『マリリン・モンロー 私の愛しかた』謎のまま輝く
マリリン・モンロー。名前を聞けば、誰もがその顔を思い浮かべるだろう。ケネディ大統領の誕生日に、色気たっぷりに囁くように歌った「Happy Birthday to You」の声。地下鉄の通風口から吹き上げる風にスカートを押さえる愛らしい姿。赤い布を背景に大胆に横たわるヌード写真。彼女のイメージは、時代を超えて鮮烈に焼き付いている。でも、彼女の映画を最初から最後までスクリーンでじっくり観た人は、今どれくらいいるだろう? あるいは、彼女の素顔が垣間見える生のインタビュー映像を見たことがある人は、どれだけいるだろうか。
本作の監督イアン・エアーズとプロデューサー、エリック・エレナは、マリリン・モンローという存在に取り憑かれたようにリサーチを重ね、世界中に散らばる彼女の映像や資料を徹底的に集め、紐解いた。その結果生まれたこのドキュメンタリーは、映画ファンなら断片的に知っているかもしれないエピソードを丁寧につなぎ合わせ、誰も知らなかったマリリン・モンローの新たな肖像を浮かび上がらせる。
今の日本では、週刊誌やネットを賑わす芸能スキャンダルが日常茶飯事だが、少々下世話な言い方をすれば、マリリンは「枕営業」でプロデューサーや監督と関係を持ち、スターの座を掴んだとされる一面もある。しかし、本作を観れば、彼女の成功が単なる噂や偶然ではなく、並々ならぬ努力と計算された戦略の賜物だったことがわかる。彼女は自らを輝かせる術を知っていたのだ。
不思議な感覚を覚える映画だ。彼女の心の中は何も見えない。 残された映像には、いつも輝く笑顔があるばかりだ。彼女と関わった人々、評伝家たちは、元恋人であれ誰であれ、さも彼女の心を理解したかのように語るが、その言葉は彼女の本心に触れるには遠い。女優としてのベールを剥がし、彼女の真実に迫ろうとする試みは、どこか空を掴むようなもどかしさを残す。
本作の構成は、淡々と、しかし途切れることなく進む。彼女の人生の山や谷を強調することなく、時間は均等に流れるかのように、さまざまなエピソードが次々と描かれ亡くなる時まで辿り着く。
観終えた後、マリリン・モンローを「知った」と思うだろう。それは、これまで抱いていたイメージとは異なる、新たな発見に満ちたものだ。しかし、時代のスーパースターの真実を本当に捉えたかと問われれば、答えは「否」かもしれない。彼女の魅力は、なおも謎のまま輝いている。
彼女を愛おしく思う。 邦題『私の愛し方』は、まるで彼女が自らの生き方を肯定し、誇りを持って生きたかったと願うような、切ない響きを持つ。彼女の人生を振り返り、儚さとともに、その輝きに心を奪われる。 今の芸能界で生きる女優たちが、彼女の生き方にどんな言葉を寄せるのか、聞いてみたいと思った。(TA)
イントロダクション
時を超えて愛されるマリリン・モンロー。「セックスシンボル」として広く知られてきた彼女だが、再評価の呼び声も高い。抜群のコメディセンスをもった「女優」として、VOGUEで「20世紀で最も偉大なスタイルアイコンのひとり」と評される「ファッションアイコン」として、現代のインフルエンサーのように自らのイメージを完璧にコントールした「ビジネスウーマン」として・・・セクシーなイメージに隠された素顔は、野心的でユニークだった。
本作はドラマチックな人生を豊富なフッテージで蘇らせ、スキャンダラスな私生活や謎多き死の真相にも新たな見解で迫ってゆくドキュメンタリー。圧倒的な「男性優位主義」だった時代に、自分自身を愛して、突き進んだマリリン。色褪せることのない才能と魅力、その生き方が脚光を浴びる時代が到来!
