『おばあちゃんと僕の約束』家族の誰かを思い出し胸に詰まることが間違いなし
今年のカンヌ映画祭コンペ作品『ルノワール』の早川千絵監督の前作『PLAN 75』は、75歳以上の国民に無料の安楽死サービスを提供する近未来の日本を描いた作品。オオタヴィン監督の『ハッピー☆エンド』は、末期がん患者が在宅緩和ケアによる自宅で死を迎える選択を選ぶドキュメンタリー。
『おばあちゃんと僕の約束』は、アップリンク吉祥寺で公開されたその2作品を思い出した。本作は、タイの中華系家族のおばあちゃんとその家族の物語だ。おかゆの路上販売を営むおばあちゃんは、大腸がんでステージ4と診断される。抗がん剤治療を選ぶが、最終的には自宅で最期を迎えることを決め、孫と過ごしながら78歳で旅立つ。
タイで、そして世界に配給され、タイ映画としては歴代1位の大ヒット作となった。 比較として思い出した2作品と比べると圧倒的な幸福感を感じさせてくれる映画だと観終わって思った。おばあちゃん、その息子と娘、そして孫。三世代が登場し、観客の誰もが登場人物の誰かに感情移入をし、また自身の家族の誰かを思い出し胸に詰まることが間違いないだろう。
パット・ブーンニティパット監督はこう述べている。「すべての世代が同じ屋根の下で暮らす感覚を、多くの人が忘れてしまっています。でも、家族や祖父母を訪ねると、昔の記憶が蘇ります。本作のどんなに些細なことでもみなさんの経験と繋がり、愛する人を思い出す。そして、あたたかい気持ちになるのではないかと思います」。
こう書くと、最期を迎える老人と家族のいい話と思いがちだが、映画的な表現、幾重にも折り重なる現実そのものストーリー展開は映画として豊潤さに満ち満ちた作品だ。舞台は現代のタイ。おばあちゃんの住む家が佇むタラ―ト・プールという小路は、古いが、観る人の誰もが感じることできる郷愁に溢れる。病院のシーンや、介護付き養老院は日本のどこかと変わらない風景だ。
監督は「通常商業映画では観客の感情を誘導するために音楽を使いますが、本作では減らした」と言う。それでも十分多く用いられているように感じるが、不思議に全く嫌味に感じることなく、観客の感情が物語に寄り添うための補助線として効果を果たしている。
制作は、タイのA24とも称されるGDH 559(Gross Domestic Happines)。2015年創業の同社は「観客と従業員の幸福を最大化する」をモットーに、クオリティの高い作品で知られる。『バッド・ジーニアス 危険な天才たち』や韓国共同製作のホラー『女神の継承』など、ヒット作を連発。社会的テーマを織り交ぜながら、エンタメ性と芸術性を両立させるセンスが本作でも光る。(TA)
イントロダクション
歴代タイ映画世界興行収入 NO.1 の大ヒット作!
第 97 回アカデミー賞R国際長編映画賞ショートリスト選出!
静かな展開でありながら、リアリティに溢れたストーリーで感情を揺さぶる『おばあちゃんと僕の約束』。タイで公開されると瞬く間に口コミが広がり、号泣する観客の姿を捉えた動画が TikTok をはじめ SNS で大拡散。2024 年
最高のオープニング成績を記録。社会現象となり、年間第2位、タイの歴代興行収入ランキング12位にランクイン。その高い評価はタイ国内のみならず、アジアを中心に世界中にも渡り、日本でも大ヒットしたタイ映画『バッド・ジーニアス 危険な天才たち』(17)を大きく上回る記録を更新。東南アジア各国ではタイ映画史上最高の興行収入を樹立し、中国でも週間興行収入3位にランクイン。全世界で驚異の約 120 億円超えを達成し、タイ映画の世界興行収入歴代 No.1に。さらに、第 97 回アカデミー賞®国際長編映画部門のタイ代表として、タイ映画として初めてショートリストに選ばれた。アメリカ映画批評サイト Rotten Tomatoes でも「こんなに泣いたのは初めて。絶対に観るべき、全てが完璧な映画」と絶賛され、98 点を獲得(2025/5/16 現在)。本作に惚れ込んだハリウッドの映画スタジオ、MIRAMAX が英語版リメイク権も獲得するなど快進撃は止まらず、タイ映画の歴史を塗り替えている。
ストーリー
大学を中退してゲーム実況者を目指す青年エム。従妹のムイが祖父から豪邸を相続したと聞き、自分も楽をして暮らしたいと画策。彼にはお粥を売って生計を立てている一人暮らしの祖母メンジュがおり、ある日、ステージ4のガ
ンに侵されていることが判明。エムはメンジュに近づいて相続を得ようとするが、メンジュと一緒に過ごすうちに、エムの気持ちが次第に変化していく......。
