーとしては、ヴェネチア国際映画祭でプレミア上映された、イタリアのドゥッチョ・キアリーニ監督『Short Skin(原題)』(14)や、ライアン・ゴズリングが製作総指揮を務めた、ノアズ・デシェル監督の『White Shadow(原題) 』(13)などに参加し、監督、プロデューサー、脚本家として多岐にわたり活躍している。
監督:ババク・ジャリリ
脚本:カロリーナ・カヴァリ、ババク・ジャリリ
出演:アナイタ・ワリ・ザダ、グレッグ・ターキントン、ジェレミー・アレン・ホワイト
2023年/アメリカ/英語、ダリー語、広東語/91分/モノクロ/1.37:1/5.1ch 原題:FREMONT
字幕:大西公子
配給:ミモザフィルムズ
© 2023 Fremont The Movie LLC