イアン・エアーズ 監督&エリック・エレナ プロデューサー インタビュー
_ マリリン・モンローの映像や写真がたくさん残されていると思いますが、この映画の製作のためにどのくらいリサーチされましたか。
監督:私の人生、生活そのものになりました。憑りつかれた様に彼女についてリサーチをしていました。今の時代、ネットがとてもありがたく、多くのアーカイブ映像を見つけることができました。また、電子書籍はとても役に立ちました。私はマリリンに関するすべての電子書籍と、電子になっていない全ての本を購入しました。電子書籍では必要なことを正確に検索して、どの本に何が書かれているかを見つけだし、矛盾を確認、比較して結論を出すことができました。そのことに 12 年費やしました。
プロデューサー(以下 P):多くのドキュメンタリー作家はたいていアメリカのアーカイブを使用しますが、私たちはどちらかというとアメリカ以外のものも見るようにしました。フランスのアーカイブには、演技コーチのナターシャ・ライテスにインタビューしている映像がありました。マリリンが日本を訪れた時の素晴らしい映像を日本のアーカイブで見つけました。
また、ある人にインタビューすると「見せたことがない写真があるんだけど、見たい?」と聞かれ、その人だけが持っている写真がでてくるんです。
その他に、彼女の死後から今日までに作られた DVD をすべて調べました。多くの DVD には、インタビューや写真、クリップなどの特典映像がありました。そうやって、『お熱いのがお好き』のメイキング映像の中に、彼女とトニー・カーティスが言い争っているシーンを見つけたんです。それは、マリリンが現場にこなかったために撮影が非常に困難だったというトニーの話を裏付けるものでした。私たちが 12 年かけた調査の成果です。
_ あの時代は男社会の中でキャリアを築かざるをえない女優が多かったと思いますが、何がマリリンは特別だったと思いますか。
P:マリリンが登場する前からセックスアピールを利用してキャリアを築いてきた女優は多くいました。ジーン・ハーロウやラナ・ターナーもです。女優たちがセックスアピールを武器にするのはハリウッドでは長い伝統になっていました。
マリリンのユニークな点は、純真さを兼ね備えていたところです。性的というよりは、屈託のないセクシーさがある女優でした。だからこそ、男性だけでなく、女性にも愛されたのです。どこか守ってあげたい、抱きしめてあげたいと思わせるところがありました。
_ 映画業界の男性優位主義はワインスタイン事件まで繋がっているように感じました。特殊な業界のなかで、マリリンはどのような存在だったと思いますか。
監督:マリリンが尊敬されなかったのは、権力者やマフィアが舞台裏で暗躍していたからでした。やりたくないこともしなくてはいけなかったのに、周りから尊敬されることはなかったのです。
映画業界での男性優位な状況は、当時は今よりももっと酷いものでした。彼女は自分自身を犠牲にし、壊れていったのです。加害者たちが自分たちの悪行の責任を取らされている昨今の状況を知ったら、彼女は喜ぶと思います。
_ もちろん日本でも有名人ですが、現在、彼女の出演作品は多くは観られていない状況と言えます。フランスではマリリンは現在どのように評価されていると思いますか。
監督:若い世代の人たちには、美のロールモデルとしてみている人が多いと思います。彼女の映画を見ているかはわかりませんが、写真や彼女に関する本を買う人は多いと思います。どこででも彼女の写真を目にするし、彼女のようになりたいと憧れています。SNS の影響が大きいです。SNS 上にはマリリンの写真や映画の映像があふれています。彼女の写真を送りあったり、映画の興味深いしいシーンを見ているようです。
つまり、マリリンは SNS 上で生きていると言えるでしょう。彼女は以前とはまったく違う存在になって、若者の間で今でも人気があると思います。マリリンは時代を先取りして
いて、今の時代の女性のようだと感心します。過去のスターとは思えず、現代のスターのようです。
イアン・エアーズ監督プロフィール
カリフォルニア州ロサンゼルス出身、現在はパリ在住。French Connection Films共同創設者。プロデューサー、作家、映画監督として活躍している。
キース・ヘリング、グレゴリー・ペックからピンクイルカの謎に迫るドキュメンタリーまで50本以上の作品を手がけ、監督としては教会についてのドキュメンタリー『A Glimpse of Heaven』や、『The Jill & Tony Curtis Story』、『Tony Curtis: Driven to Stardom』などトニー・カーティスを題材にした3本のドキュメンタリーを制作している。
トニー・カーティスの作品を撮影中に、マリリン・モンローについて様々な事実を知り、その後10年以上にわたる調査とインタビューを経て本作を完成させた。マリリンの美しい写真が多く掲載されている著書「Marilyn Monroe, La femme derrière l’icône」も出版している。
監督・脚本・編集:イアン・エアーズ プロデューサー:エリック・エレナ
出演:マリリン・モンロー、トニー・カーティス、ジェリー・ルイス、ジョージ・チャキリス、ジェーン・ラッセル
2022 /フランス/英語・フランス語/ワイド/ 120分/ステレオ/原題:DREAM GIRL THE MAKING OF MARILYN MONROE /
字幕翻訳:星加久実/字幕監修:田村千穂/配給:彩プロ
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