パット・ブーンニティパット監督 来日舞台挨拶時のインタビュー
公開記念舞台挨拶が5月28日(水)に新宿ピカデリーで行われ、上映後にタイより来日したパット・ブーンニティパット監督が登壇。日本の観客に向けて、本作への思いや制作時のエピソードを語った。
テレビドラマを中心にキャリアを積んできた彼は、本作について「最初で最後の作品のつもりで制作した」と語る。タイでは家族の物語は商業的に成功しないと言われていたため、せめて次の作品が撮れる程度の成果を期待していたという。テレビとは異なり、映画では観客が自分の記憶と重ねて考え、感じる“余白”を大切にしたかったと、映画制作に対する思いを語った。
主演を務めたのは、ドラマ『I Told Sunset About You』で一躍アジアの人気者となった俳優でミュージシャンのビルキンことプッティポン・アッサラッタナクン。監督は彼について「甘え上手でお茶目だが、演技には非常に真摯で好感を持った」と述べ、「財産を狙う孫という役どころだが、悪人に見えないよう演じてほしかった」と、その演技力を高く評価した。また、彼が歌うエンディング曲「Ever-Forever」は当初の予定になかったが、美しい歌声に惹かれて依頼したという。祖母メンジュ役には、78歳で映画初出演となるウサー・セームカムを起用。助監督が過去に撮影したミュージックビデオで彼女の存在感に注目し、オーディションに至ったといい、「非常に才能を感じた」と語った。
脚本作りに際しては、自身の祖母との同居経験を活かし、映画のことを伏せたまま様々な質問を投げかけて参考にしたという。完成後、祖母を試写会に招待したが、感想は「ふつう」との一言だったというエピソードを明かし、会場の笑いを誘った。翌朝には「私の人生の方がもっと大変だった」と告げられ、それに深い感動を覚えたと語った。
影響を受けた監督として小津安二郎、是枝裕和、濱口竜介の名を挙げ、特に小津の『東京物語』には「ストーリーの力が時代や技術を超える」と強く惹かれたと述べた。最後にパット監督は「この映画は5歳から90歳以上の方まで多くの人に愛されてきた。日本でもタイ映画はまだ目新しいかもしれないが、きっと好きになってもらえると思う」と語り、観客に鑑賞を呼びかけて温かい拍手に包まれながら舞台挨拶の幕を閉じた。
監督プロフィール
1990 年生まれ。タイの映画監督、脚本家。大学卒業後、テレビドラマの「ホルモン・シリーズ」(13-15)、「STAY Saga ~わたしが恋した佐賀~」(15)など、ヒットドラマのフォトグラファー、カメラマンを務める。2016年、ドラマシリーズ「Diary of Tootsies Season1」の製作に携わり、共同監督として初めてクレジットされる。2017年、「Project S the Series」の SOS スケート編の監督・脚本を担当。その後、大ヒットを果たした映画『バッド・ジーニアス 危険な天才たち』(17)のプロデューサーを務めたジラ・マリクンとワンルディー・ポンシティサックからドラマ版リメイクの相談を持ち掛けられ、ドラマ「Bad Genius(英題)」(20)の監督に抜擢される。タイの有力紙コムチャドルック紙による芸能賞、第17回コムチャットルック・アワードで最優秀テレビドラマ/シリーズ賞、最優秀脚本賞、最優秀監督賞を受賞。これがきっかけとなり、『バッド・ジーニアス 危険な天才たち』の製作陣と共に、『おばあちゃんと僕の約束』(24)で再びタッグを組んだ。本作が長編映画デビュー作となる。
アップリンク吉祥寺ほか全国劇場にて6月13日(金)公開
監督・脚本:パット・ブーンニティパット(TV版「バッド・ジーニアス」) 脚本:トッサポン・ティップティンナコーン
製作:ワンルディー・ポンシティサック ジラ・マリクン 音楽:ジャイテープ・ラーロンジャイ
撮影:ブンヤヌット・グライトーン 編集:タマラット・スメートスパチョーク
出演:プッティポン・アッサラッタナクン(ビルキン) ウサー・セームカム サンヤー・クナーコン
サリンラット・トーマス(『バッド・ジーニアス 危険な天才たち』) ポンサトーン・ジョンウィラート トンタワン・タンティウェーチャクン
2024年/126分/タイ/原題:Lahn Mah/カラー/5.1ch/1.85:1
日本語字幕:小河恵理 後援:タイ国政府観光庁 配給:アンプラグド
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